s1 ep12-8
ドアを開けると、リビングスペースにいた全員が一斉にこちらを見た。
相変わらず伸びてる男を除外すれば本来そこにいるのは二人のはずで、その場合、『一斉』という表現は少々大袈裟になる。
だけど、ベッドルームに引っ込む前にはいなかった長身のグラマラス美女や華奢で小生意気な造作の女子、そして白豚ならぬ何かのキャラクターみたいな男を加えるなら妥当な表現だろう。
中野は視線で室内を一巡した。
殺し屋の元飼い犬は、死体さながらの状態で無造作に床に転がってる。無地だったはずのオフホワイトのカットソーなんか、斬新な赤黒い柄物に着替えたのかと思うほどだ。
最初は彼が占領していたソファでは、全身黒ずくめの武器商人が女王様の如き佇まいで長い脚をゆったりと組んでいた。本来ならカーペットに降りているべき片足は、血まみれで横臥する男の上にある。
隣に座るエージェント女子も同じ方向に脚を組んではいるけど、残念ながら女王様の貫禄には遠く及ばない。ただし面構えの不機嫌さなら室内で一、二を争えるだろう。
彼女たちの正面、ガラストップの上品なセンターテーブルを挟んだひとり掛けソファには、ノートパソコンを操作しかけた姿勢のまま首だけ捻ってこちらを見ているシステム屋の姿。
あとの二人──元々ここにいた情報屋と同僚は、窓際のコンパクトなテーブルセットの椅子二脚にそれぞれ腰を据え、やはり無言の目を寄越していた。
それだけ人数がいるにも関わらず誰も物音ひとつ立てないから、中野は仕方なく床の男を指差して口を開いた。
「死んでないよね?」
「残念ながらね」
答えて脚を組み替えたアンナが、恐ろしくヒールの高いレースアップのショートブーツを、オットマン代わりの男の側頭に載せ直した。
「なんでこんなに人数が増えてんの?」
「トミカが連絡してきたのよ」
「じゃあ、ヒカルは新井から聞いて?」
何気なく尋ねて同僚二人を目で往復すると、新井が何やら微妙な表情で首を振った。が、答えたのは彼らのどちらでもなくアンナだった。
「一緒にいたのよ、私とヒカル。ね」
最後の「ね」は、隣のご機嫌斜めな女子に向けたものだ。なんと、いつの間にか名前呼びするような仲になってたとは隅に置けない。
「デート?」
「違うから。やめてよね」
ますます不機嫌そうに眦を吊り上げたエージェント女子へ、ますます淫靡な笑みを深めた武器商人が小首を傾けてみせる。彼女の黒いカットソーの大きく抉れた胸元には、今日も豊満な谷間が惜しげもなく覗いていた。
「女子会してたのよねぇ、神楽坂の隠れ家イタリアンで。なのに全く、これからメインがくるってタイミングで野暮な野郎が連絡寄越すんだから参っちゃうわよ」
「知るかよ、そんなもん」
窓辺の情報屋が放り投げるように言い、煙草のパッケージから一本抜いて咥えた。相席する新井がそれを見て眉を寄せながらも、頬杖を突いてこれ見よがしな溜め息で抗議するに留めた。
「で──」
みんなのやり取りをキョロキョロしながら聞いていたクリスが口を挟んだ。
「Kと中野くんの首脳会談はどうなったの?」
そう尋ねるそばから何故かハッと立ち上がってテーブルの裏に膝をしこたまぶつけ、悶絶する傍らガラス天板の上で跳ね上がったノートパソコンに泡を食い、みんなが沈黙して見守る中ひとりで大騒ぎした挙げ句、ようやくソファから飛び退いて坂上を手招きした。
「K、ここここ! 座んなよ! あ、ゴメンね中野くん、座るとこKに譲ったげてもいい?」
「どうぞ、お構いなく」
「俺も必要ねぇ」
坂上がボソボソと呟いた。
が、誰も彼も仕事柄なんだろうか。たったそれだけの発声にも関わらず、部屋から出てきて最初に発する彼の言葉を聞き漏らすまいと全員が耳をそばだて、膨張した緊張感が一瞬、まるでバニシングポイントのように同居人へと集中するのが横に立つ中野にまで伝わってきた。
