s1 ep5-4

 おいマジか、と運転席の男が初めて声を発した直後、ソイツが火を噴いた。

 避ける間もなくフロントガラスに穴が空いて車体が派手に蛇行し、あっという間に何かに激突してクルマは前のめりに停止した。中野も後部座席でシェイクされ、衝突の衝撃で前方に向けて跳ね上がりながらも、ディバイダーに阻まれたおかげで飛び出すことはなかった。

 どこかを負傷したらしい運転手が、よろけながらも拳銃を引っ掴んでドアを開けた瞬間、既にそこまで来ていた敵の弾を喰らって視界から消える。助手席の女は、頭から血を流してダッシュボードの上に倒れこんだまま動かない。

 リアドアが外から開いた。

「早く出ろ」

 素早く言ったのは坂上だった。見覚えのあるグレーのパーカーにブラックジーンズ。黒っぽいキャップの上にフードを被って、二、三日くらい旅行に行けそうな黒のショルダーバッグを担いでる。

 が、その姿を目にした途端、中野の血の気が引いた。

 坂上のパーカーは血痕のような染みだらけで、袖を捲った左の前腕にはデカい絆創膏が貼りついてるし、手首から指先までも左右ともにいくつもの切り傷やら絆創膏やら、とにかく応急処置の痕跡があちこちに刻まれていたからだ。

「何があったんだよ……?」

「何でもねぇ」

「何でもなくないよね、その傷」

「いいから早く出ろ」

 ついさっき助手席の女に、みんな銃ばかりで刃物がいないって疑問をぶつけたばかりだってのに──まさにそんな敵が、坂上のもとを訪れていたとは。

 ただ見た目の惨状のわりに本人は平然としてるし、とにかく無事だったことに安堵して路上に降り立つと足元に運転手が転がっていた。

 クルマが衝突したのは、どこかの企業の敷地をぐるりと囲う塀らしい。少しばかりコンクリートを抉っちまってるけど、路駐の車輌のおカマを掘ったとかじゃなくて良かった。だって前部座席にいた二人が自動車保険で弁償するとは思えない。

 急ぎ足でその場を離れながら、中野は坂上に尋ねた。

「さっき、デカい銃持ってたね」

「それが?」

「拳銃だけじゃないんだなって思って」

「あぁ」

 素っ気ない相槌が返ってくる。でも肩に背負ってる頑丈そうな黒いバッグに、職質されたら一発でアウトな武器が入ってることは間違いない。

「あぁいうやり方って、衝突事故で俺が死ぬかもしれないとは考えない?」

「仕切りがあっただろ?」

「あったけど……」

 何故それを? とか、だったら何なんだ? とか、いくつかの問いが頭を掠めた。でももう口には出さなかった。いろんな基準が一般人とは違うんだろう。

 坂上は、ここまで乗ってきた足を近くの路上に停めていた。

 これがまた拍子抜けするほどありふれた軽のワンボックスで、色は白。本物か偽物かはさておき、4ナンバーの黒いプレートが取り付けてあって、走行距離は優に十万キロを超えていそうな古さだった。こんな深夜にも関わらず、フロントガラスの内側には『配達中』のサインプレートが掲げられている。

 運転席に収まった坂上が『配達中』を外して後部座席に放り、キーを捻ってエンジンに点火した。

「あんた、臭いな」

 ポツリと呟き、年季の入ったシフトノブを一速に押し込んでサイドブレーキを解除する。クラッチと入れ替えにアクセルを踏み込むと、軽四は古い車体に似つかわしくガタつきながらも意外な俊敏さで車道に飛び出した。

「あぁごめんね、香水だよね。やっぱり匂う? 俺も気持ち悪いし、帰ったらすぐ風呂に入って落とすよ」

「──」

「それより、何があったんだ?」

「何って何が?」

「刃物持ったヤツと闘ったんだろ? あんた、家にいるって言ってたのに仕事に出たのか」

「いや、地下にいた」

「じゃあ誰か来たんだな。まさかヒカルじゃないよな」

 あぁやって侵入された以上、また引っ越したほうがいいんじゃないかと中野は思った。どういう根拠なのか坂上は大丈夫だと言い張るけど、やっぱり危険なんじゃないんだろうか。

「違う」

「また別口? でもこうして無事だってことは、やっつけたんだよな?」

「──いや」

「え?」

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