第3話 知らぬは本人ばかりなり
『なんで付き合ってないの?』
スマホのスピーカーから聴こえてくる、どこか軽い調子の声。結局立ち行かなくなったわたしは、小学校以来の親友である
「そういうのいいから。――何か理由があるとは思うんだけど、その理由がまったくわかんなくて。他に友達らしい友達もいないみたいだし、訊ける相手もいなくてさ……」
『単にのんびり屋さんなだけで、春音は心配しすぎ……って言いたいトコロだけど。流石にアレは病的なレベルだからねぇ』
「でしょ? 今は何ともないとしても、流石にあそこまで前後不覚だと、事件とか事故に巻き込まれそうで心配というか」
はぁ、というため息を、電話のこちらとあちらで同時に漏らす。わたしに付き合って彼女も生駒くんと話すようになったけれど、それでもこうして一緒に悩んでくれるのは有難い。……欲を言えば、具体的な解決法を提示して欲しい所だけど、それは本当に欲張りというものだ。
『本人にもわからない、って言うんじゃ、私や春音がそれぞれ探すしかないけど。あんまり嗅ぎまわって聞かれたくないようなことに踏み込んでもなんだし。そもそも私達で解決できるような問題か、っていう疑問もあるんだよねぇ』
そう、それもあるのだ。結局わたしは彼と同じ学生で、同級生という程度の関係。それまでの彼は全く知らないから、いつから彼がああなったのかもわからない。だからそこから原因を探るのも不可能。そもそもそれまで何処に住んでいたのかすら、私は知らない。彼についてはほとんど何も、知らないのだ。
「……結局。わたしたちってその程度の関係なんだよね」
『友達なんて、大体そんなものだと思うけど。……春音の場合、生駒君をなんとかしたくて友達になったんだし。悩むのも分かるけどさ。春音お節介焼きだし』
「生駒くんが迷惑がってるみたいな言い方しないでよ!? ……いや、否定は出来ないけど……」
あの通り押しが弱いので、跳ね除けられずに仕方なくわたしに付き合ってる可能性だって、無きにしも非ずというか。……嫌われてる可能性だって、十分あるというか。
「だからこそ悩んでるってゆーかぁー!」
スマホ片手にベッドの上で転げまわる。嗚々もどかしや、我が人生。
そんなわたしの様子を察して、伊月は呆れが一割混じった笑い声でフォローしてくれる。
『流石にそんな嫌だったら、それらしい反応のひとつくらいするでしょ。少なくとも、春音が一声かければ反応する訳だし』
「伊月だって、別に無視される訳じゃないでしょ。他の人は……話してるとこ見たこと無いからわかんないけど」
脳内の”生駒くん更生リスト”に「人付き合い」も追加しないといけないな、なんて思いながら、着々とやることが増え続けている現状に、ベッドの上で頭を抱える。その様子がおかしかったのか、それとも彼女の脳内ではわたしがもっと滑稽なことになっているのか、伊月はもう面白くてたまらないとばかりに笑っている。
「……笑わないでよー、こっちは真剣に悩んでるんだからぁ」
『くふふふ。――まぁまぁ、好きな人のことで思い悩むのは年頃の娘さんらしくて結構結構』
「…………え?」
――瞬間。わたしのありとあらゆる生命活動が停滞する。
が、衝撃が奔ったのは伊月も同様で、数秒の奇妙な沈黙が訪れた。一足先にその停滞から抜け出した伊月が、心底信じられないという様子で口を開く。
『……もしかして、バレてないと思ってたの? マジで? 逆にマジで?」
「――⁉ ――! ――‼」
ベッドの上で声にならない、断末魔にも似た悲鳴を上げる。
「な……な……なん、……なんで……?」
『いやいや、あれで隠し通せてると思ってる方が驚きだわー……」
変わらず、向こう側から本当に驚いたといった様の声がする。というか。
「いつバレたのなんでバレたのどのくらいバレてるの生駒くんにバレてるの!?!?!?!?」
『どうどう。――いや、いつって言うか、なんか春音って気が付くと必ず生駒くんのトコにいるなー、あの子ホント面倒見いいからなー、でもあれ顔赤くなってない、あーアレ恋する乙女のカオですわー、さも仕方なさげに振舞ってるけど絶対内心バクバクですわー、春音ったらかっわいー☆ って女子のグループで毎度話のタネになってるくらい?』
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
終わった。女子グループに浸透しているなら既にどこかから男子にも伝わってるだろうし、そこから間違いなくバラされる。ぐっばい、我が初恋――
『大丈夫だって、勝手に生駒君にバラそうとしたバカはうちらがしっかりシメて恥ずかしい写真も撮った上で生駒君以外の男子全員に送りつけてついでに私の
「
道理でそれまでまったく前触れがない訳だよ! 最初の自己紹介で大ボケかましてダダスベりしてもまったく折れなかった御神楽君がここ最近毎日青い顔してるから、なんかおかしいとは思ってた!
『まぁそんな感じで、我ら
「長いし語呂悪いし悪辣だよ! でも気遣ってくれてありがとね!」
『そこでちゃんとお礼が言える春音が私大好き! もし生駒君に振られても私のファーストレディにしてあげるからね! ……ハッ、もしかして生駒君を私ハーレム入りさせて「春音と付き合え」って命令したら、生駒君と春音をくっつけられて、間接的に春音も手に入るのでは!? もしかして私、天才なのでは!?』
なっ。
「だだだっ、ダメだからね!? 生駒くんはわたしのだからね!?」
『おんやぁ、付き合う前から所有物宣言ですかぁ? いけませんねぇ、それはヤンデレへの一歩ですぞぉ?』
「あっ、いや違っ――うぅ……伊月のいじわる……」
流石入学ひと月にしてクラス女子の大半をまとめ上げ、上級生にも既にハーレム要員がいるとも噂される近江 伊月。誘導の巧みさが半端ない。昔はもう少し大人しくてもっと可愛げがあったのに……いつからこんな娘になってしまった、我が親友。
『まー春音の場合チョロすぎて不安になるくらいなんだけど……まぁ生駒くんなら大丈夫か。口八丁手八丁でだまくらかして春音に酷いことしたりさせたりとか、そういうのなさそうだし。むしろそんなことしたら二度と泣いたり笑ったりできないようにして一生私の道具として働いてもらう』
くっくっく、なんて悪役みたいな台詞を本気なのが冗談なのか分からないトーンで言うものだから反応に困る。
『まぁ実際、生駒君が春音の気持ちに気付いてるかは別としても、少なくとも嫌われてるとか避けられてるとか、そんな感じはしないけどね。……やりとりだけ見てると、恋人というよりお母さんとか、面倒見のいいお姉ちゃんって感じなのがいかんともしがたいところがあるけど』
「この関係からのリカバリーのしかたがわからないよ伊月ぃ……あれ」
心が限界を迎え伊月に泣きつこうとしたところで、これまで一度も聞いたことのない通知音。すなわち、こっそり特別に設定しておいた、生駒くん専用のもの。これまで向こうから何かメッセージを送ってくることはなかったので、当然聞く機会もなかったのだけれど……。
画面をタップして、内容をしっかり確認する。
「え、あれ、うそ」
文面はシンプル。ゆえに深読みは幾らでもできてしまう。でも、仮にそうだとして、こんな唐突に? でも、文面がいささかイメージと違う気がする。
スピーカーから聴こえてくる親友の困惑した声。わたしはそれに、半ば無意識に答えていた。
「生駒くんから。『明日の10時、
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