第四十話 許す弱さ、受け入れる強さ

 ユズカちゃんが誘ったので、他のみんなと合流するまでの間、チガヤさんも一緒に回る事になった。

 ハヤトくんが買ってくれたパンプキンラテを飲んだ後、メイクを直してから四人でホラーハウスの前に戻ると、ミキちゃんたちもユズカちゃんのクラスメイトも既に居なくなっていた。


「三人で並びなさいよ、撮ってあげる。結構上手いのよ、撮る側の方が多かったし」


 そう言って苦笑するチガヤさんにスマホを預けて、三人の写真を撮って貰うと、彼女はシャッターを切りながら「まるで親子キャラみたい」と楽しそうに笑った。


「あのあの、SNSに投稿してもいいですか! ちゃんと加工しますからっ」


 ユズカちゃんがスマホを見ながらご機嫌だ。見せてもらうと、毎日起こった「いいこと」を記録するためにSNSを使っているようだった。


「私はそのまま載せてもいいよ、ユズカちゃんは自分だってバレないようにね」

「あいあいさー! こんな感じで!」


 画像を見ると、素顔がわからないくらいスタンプが押しまくられていた。これなら現地で衣装を見た知り合いにしか、素性はわからないだろう。逆に衣装を見て探されても困るので、投稿は帰った後でするようにと念を押した。


「ユズカちゃん、フォローしていい?」

「ぎゃあああ、リコちゃんマジ天使!」


 久しぶりにユズカちゃんがハイテンションで、相互相互うぇいうぇい、と変な踊りを踊っている。私のアカウント、フォローしてくれてたんだ……嬉しいな、もっとマメに更新しよう。


「俺の顔も隠しておいてくれ……そこまでの覚悟は出来てない……」


 ハヤトくんが呻くように呟いて、私たちはみんなで笑い転げた。

 それは、賑やかで穏やかな時間だった。


 ハロウィン仕様のゾンビが全力で迫って来たホラーハウスを出る頃には、青くなったユズカちゃんが、チガヤさんにベッタリくっついていた。


「ハロウィンのオバケなら、怖くないかと思ったんですよぅ……ゾンビ、もう嫌ですっ!」

「いつもの幽霊は近付いて来ないものね、今日の方が怖かったわね」


 チガヤさんは苦笑しながら、半泣きのユズカちゃんを宥めている。歩き辛そうなチガヤさんをみかねて、ハヤトくんが手を差し出した。


「ユズカちゃん、俺と手繋ごうか」


 すっかりお父さんみたいになってしまったハヤトくんに、ユズカちゃんは一瞬だけ目を輝かせた後、ぶんぶんと頭を振った。


「ハヤトさんはっ、ユズカよりも自分のカノジョを心配して下さいっ!」


 何だかすごいセリフが飛び出してしまって、ハヤトくんが少しだけ寂しそうな顔をした。私とチガヤさんが一緒に笑っていると、急に後ろから衣装のマントを引っ張られた。

 振り返ると、メグミちゃんが私のマントを引っ張っていた。その後ろにいるニッシーは、ユズカちゃんに向かって何かサインを送っているようだけど、ユズカちゃんは不思議そうに見ているだけだ。絶対に伝わっていない。


「ちょっとリコ、どういう事? 何でこの女が一緒にいるのよ」

「ぐ、偶然会ったの」

「だからって一緒に遊んでるとか、アンタって本当に……」


 そこまで言いかけて、ユズカちゃんの視線に気付いたメグミちゃんは言葉を切る。そして眉間に皺を寄せた後、チガヤさんに「一人で来たの?」と聞いた。


「予定では一人じゃなかったんだけどね。心配しないで、これで退散するわ」


 それで何となく察したらしいメグミちゃんが、視線を逸らしつつ「いいんじゃないの」と言った。


「一人だけ私服でも気にしないなら、一緒に来れば?」


 その言葉に、私だけでなく全員の動きが固まった。まさかメグミちゃんが、チガヤさんを受け入れるだなんて――さすがに口には出せなかったけど、多分みんな同じ事を考えていたはずだ。


「ユズカ、すごくうれしいですっ! ねぇチガちゃん、いいよね?」


 口火を切ったのは、ユズカちゃんだった。ぴょんぴょんと飛び跳ねて、チガヤさんが嬉しそうに「お邪魔でないなら」と微笑んだ。

 だけど、その二人の様子を見て、メグミちゃんが怪訝な顔をした。


「ユズカちゃん、サイトウさんと仲良しなのね」

「ですです! チガちゃんとはずっと前から仲良……むぐっ」


 ニッシーが「黙れ」と言いながら、ユズカちゃんの口を手でふさいだ。

 完全に誤解しか生まないその状況に、メグミちゃんはにーっこり、と擬音が頭上に表示されそうなくらい冷えた笑顔を浮かべて、私を押しのけるようにチガヤさんの前へ立った。物凄くプレッシャーを感じるのに、チガヤさんは顔色一つ変えない。