だけど当人は意に介する風もない。ソワソワとこちらを窺うクリスに目を向け、いつも通りの抑揚のなさでこう言った。
「冨賀から聞いたとは思うけど、お前を切る気はない」
腕利きのシステム屋を拾った件についてだろう。
内容もさることながら、最初に自分に声がかかったのが余程嬉しかったのかもしれない。白くふやけたシステム屋は、黒縁眼鏡の奥の円らな瞳を輝かせて全開の笑顔を鬱陶しいほど放ち、そんなに振ったら重そうな頭が捥げちまうんじゃないかと心配になるくらい何度も何度も頷いた。全くもって余談ながら、ビッグサイズのベビーピンクのTシャツ前面には、どういうつもりか黒い筆文字で『情報弱者』とプリントされている。
「わかってるよ。Kがこんなヤツに背中を預ける気になれるなんて、僕だって思わないよ!」
窓辺の冨賀が煙を吐いて鼻で笑った。
「背中を任されてるなんて思い上がりもいいとこじゃねぇか? とにかく座れよK、もうクリスも立っちまってんだし」
「そうそう、まぁとりあえず座んなさいよ。白豚野郎の椅子なら、ここにあるんだから」
アンナが顎で示したのは、足元に転がるエキゾチックなシステム屋だ。さすがに固辞したクリスがカーペットに座り込み、ボリュームのある胡座の膝にノートパソコンを載せた。
そんなすったもんだの末、ようやく坂上がひとり掛けソファに収まると、再び沈黙が辺りを満たした。ベッドルームから出てきた二人のうち、どちらかが喋り出すのを誰もが待っているようだった。
坂上の斜め後ろに立った中野は、またしても仕方なく口を開いた。
「さて……」
床の野郎を除いた五人の目が集まってくる。
「最初にひとつ確認したいんだけど、俺以外に、Kが俺を殺しにきたってことを知らなかった人?」
右手を顔の横に掲げて挙手を促しても、室内は静まり返ったまま物音ひとつしない。が、溜め息とともに「だよね」と首を傾けた途端、一気に騒々しくなった。
「しょうがないじゃない、それ言ったら芋づる式に命令違反に縺れ込む恐れがあったしさ」
「Kも自分のタイミングで言いたいって言うんだもの。そこは当然、サポートの私たちが無視するわけにはいかないじゃない?」
ソファの女子二人が揃って腕組みする一方で、
「テメェ! 殺しにきたとかデリカシーのねぇ言い方すんのはやめろ」
酒屋が右手の甲に載せていた、氷の詰まったビニル袋を──どうやら殺し屋の元飼い犬を心ゆくまで滅多打ちにしたらしい──テーブルに叩きつけていきり立ち、その恫喝を向かいの同僚が批判した。
「殺しにきたのは紛れもない事実だろ」
するとカーペットの上の白い巨体──クリスが、やたら無垢で暑苦しいほど真摯な目を中野のほうへ向けてきた。
「でもね中野くん、Kはそりゃあもう頑張ったんだからね! 家の防犯システムやら中野くんの追跡装置やら、どれもこれも何度も何度も試行錯誤してはアプデを繰り返したし、中野くんの生活圏内の防カメ映像も片っ端から傍受したし、あ、それやるのはみんな僕の仕事なんだけどね! とにかく中野くんを守るためにできることなら何でもやらされて、あのボロビルだって僕、物件探しから手伝わされたし、システム構築のために関わった地下の大改造なんか、そりゃあもうすごーくすごーく大変だったんだよ!? その他にもいろんな無茶言われたし、もうほとんどストーカーと紙一重だったけどさ、でもあんなに必死なKなんて初めてだったから勿論、僕だって」
流水のように途切れることなく続くクリスの声を、坂上が銃口で強制終了させた。
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