勇者がやって来ました


 この世界には、三つの国が存在している。

 三国は互いに隣接しており、東のアルマ=ニーア、西のセトカナン、そしてここ、北のヴェステルだ。

 三国はそれぞれの文化をもち、歴史をもっているけれど、同じ使命をもっていた。魔王を倒すことである。三国から少し離れた南の大陸ヴォルスゲニアには、まさにその魔王が住んでいる。

 魔王は魔族を従え、魔物を従え、人々を恐怖に貶める。その魔物の被害に、人々は長年苦しめられてきた。

 そして気づくのだ。空に瘴気が広がったとき、魔物の動きが活発化することに。人はこれを魔王によるものだと結論づけた。

「魔王を倒そう」

 初めにそう言ったのは誰だったか。昔すぎて、どの歴史書にも載っていない。

 けれど、どの歴史書にも載っていることがある。弱き人を救うため、神が救いの手を差し伸べてくれたのだと。

 神に選ばれし聖女。神に選ばれし勇者。

 この二人こそ、魔王を倒す力をもっている。聖女は浄化の力を。勇者はどんな敵も屠る聖剣を。

 そうして人は繰り返してきた。世界に瘴気が蔓延るたびに、飽くことのない戦いを。


 そして今もまた、人は同じを繰り返そうとしている――。



  ***



「なあ、聞いたか? また魔物が出たんだって」

「また?」

「怖いねぇ。早く聖女様がなんとかしてくれないかしら」

「いや、でも確か、勇者様が今日合流するだろ? だから明日にはもう出発するそうだぞ」

「おお、そうか」

「それはよかった」

「これで世界はまた平和だな」

「ああ。だからそのために――」


「「早く魔王を倒してください。聖女様、勇者様!」」


 そんな街の人の声をなんとなく聞きながら、自慢の鼻歌を陽気に歌って歩く一人の青年がいた。

 一見して旅人と分かる装いで、フード付きの外套で顔まですっぽりと隠している。そこからちらりと覗くのは、燃え盛る炎よりも鮮やかな緋色の髪だ。


「こんちは。ちょっとすいません、王宮へはここからどうやって行けば?」


 赤髪の男が、通りすがりの女性に声をかける。

 全身を隠すような出で立ちの男に、女性は最初警戒した。が、フードから覗く整った容貌を見て、その警戒を一瞬で解いてしまう。


「お、王宮ですかっ? それなら、この道をまっすぐです!」

「お、マジっすか。やっと着いたな。まっすぐでいいんすね?」

「はいっ」


 女性の声はどこか上ずっている。頬は淡い桃色だ。

 男はそれに気づくそぶりもなく、女性に向けて人好きのする笑みを浮かべた。

 

「どもども。それじゃ」


 男が鼻歌を再開する。全くもってリズムの取れていないそれに、女性が文句を言うことはない。彼女はまるで熱に浮かされたように、ただただ男の背中をぽ~と見つめるだけだった。

 やがて、男の鼻歌が終盤に差しかかってきた頃、男はようやく目的地へと辿り着く。ヴェステル王国一の宮殿。国王のおわすヴェステン宮殿だ。

 彼がここに来たのは、招集されたからである。

 

「はあ、めんどくせ。なぁんで俺が選ばれたんだか」


 男の目の前には、見上げるほどの門扉がどんと立ち構えていた。

 その奥に、王宮の入り口が見える。白い城壁に真っ青の屋根と、そのコントラストはいっそ鮮やかだ。空が晴れていれば、よりいっそう美しい姿を見せてくれたことだろう。

 さっそく中に入れてもらうため、男は番兵に声をかけた。番兵二人は眉根を寄せたが、男は気づかないふりをした。どうせ自分の格好が怪しいせいだと分かっているからだ。

 しかし男には、この世界でならどこにでも通じるパスのようなものがある。

 それが、腰に佩いている長剣だ。

 細長い両刃の剣で、剣身の根元には透明なの球体が埋め込まれている。こんな形状の剣など、世界に一つしかお目にかかれない。

 外套に隠れているそれを、番兵に見せようとしたとき。


「そこのあなた! やっと来ましたの!? 遅いったらありませんわ。ともあろうお方が遅刻だなんて、何を考えてますの」


 頭上から槍のように落ちてきた怒鳴り声に、さすがの男もびっくりして空を仰ぐ。

 そこには十二、三歳に見える、ドレスを着た少女がいた。形のいい眉をこれでもかとつりあげて、男を見下ろしている。巻かれた栗色の長い髪が、風にそってなびいていた。

 人が浮いている、と男が思ったのも束の間。


「さっさとおいでなさいな。対面式はまだ始まっていなくてよ」


 捨て台詞のようなものを残して、少女はあっという間に城の中へと消えていった。


「なんだ、今の……」


 思わずぽかんとしてしまう。

 番兵たちもぽかんとしていたが、ハッと我に返ると、先ほど〝世界一の魔術師〟に〝勇者〟と呼ばれたその男を、一切の検査もなく城の中へと招き入れるのだった。

 

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