第5話 覚悟後に定まらず

「私は生駒優花。……祐樹の姉よ、一応ね」


 その言葉を聞いて最初のわたしの思考は、生駒くんにもちゃんと家族がいたことへの安堵だった。だがすぐに引っ掛かりを覚える。


「……”一応”、って、どういうことですか? それに、生駒くんのお姉さんがどうして」

「珍しく祐樹から連絡が来てね。『待ち合わせた相手がもしかしたら時間より早く来すぎてるかもしれない。見に行ってやってくれ』って」


 ほら、と言いつつ、トークアプリの画面を見せてくる。確かにそんなような内容のメッセージが届いていて、送信元のアカウントはわたしが知っている彼のそれと同一のもの。春先にクラス全員で撮った集合写真からわたしの顔だけを切り出した画像も、また同様に送られてきていた。彼女が生駒くんの姉であるというのは確からしい。


 わたしが返したスマホを受け取りながら、お姉さんは「いやぁ」という苦笑いをこぼす。


「まさか本当にいるとはね……まぁ、祐樹も自分の彼女のことくらいはちゃんと分かってるみたいで、ちょっと安心したわ」

「かっ――違います、そんなんじゃないです! ……そんなんじゃ、ないんです」

「そうなの? でも……いえ、これは言うだけ野暮ね。……あー、じゃああの子がどんな人生送ってきたのかも、知らない?」


 頷く。少し悔しいけれど、ここで張り合っても仕方ない。


「そっか。……じゃあ、ちょっとだけ昔話に付き合ってくれる? この時間から待ち合わせ場所に来てたってことは、特に用事もないんでしょう? ……それに私としては、その気持ちを伝えるにしても諦めるにしても、その前に知っておいてほしいし」

「うぐ」


 バレてる。それも会ったばかりの人に。


「そんなに分かりやすいですか、わたしの態度……?」

「まぁ、ね。この分だと祐樹にも少なからず伝わっちゃってるだろうから、覚悟してほうがいいかもね?」

「あぅぅ……」


 崩れるようにさっきまでと同じ体勢に戻る。いっそ死にたい……。


 この様があまりに憐れだったのか、お姉さんは慌てて言葉を付け足す。


「あぁ、ごめんごめん! ……でも、まずは話を聞いて欲しいの。『聞いた以上責任もってその想いを持ち続けろ』、なんて意地悪も言わない。もし聞いた後に祐樹と距離を取りたくなっても、貴女に責任はないわ」

「……そんなに、酷い話なんですか?」


 お姉さんはまぁね、と何かを堪えるように頷く。それだけの内容だと認識していて、聞いた後に彼と付き合いを考えてもいいとすら言っているのに、彼女は一度も『生駒くんの過去を聞く覚悟』を問うてはいない。

 ……きっと、その程度も知らないでこの想いを諦めたり、あまつさえ伝えたりするのは許さない、そういう彼女の意思表示なのだろう。


 だったら、答えはひとつだ。


「分かりました。でも、それを聞いた後、わたしが生駒くんと距離を置くことはありません」


 その程度で揺らぐのなら、最初から彼のことを好きになってなどいない。わたしが彼の世話を焼きたがるのも、彼のことを想うと胸が痛くてしかたないのも、ぜんぶ。それだけわたしが彼を好きである証明なのだから。


「祐樹を好きになってくれたのが、貴女でよかったわ。――それじゃあ場所を変えましょうか。ここじゃあ誰に聞かれるかわかったものじゃないしね」


 お姉さんは満足そうに頷いてから、後ろに向き直って歩き始める。わたしはそれを追う。


 どんな話を聞くことになるのか、まだ分からない。

 けれど、聞いたことを絶対に後悔はしない、その覚悟だけははっきりとあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る