S1 Episode12 異端児たち

s1 ep12-1

 中野の同居人は意外と食い意地が張ってるくせに、作ってやらないと何も食わずにいたりする。

 殊に、数日間の行方不明ののち不意に帰ってきた夜、ちょうど中野が会社の飲み会で遅くなったりなんかすると、ビールだけ腹に流し込みながら何時間だって中野の帰りを待ってるとくる。

 となれば帰宅が午前様だろうが、ド平日で翌日も朝から仕事だろうが、ほろ酔いの勢いに任せて──否、素面であっても──ついつい、こうして深夜にオムライスなんか作ってしまうわけだ。

「あんた一体、俺と同居するまで何食って生きてたんだ? いつでも誰かが何か食わせてくれるわけじゃないよな?」

「別に、適当にどうとでもなる」

「まさか、コンビニ裏のゴミ箱から期限切れの廃棄弁当を拾ったりしてないよね?」

「あんたは俺を何だと思ってんだ?」

 地下室に入った時点で午前一時を回っていたため凝ったことはせず、チキンライスとケチャップ仕様のスタンダードなオムライスを目の前に置いてやると、坂上は相変わらず無言の上目遣いだけ寄越してスプーンを手に取った。

 皿の傍らに立つボトルビールは、見慣れない黒っぽいラベルの……もう夜中でアルコールも入ってる身では、仄暗い明かりの下でいちいち目を懲らして銘柄を読み取る気も起きない。

 それより、また酒屋と会ってたのかと思ったらモヤモヤが腹の底で渦を巻き、気づけば言いたくもない嫌味がポロリと零れてしまったりなんかする。

「酒屋の彼はメシ作ってくれたりしないわけ?」

「たまにある」

「へぇ、旨い?」

「食えなくはない」

「どんなもの作ってくれんの?」

「急に言われても思い出せねぇよ。なんでいちいち冨賀を持ち出すんだ?」

「まぁ何となく気になるから? でも大丈夫だよ。俺がどう思っていようが、あんたは情報屋を切るわけにはいかないって、ちゃんとわかってるよ」

「そこは別に、代わりがいないこともない。情報屋とシステム屋をまとめて任せてもいいぐらいのスキルがあるヤツを、ついこないだ捕まえたしな」

 おそらく、ホテルのエレベータで遭遇した女に飼い殺されてたという男だろう。小耳に挟んだところによると、前職は外資系大手IT企業のSEで、国際的な産業スパイの事件絡みで消されたことになってる人物らしい。

 ただ、いまはメンタルが不安定で即戦力にはならない──そう前置きしてから坂上は続けた。

「けど、それ以前に、冨賀を切るとなれば始末しなきゃいけなくなる。アイツは苛つくところも多いけど悪人じゃない」

 本気か否か測りかねる面構えを数秒眺めて、中野は口をひらいた。

「本気で言ってる?」

「だったら何だ?」

「始末しなきゃいけないのは、知りすぎてるから?」

「まぁな」

「一応言っとくけど俺だって、この世から退場してほしいほど彼を嫌いなわけじゃな

いよ? だから、そんな理由で消しちまうのは賛成しないし、そのポジションをホテルで拾った犬にすげ替えても、それはそれで何だか嫌だね」

「どうすりゃ文句ねぇんだ?」

「あんたが仕事を辞めて家庭に入ってくれたらかな」

 軽口を返すと、坂上は黙々とスプーンを動かしはじめた。皿に目を落とした面構えは、馬鹿馬鹿しくて答える気もないって感じに見えた。

 が、それからスプーンが三往復したところで、そうじゃなかったことが判明する。

「でも俺、メシも作れねぇし掃除も洗濯も向いてねぇから」

 ボソボソと漏らした彼は、この話は終わりとばかりにテレビのリモコンを引き寄せて電源をオンにした。途中から視聴を再開した動画配信サービスの海外ドラマは、銃撃戦の真っ最中だった。



 翌日の退社間際、出かけるけど今夜中には帰るという連絡が同居人から入った。

 地元に帰り着くと、まずスーパーに立ち寄った。同居人が外出中ならいそいそと直帰する理由がないし、帰ってくるなら食うものを準備しておく必要がある。

 ──が。

 片手にカゴを提げて通路を歩きながら、中野は斜め後ろの同僚をチラ見した。

 まるで保護者みたいについてくる新井はガードとしての任務中で、仕事帰りに遊びに来たわけじゃない。

 ただし、帰宅した時点で家が無人なら、同居人が帰ってくるまで滞在するつもりらしいから、暇潰しの映画鑑賞用にポップコーンでも買って帰るべきだろうか?

「今夜、結局彼が帰ってこなかったらどうすんの?」

「泊まるよ」

 訊くまでもないと言わんばかりの即答が返る。

「うちの寝床って、地下と二階にベッドがひとつずつしかないんだよな」

「俺は床でも全然構わない」

「どこの床?」

「お前が住んでる地下室に決まってるだろ?」

「仕事熱心で何よりだけど、床に人体が転がってたら気になって寝られないよ」

「じゃあ、ダイニングテーブルの椅子でもいい。とにかく、お前が寝不足になろうと俺は俺の仕事をする」

 草食系のソフトな外観に反して、同僚の職務態度はどこまでもハードだった。

「でも普段だって別に、四六時中一緒にいるわけじゃないのにさ。新井がいない間は警戒すべき相手も休憩してくれてんの?」

「そのために落合さんがいるし、ほかにもカバー要員がいる。それに……これは本来、俺の立場で言うべきじゃないけど、お前の同居人の存在も大きい」

「うちの同居人を認めてくれて嬉しいよ。けど、彼が家にいないからってスーパーとか家までついてくるのは過保護すぎない?」

「事態が一段と緊迫してきたって、朝から言ってるだろ? これまでとは違うんだ。今後は絶対にひとりにしないよう、上からも指示されてる」

 そう。彼の言葉どおり、今日は朝から様子が違っていた。

 出勤途中には、気づいたら新井が背後に張り付いてたし──今までも、ストーカーさながらにどこからともなく見張ってたようだけど──会社に着けば、どういうカラクリなのか突然ヒカルが仕事の相棒になっていて、何をするにも一日中付きまとわれた──男子トイレにまで入ってこようとしたのは、さすがに止めたけど。

 で、帰りは再び、こうして新井が張り付いてるというわけだ。

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