第四十一話 描いた夢を君には言えず

 そのままニッシーもユズカちゃんも、連絡が取れなくなってしまった。

 この状況でアトラクションを楽しむというのも無茶な話だし、このまま広場でみんなが来るまで待とうと、時計近くのベンチに座った。私を挟んだ両隣、チガヤさんとメグミちゃんは、揃って押し黙ったままだ。


「ワクイ、俺の考えを言わせて貰ってもいいか?」


 ベンチの正面に立ったハヤトくんが、メグミちゃんの前に屈み込む。返事を待たず、ハヤトくんはその続きを口にした。


「もう二度と、ユズカちゃんを悲しませるような事はするな。あの子を大事に出来ないのなら、ニシはたとえ実の親だろうと切り捨てるぞ。アイツと別れたくないのなら、それだけは絶対に覚えておけよ」


 メグミちゃんは俯いたまま、短く「うん」と返事をした。それを確認したところで、今度はチガヤさんの方へ向き直る。


「ニシはずっと、チガヤと同じ高校だった事すら、俺たちには言わなかった。お前が変わろうとしているからだと、ニシは言ったが……他にも何か、理由があったという事でいいのか?」


 チガヤさんは、少し考え込んだ後、わからないわと言った。


「私に言えるのは、その理由も嘘じゃないって事だけ。他に何かがあるのかは、本人に直接聞いて貰える?」

「そうか……そうだな、わかった」


 ハヤトくんは、最後に私を真っ直ぐ見つめた。気難しそうな表情を解くと、立ち上がって私の頭をポンポンと叩く。


「リコは、チガヤを許して、友達になりたいんだな?」


 その笑顔を見て、嬉しくなった。

 こんな時、ハヤトくんは、私の気持ちを後押ししてくれる……チガヤさんを許しても良いのだと、彼のおかげで、そう思える。


「うん……できれば、仲良くしたいの。チガヤさん、ちゃんと謝ってくれたから」


 リコらしいなと、ハヤトくんが頷いた。


「お人好し!」


 その声は両隣から同時に聞こえて、私は我慢できずに笑ってしまった。

 その後、メグミちゃんとチガヤさんは「ユズカちゃんの前では仲良くする」という約束をした。

 ニッシーの大切な妹に、そして二人を慕っている健気な女の子に、これ以上悲しい思いをさせない為に。


 ユズカちゃんを捕まえたニッシーが中央広場に戻ってきたのは、合流予定の十六時を少し過ぎた頃で、他のみんなに大まかな経緯を説明し終えたところだった。

 シーパラ中をぐるぐる回って追いかけっこをしたというニッシーたちは、さっきまで私たちが座っていたベンチへ、倒れるように座り込んだ。


「お帰りー! ユズカちゃん、粘ったねー!」

「持久力が段違いだな、俺も簡単には追いつけないだろうな」


 ヒマちゃんとハヤトくんが笑いながら、ユズカちゃんの激走っぷりを褒めている。二人が気まずくならないように、明るく迎えようとみんなで決めていた。


「ハヤトはタバコをやめるとこからだよねー! 禁煙しちゃえー、いひっ」

「いや、やめても無理だろ」


 軽口を叩き合う二人には目もくれず、膨れっ面のユズカちゃんは、ニッシーに文句を言い続けていた。


「ケイちゃんしつこいんだもん! すぐ戻るつもりだったのにっ、怖い顔で追っかけて来るしっ!」

「あぁ? 心配するだろがっ、このドアホ! 放送で迷子のお呼び出ししてやろうか? 福海市からお越しのニシユズカさーん!」

「こんなとこで名前言うのやめてよっ! ケイちゃんのバカ!」


 二人の兄妹喧嘩が面白すぎて、一人っ子の私には新鮮でもあって、つい微笑ましく眺めてしまう。


「兄妹仲良しで何よりだね、良かったらこれ飲む?」


 メイくんが近くの自販機で買ってきたスポーツドリンクを渡すと、ユズカちゃんはお礼を言って受け取るやいなや、一気にぐびーっと飲み始めた。


「お前、あんだけ走った直後によく飲めるな……」


 呆れるニッシーの目の前でペットボトルはあっという間に空となり、ユズカちゃんは最後にぷへぇ、とオジサンみたいな息を吐く。


「ユズカちゃんには誰も勝てないよなぁ、ははは」

「いやもう本当に面目ない、迷惑かけてごめんな!」


 豪快に笑い飛ばすカメヤンを見て安心したのか、ニッシーが拝むように手を合わせた。


「それで、この後、サイトウさんも一緒でいいのよね?」


 アイリちゃんが、メグミちゃんとチガヤさんの二人を交互に見ながら聞いた。二人は揃って頷いて、メグミちゃんが「リコが仲良くしたいって」と、みんなに向けて言った。


「ユズ、私たち友達になったのよ。だからメグのこと、許してあげて?」


 そうチガヤさんに言われて、ユズカちゃんだけでなく、ニッシーも目を丸くした。今はユズカちゃんの為の演技だけど……少しずつでも、本当に仲良くなってくれたらいいのにな、と思う。


