Roads to Heroes
M.FUKUSHIMA
第1話 とある銀行にて
「だからね、おばあちゃん」
ハスキーな女性の声が響き渡る。とある銀行のキャッシュコーナーでのことだ。並んだATMのひとつの前で、白いブラウスにネイビーブルーのベストとタイトスカート、典型的な銀行の制服を着た女性が小柄な老婦人と向かい合っている。胸には「春日」と書いた名札が付けられている。目線を合わせているのか、ちょっと身をかがめ気味に、老婦人の顔を覗き込んでいる。他のATMにはそれぞれ人が列をなしており、二人を気にしつつも自分の用事を次々と済ましていく。
「お金を振り込む前にちゃんとお孫さんの携帯に電話をしてみた方がいいと思うのよ」
「だから言ってるじゃないですか、孫の携帯は壊れちゃったんですって」
女性行員の口から思わずため息がもれた。
「それが詐欺の手口なんですよ・・・」
そこまで言った時だ。銀行の奥、窓口の方が騒がしくなった。
「湧いたぞー。コボルドだ」
誰かがそう言ったことで、春日という行員は何が起こったかを理解した。
「まったくもう、こんな時に・・・」
「春日君、頼むよ」
追い打ちをかける大きな声が聞こえて、春日は肩をすくめた。
「今いきまーす」
奥に向かってそう叫ぶと、老婦人の方に向き直った。
「おばぁちゃん、ごめんね。少し待ってて。まだお金は振り込まないでね」
返事を待たず、再び奥に向き直り、左手の袖をまくり、現れた刺青のようなものに右手で触れた。次の瞬間、行員の制服は白銀に輝く西洋風の甲冑になった。吊り下げられた鞘から剣を抜き盾を構えると、金属の軋む音をさせ、彼女は自動ドアを通って奥に入っていった。
残された老婦人が驚いている間に、奥で騒がしい音が続き、静かになると元の通りの女性行員が戻ってきた。
「ごめんなさいね。さあ、続きを話しましょうか」
3年前、鳴り物入りでとあるMMORPGの運用が開始された。タイトルは「Roads to Heroes」。美麗なグラフィック、現実に即した緻密な設定、有名作曲家を起用した壮大な音楽、ゲーマーの誰もが期待をこめてログインした。しかし、ほどなくこのゲームをプレイして、突然意識を無くす者が現れた。全員が意識を無くすわけではなく、じっさい意識を無くしてもそれほど時間も経たずに意識を取り戻すのだが、そうした現象に見舞われた者は、一律奇妙な能力を身に着けていた。
能力とは、ゲームの
「R to H」の運用はすぐに停止されたが、すぐに再開された。いや、再開せざるを得なくなった。
奇妙なことに、ゲームの中のモンスターが現実に突然現れるようになったのだ。それらに対処するために一番効率のいい方法が、ゲームをして特殊な力を身につけた人々に戦いを委ねることであると結論付けられたのだ。
3年の間に法律も整えられ、今の日本ではすっかりモンスターと戦うゲームの力を身に着けた人々の存在が日常になっていた。
しかし、日常はいつまでも、同じものではなかった。
Roads to Heroes M.FUKUSHIMA @shubniggurath
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