魔王と勇者は、なんだかんだ仲がいいです


「大丈夫ですか!?」


 メルヴィナの叫ぶ声が聞こえて、アランは急いで彼女の元に向かった。

 扉を出てすぐ。外の柱廊で、彼女はしゃがみ込んでいた。


「メルヴィナ様、いかがなさいました」

「アラン、司祭様たちが……!」


 メルヴィナが指した先を辿ると、そこには二人の司祭がいた。聖女が浄化をしている間、扉の外を見張ってくれていたはずの司祭たちだ。その二人共が、床の上に倒れている。

 メルヴィナが助け起こそうとすると、アランはそれを止め、代わりに二人の無事を確かめる。かすかだが、息はある。それを知って、メルヴィナはほっと胸を撫で下ろした。

 

「アラン、大司教様たちが心配だわ。魔術師の方々も、確か外で見張りをしてくれているのよね?」

「そのはずです。しかしメルヴィナ様、魔物の狙いはあなた様でした。迂闊に動くのは得策ではありません」

「じゃあ私はお二人を看ているから、アランが代わりに行ってきてくれる?」

「それも嫌です」

「……言うと思ったわ」


 だてに三年間、アランと主従関係をやってきたわけじゃない。

 自分がこう言えばどんな答えが返ってくるかなんて、メルヴィナには簡単に想像できてしまう。

 だからだろう。こんな状況だというのに、メルヴィナの瞳には狙われている恐怖よりも、アランに対する呆れのほうが滲んでいた。


「いいわ。だったらもう、アランの好きなようにしなさい。その代わり、私も好きにさせてもらうから!」


 そう意気込んだメルヴィナは、倒れている二人の司祭には後で必ず戻ってくると一方的に約束して、他の人たちの無事を確認するために駆け出した。

 その後ろを、アランがついてくる。


「メルヴィナ様、今のお言葉、忘れないでくださいね」

「え?」


 走りながらメルヴィナは、今の言葉? と視線だけでアランに訊き返した。


「『アランの好きなようにしなさい』と。そう仰いました。では、今まで許してくださらなかったご入浴のお手伝いも、させてもらえるということでよろしいでしょうか」

「なんで今それを持ち出したの!?」


 状況分かってる!? とメルヴィナも若干現状を忘れて叫ぶ。

 祈りの間から一般人用の主礼拝堂までは、少し距離がある。外の柱廊を走っていれば、前方から怒鳴り声のようなものが聞こえた。続いて何かが光ったのが見える。


「今の、誰かが魔術を使ったんだわ。やっぱりあっちにも魔物が……!」

「メルヴィナ様、少し失礼いたします」

「え……、っ」


 なに、とメルヴィナが思う前に、アランがメルヴィナを横抱きにした。そのまま怒鳴り声のする方へと一気に加速する。

 本当は、メルヴィナの安全を第一に考えれば、引き返したほうがいいのだろう。けれど、万が一なんて、自分がいる限りないだろう自信がアランにはある。

 それに、とアランは瞳を鋭くした。


(この茶番を仕組んだ人間を、さっさと八つ裂きにしたいですしね)


 勇者などというものを選び、瘴気まで用意して、わざわざ魔王の討伐をさせようとしている、愚かな人間を。

 

「……へ! ……った……か!?」


 喚き散らされていた声が、だんだん言葉として聞こえるようになってきた。遠目に人の姿も確認できる。このセトカナンの王宮魔術師たちだ。

 彼らは、主礼拝堂の正面にいた。

 

「とどめだ!」


 そう言いながら一斉に杖を掲げて見せた彼らが囲むのは、二体の魔物だった。

 一体はそのまま蜘蛛の見た目をしており、その大きさは人を優に超える。そしてもう一体は、蜥蜴だろうか。悩んだのは、本来なら尻尾にあたる部分に、二つ目の頭がついていたからだ。

 どちらも魔物のレベルとしては中の上。魔術師の中でも、ベテランが相手にしなければならない類である。

 しかし、さすがは王宮魔術師。メルヴィナたちが駆けつけたときには、ちょうどその二体を倒し終えたところだった。


「皆様、お怪我はありませんか」


 アランに下ろしてもらうと、メルヴィナは戦っていた魔術師たちの元へと駆け寄った。

 ところどころ怪我をしているようだが、見たところ軽傷のようで安堵する。


「こちらは問題ありません。聖女様もご無事で何よりです。魔物に襲われはしませんでしたか?」

「こちらは……神官様の張ってくださった結界に諦めてくれたのか、逃げていきました」

「そうですか。さすが討伐隊に選ばれる神官様です」

「ええ、本当に」


 ふふ、と表では優雅に微笑んだメルヴィナだが、内心はちょっとだけひやひやしていた。

 アランが本当の神官でないことがバレれば、それすなわち、アランを神官にと選んだヴェステル王国が非難される。民を騙したとして。

 許可した他二国もある意味同罪だが、おそらく白を切られるに違いない。

 そうなってくると、ヴェステル王家の威信のためにも、メルヴィナはアランが神官であることを突き通さねばならないのだ。

 そして神官とは、おもに結界といった防御を得意とするものである。間違っても魔物を消し炭にする者のことではない。


「とりあえず我々は、討伐した魔物を運びます。教会にまで現れたとなると、国王陛下にご報告しなければなりませんので」

「分かりました。それと、奥に負傷した司祭様がお二人います。救護の方を派遣していただけますか?」

「もちろんです」


 メルヴィナが王宮魔術師とやりとりをしている間、アランは倒された魔物にそっと近づいていた。

 メルヴィナを襲った魔物は様子が変だったので、もしやこちらも、と確認しておきたかったのだ。外見上は特に変わらない。

 しかし、変化が起きたのは、そのときだった。

 アランが魔物を間近で観察していると、倒されたはずの一体がぴくりと身体を揺らした。蜥蜴のほうだ。まるで何かに叩き起こされたようにびくりと両目をかっ開く。

 気づいたメルヴィナが、慌てて叫んだ。


「アラン!」


 彼もすでに気づいている。ただ問題なのが、他人の目があることだった。これでは本来の力を使えない。仮にも今のアランは、神官なのだから。

 しかも、ここには魔術師たちがいる。魔力に精通している彼らの誰かが、うっかりアランの魔力の異質さに気づかないとも限らない。

 それでも、魔物の一番近くにいたアランは、暴れるそれを止めるために短剣を抜いた。これならまだ誤魔化しようがある。何よりも、メルヴィナに危害がいく前に止めなければならない。

 魔物の顎門あぎとが迫る。それを二度ほど躱すと、急所であるまなこに短剣を突き刺そうと腕を引く。

 そこに、勇ましい声が降ってきた。


「――っらぁぁあああ!」


 アランの剣が魔物の眼に突き刺さる。同時、魔物の脳天には、上から見事に聖剣が貫通した。

 そして、倒した魔物の頭上に降り立って、意地悪そうに口角を上げたのは――


「あっれぇ~? おっかしいなぁ。神官様は戦えないんじゃなかったんですかぁ~?」


 勇者、ジル・クラウゼ。


「……これはこれは勇者殿。もう帰ってきてしまったのですか。どうせならそのまま人生を終えてくださればよろしかったのに」

「それ死ねってこと!?」


 緊張感の欠片もないこの二人のおかげで、良くも悪くも、周りは魔物の危機が去ったことを実感した。


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