s1 ep12-9
鉄砲を向けられたシステム屋が黙ると、室内の空気がやれやれと弛緩した。
「追跡装置? 防カメ映像……?」
中野の呟きに、同居人はセイフティをオンにしながらチラリと目を寄越しただけだった。
「まぁとにかく、みんな知ってたことはわかった。でも別に、確認しただけで他意はないよ。それより誰でもいいから、事の次第を説明してもらってもいいかな」
「事の次第ってのは、どの件に関しての?」
と、ヒカル。
「どの件っていうか全部? 一体、何が起きてるのかってこと」
「今、向こうで話してきたんじゃないのか?」
新井が怪訝そうな表情を浮かべた。
「その話はしてないよ」
「え、じゃあ何を話してたの? まさかベッドでボディトークなんかしてないわよね?」
アンナのツッコミに冨賀の面構えが険を孕み、クリスが目を丸くした。
「え? ボディトーク療法ってやつ? 中野くん、そんなのできるの?」
どこまで本気なんだか疑わしいボケに、ヒカルが唇を斜めにする。
「あぁそれ、カラダに訊くってヤツみたいだから、ある意味間違いじゃないのかもね?」
それを聞いた新井が眉間に不愉快を刻むのを見て、中野は軽く肩を竦めた。
「残念ながら違うね。子供の頃にお隣さんだった話を聞いてたら、それだけで長くなっちゃったから、トラブルの内容のほうはこっちで聞かせてもらおうと思ってさ。なんか人数も増えてるみたいだったし、あんまり待たせても悪いかなって」
言い終える頃に気づいた。何故か全員が顔面に疑問符を貼り付け、こちらを凝視してることに。
「あれ、何?」
「お隣さんって何のこと?」
尋ねたクリスを見返した中野は、そのまま同居人に視線をシフトした。
「え? その話、してないの?」
「してない」
「言ったらまずかった?」
「別に」
表情ひとつ動かさず気のない素振りで坂上が答えた途端、またしても部屋の中が騒々しくなった。異端でアグレッシブな職業に就くような個性の強いヤツらが一堂に会してるもんだから、ある意味動物園だ。
「ちょっと! で、何の話なのよ?」
業を煮やしたヒカルの声に、まず答える。
「彼が俺を殺しにきたけど、たまたま子供のとき隣の家に住んでた顔見知りだったから殺せなかったって話だよ」
「うっそぉ、子供のときってそれ、いつ頃のことなの!?」
「ソイツを殺せねぇ理由って、そんなことだったのかよ……!?」
アンナの驚嘆、唖然とする冨賀。そこにクリスの感嘆が乗り上げる。
「そんな再会の仕方ってすごいねぇ! ドラマみたいだねぇ!」
「でも、そんな偶然ってあんのかな」
「偶然じゃない」
新井の疑問に返った声が誰のものなのか、すぐにはピンと来なかった。
中野だけじゃなかったらしい。全員が動きを止めた一拍ののち、一斉にアンナの足元に視線が集まっていた。
「必然とまではいかないけど、少なくとも偶然じゃない」
モゴモゴとそう漏れてくるのは、間違いなく武器商人のショートブーツの下からだった。
「あら、意識が戻ったのね」
アンナが腰を折って覗き込んだせいで鋭利なヒールに圧が掛ったらしく、潰れかけの蛙みたいな呻きがカーペットを這う。
「私たちが知らない情報を喋る気があるんなら、足を退けてやってもいいわ」
すると驚くべき答えが返った。
「足はそのままでもいいけど喋るよ」
「じゃあ、このまま喋んなさいよ」
わざわざ組んでいた脚を崩して両足で踏みつけ、左右の膝に肘を乗せてますます体重をかける女王様。
「で? ポチ」
覗き込むように首を傾げた彼女の声に、汚物でも見るような目を床に注いでいたヒカルが顔を上げた。
「ポチ?」
「名前がないと不便じゃない?」
「全然ポチってイメージじゃないんだけど」
「じゃあダミアンでどう?」
「どっから出てきたのよ?」
男たちは女子トークを邪魔することなく、黙って見守った。
「まぁいいじゃない、ねぇダミアン」
「俺の名前は……」
「黙って、あんたの名前なんか知りたくもないわ。一文字でも名乗ったら、バッグに入ってるお気に入りの剣鉈で大事な部品を切り落としてやるから覚悟しな」
飯田橋の隠れ家イタリアンでの女子会に剣鉈持参で赴いた理由については、誰も尋ねなかった。が、おそらくヒカルを除いた全員が、我が身に置き換えて脳裏に描いたことは間違いない。クリスなんか、白っぽい顔面をますます白くして胡座の股間を両手で押さえていた。
「さぁ言ってごらんなさい、あんたの名前は?」
「ダミアンです」
アンナが満足げな表情でソファに背中を預けて腕を組んだ。
「いい子ね、ダミアン。で? Kと中野さんの再会が偶然じゃないってどういうことなの」
「ノゥリんちのお隣さんだったミハイル・レフチェンコは、元々カナコを消すために派遣されたにも関わらず彼女と恋仲になって組織を裏切り、任務を放棄して隣で守ってたんだ」
初っ端から意味不明だった。
坂上のほうを見ると目が合い、無言で首を振って返された。中野と同じく意味がわからないという意思表示だろう。
突然飛び出した何のことだかさっぱりわからない説明は、しかし知ってる話と酷似してるデジャヴという以外に、カナコって名前にも覚えがあった。
疑問符が飛び交う空間で、中野は手札を問いに変えて投げ出した。
「そのカナコっていうのは、俺の母親のことかな?」
「今の話の流れでいったら、それ以外にないだろ?」
「イエスとかノーとか簡潔に答えてくれればいいよ」
「ていうか、ちょっと!」
ヒカルが憤然とダミアンの脚を踏んづけた。
「何だか知らないけど完全にKのパクリじゃない、どうせならもっとマシな作り話にしたらどうなの!?」
小柄な女子に恫喝された男が呻くように反論する。
「それを言うなら、むしろKがミハイルのパクリなんだよ、血は争えない──いや血なんか繋がってないけどな」
「わかるように説明しなさいよ、ミハイルってのは誰なの」
アンナがショートブーツの鋭利なヒールをこめかみに捩じ込むと、殺し屋の元飼い犬は苦悶の喘ぎとともに、こう声を上げた。
「だからぁ、Kと親子のフリしてノゥリんちの隣に住んでた男だよ」
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