「その……話してみたら、気が合ったの。嫌な思いをさせて、ごめんね」

「ゆ、ユズカもっ、ひどいこと言ってごめんなさい!」


 頭を下げたメグミちゃんに向かって、慌てたようにユズカちゃんもペコペコと頭を下げた。そんな二人を見て、チガヤさんが苦笑する。


「彼氏に隠し事なんてされたら、当然腹も立つわよね。彼女にきちんと話をしておかなかったニッシーが、いちばん悪いんじゃない?」


 チガヤさんに指差されたニッシーが、ペットボトルに口をつけながら「んん?」と唸った。その隣で、ユズカちゃんがウンウンと頷いている。


「お兄ちゃんが、ユズカの口をふさいだりするからですよね!」

「彼女に隠し事するなんて、酷いと思わない?」

「もっと上手な隠し方だってあるわよねぇ」


 三人揃って、ニッシーが悪いの大合唱だ。こうしていると、メグミちゃんとチガヤさんが本当の仲良しに見えてくる。


「いきなり三人で結託するとか、ちょっとズルくないですかねー」

「自業自得でしょ。で、結局ニッシーの隠し事って何?」


 メイくんに容赦のない言葉を浴びせられて、全員の視線を独り占めにしたニッシーは、中指でメガネの位置を直しながら目を閉じた。


「……チガヤがうちに来てたのは、漫画の原稿を手伝ってくれてたんだ。俺、中学生の頃から、ずっと漫画描いてるんだよ」


 落ち着かない様子で周囲を見回したニッシーを、みんなはなるほど、という感じで見ている。絵心があって、漫画やアニメが好きなニッシー。自分で漫画を描きたいと思っても、何も不自然な事じゃない。


「同人誌も作ってるし、雑誌に投稿もしてる。家の事もあって、今はちょっと休んでるけど……周りは真面目に人生設計してるのに、漫画家になりたいとか言い辛くてさ。だから知ってたのは、ユズカとチガヤだけ」

「チガヤが特別だったから、教えたの?」


 メグミちゃんが拗ねたような声を出して、ニッシーはうーん、と軽く唸った。


「そういうんじゃなくて……チガヤが、部室で同人誌の原稿を描いてた事があって、それが嫉妬するくらい上手くてさ。だけど、コスプレしてたらあんまり描く暇がないとか、クソムカつく事言いやがるからさ」

「サボると描けなくなるぞって、凄い剣幕で怒られちゃって。俺の同人誌手伝えよって、強引に家まで連れて行かれたのが最初ね」


 チガヤさんがそう続けたものの、ニッシーは違うだろ、と唇を尖らせた。


「その前に、一緒に本作ろうって誘ったら、即答で断ったじゃねーかよ」

「当たり前でしょ、私はチームでコスプレしてたんだから。衣装製作にだって時間はかかるのよ? お裁縫教えてあげたんだから、わかるでしょ?」


 それを聞いて、メグミちゃんが自分の着ている衣装を見た。そうか、ニッシーにお裁縫を教えたのは、チガヤさんだったんだ……。


「じゃあ、二人の関係って……」


 おそるおそる、という感じで尋ねたメグミちゃんに、ニッシーは手招きをして、自分の隣に座らせた。


「チガヤは、俺のライバルであり目標。だから絶対に、何もないよ」


 メグミちゃんは笑顔を浮かべたけれど、何だか悲しそうでもあった。その時、チガヤさんの「私を好きになるなんてありえない」という言葉が浮かんで、少しだけ胸の奥が苦しくなった。


「黙ってた事は、ごめん」


 ニッシーが、メグミちゃんの手を握った。


「真面目に将来を考えてるメグちゃんに、モノになるかもわからない夢を追っかけてる俺なんて、ふさわしくないだろって……ずっと、思ってた」


 そう言ったきり、ニッシーは黙ってしまった。

 いつも「本当の俺を知ったら嫌いになるかもよ」なんて、後ろ向きな事ばかり言っていたニッシーは、そんな事を考えていたんだ。


「私だって、なれるかなんてわかんないよ……みんな、一緒だよ。なりたいものを目指して、今やれる事を頑張るだけだよ」


 メグミちゃんが「頑張ろうね」と手を握り返して、ニッシーがそれに応えるように頷いた。

 すごいなあ、と思う。追い続けている夢があるって、どんな気持ちなんだろう――夢を持ち続けているニッシーが、何だかとても羨ましかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る