第4話 くらり、からまわり

 ――古今東西、恋愛要素の挟まれる創作作品、特にラブコメなんかでは、「約束の時間より断然早く来てしまう」というイベントがある。……うん、そんなまさかある訳無いと思ってた。今日までは。


 約束の時間は午前十時。対して現時刻――午前七時。


 実に三時間前行動。社会人でも引かれる行動の前倒し。

 ぶっちゃけありえない。わたしも普通に引くもん、こんなの。


 ……言い訳をすると、わたしが生駒くんに特別な感情を抱いていることがクラスほぼ全員にバレていたことのショックから立ち直れていない中、件の相手から休日の呼び出しを受けて、完全に気が動転していた。


 生駒くんにこの想いが気付かれているのかどうか、気付かれていたとして、彼はわたしにどんな返答をするのか。……その答えがわたしのいちばん望まないものだったとき、わたしはどうすればいいのか。

 どうしてもそんなことばかり考えてしまって、とても寝られた精神状態ではなく、ならばと気持ちを切り替えてどの服を着ていくべきかどうか――要するに、どの服だったらいちばん可愛く見てもらえるか――を考えて、考えて。

 トークアプリを音声通話からビデオ通話に切り替えてまで相談に乗ってくれた伊月が、滑り落ちるように夢の世界へ行った午前三時頃には着ていく服もどうにか決まり、さて今度こそ寝よう……としたのを諦めて、再挑戦して、一度寝たのに一時間もせずすぐ起きて、再挑戦して、諦めて、再挑戦自体も諦めて、今に至る。


 市民がランニングや遊興などで利用し、時々大きなイベントも開催される程度の広さと立地を持つ二久巻公園の、当然今は閉まっているカフェの前で、恥ずかしさと寒さで顔を覆ってしゃがみこんでいるこの現状。救いがたい。カラスが鳴いた。存分に嗤うがいい。


 いずれにせよ、ここで、こんな格好で三時間も待つわけにはいかない。

 梅雨入り前のこの時間はまだまだ肌寒い。風邪をひきたくないし、寝不足で肌が荒れるのも嫌だ。彼と話している最中にうっかり寝てしまうのだって嫌だし……そんなことで嫌われてしまうのは、絶対に、嫌だ。

 どうせ嫌われるのなら、どうしようもないことで嫌われたい。せめて諦めきれる嫌われ方を……振られ方をしたい。


 ――帰ろう。


 立ち上がる。目元から頬の辺りに冷たさを感じた。いつの間にか泣いていたらしい。きっと嫌なことを考えたせいだ。実際に嫌われたと決まっている訳でもないのに、「もしかしたらそうかも、そうなるかも」というだけでこんなに胸が苦しくなるなんて、わたしも性質たちの悪い病気に罹ったものだ。


 涙をごしごしと拭って、俯き加減に歩き出す。三時間後にはもっとマシな顔が出来るように。


「――あれ、本当にいた。本当にいるんだ、”待ち合わせよりかなり早く来ちゃう女の子”って」


 大人びた中にわずかに幼さを残す、女の人の声。まるでわたしのことを言ってるみたいだなと顔を上げて、実際にわたしに言われていたのだと気付く。


 茶髪に近い明るめの黒髪を短めに切り揃え、緑系のチェック柄のシャツにグレーのカーディガンをはおり、下は黒めのジーンズを履きこなす、長身の女性。それがスマートフォンの画面とこちらを見比べながら、何か納得したような顔をしている。


 首を傾げていると、女性の方から話しかけてきた。


「きみ、及川春音さんよね? 生駒祐樹のクラスメイトの」

「そうですけど、あの……何か御用でしょうか……?」


 彼女は「よかった合ってて……」と安堵した様子を見せてから、


「私は生駒優花ゆうか。……祐樹の姉よ、一応ね」


 彼女がわたしにとって初めての、生駒くんの過去を知る人だと告げた。

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