「ニッシーと、付き合ってたの?」

「違うわよ。ただの部活仲間、それだけよ」

「家に行ったりしてたんじゃないの?」

「それは……」


 嘘をつくのも憚られるのか、チガヤさんが口篭ってしまった。口を塞がれてもがくユズカちゃんを解放したニッシーは、この上なく渋い顔をしながら、メグミちゃんを止めようとする。


「メグちゃん、俺たちは一度も付き合ったりしてない」

「じゃあ何で、ユズカちゃんを黙らせるの? どうして隠し事なんかするの?」

「それは、だから、その……」


 ニッシーも、その先の言葉は言わなかった。二人の態度は「何かがある」と、私たちだって考えてしまう。それが恋愛関係じゃないとしても、メグミちゃんが面白くないのは当たり前だ。

 メグミちゃんはチガヤさんを睨んで、どうしてよ、と詰め寄っていった。


「リコをいじめただけじゃ足りなくて、今度は私に嫌がらせするの!?」

「そんなつもりじゃ……っ」


 チガヤさんの表情が一気に歪んで、泣いてしまいそうなのだとわかった。それが、さっきの涙と重なって見えた。

 これ以上、私との間に起こった事で、彼女に泣いて欲しくはない。私はチガヤさんを許したいんだ……スガ先輩や、ニッシーの時と同じだ。ずっと恨む気持ちを引き摺ったままなんて、きっと私にはできない事だから。


「メグミちゃん、それはさすがに言い過ぎだよ……落ち着いて、ね?」

「落ち着けるわけないでしょ!」


 私は止めたくて声をかけたのだけど、メグミちゃんは私の方へと向き直り、両肩を掴んで揺さぶってきた。


「リコもリコよ! 何でこんな女と仲良く笑ってんのよっ、アンタ悔しくないの!? バカなの!?」

「ワクイ落ち着け、リコに八つ当たりするな」

「誰が八つ当たりしてるって言うのよ!?」

「メグちゃん、どうみても八つ当たりにしか見えないからね」

「はあぁ!?」


 ハヤトくんとニッシーの言葉は、完全に逆効果だった。元々この人たちは、女の子を宥めるのには向いてないんだ……焼け石に水どころか、火に油だ。

 肩を掴むメグミちゃんをどうにか引き剥がしてもらったところで、チガヤさんが「帰るわね」と、バッグを肩に掛け直した。


「ひどいよ、メグちゃんっ!」


 ニッシーの後ろで立ちすくんでいたユズカちゃんが声をあげ、メグミちゃんのところへ走り寄る。


「メグちゃんなんて嫌いっ!」


 メグミちゃんの目の前で、ユズカちゃんが叫んだ。それは、周囲の視線がこちらへ向く程の大きな声だった。


「チガちゃんのこと、いじめないでよ……メグちゃん嫌いっ、大っ嫌いっ!」


 呆然とするメグミちゃんの横をすり抜けて、ユズカちゃんが中央広場の方へ駆け出していく。


「うわっ、待てユズカ!」


 ニッシーが、それを追った。ユズカちゃんと同じように、メグミちゃんの横をすり抜けて――その顔を、見ようとすらせずに。


「何で、こうなっちゃうのよぉ……」


 メグミちゃんは力が抜けたように、その場へうずくまってしまった。


 ユズカちゃんが叫んだ事で周囲の注目を集めてしまったので、私たちはその場を離れて、中央広場の方へと足を向けた。ハヤトくんはニッシーたちを探すように辺りを見回しながら、私たちの少し先を歩いている。

 チガヤさんはこの状況を放置して帰る事もできず、居心地悪そうに私の隣を歩いていた。そして反対隣には、メグミちゃんがいて……私、いま、板挟みだ。


「結局、あなたとニッシーって、何なの……どうして、二人して何かを隠すの?」


 メグミちゃんが、ようやく切り出した。私も気になるのだけれど、チガヤさんは何も言わない。


「同じ高校の同じ部活で、家に遊びに行っていて、妹とも仲が良くて。そして同じ大学の、同じ学部に進学して……それで付き合ってないって、言われても」


 メグミちゃんが、大きな溜息を吐いた。確かにそうやって並べると、並々ならぬ親しさのようにも思える。私とメイくんみたいな関係だったのだろうか。


「付き合ってたんなら、言ってくれればいいじゃない……」

「本当に付き合ってないのよ。家に行っていた理由は、ニッシーから聞くべきだと思うわ」


 ようやく、チガヤさんが口を開いた。自分は理由を言わないという、明確な意思表示だ。これ以上聞いても、何も言ってはくれないだろう。


「あなたは、好きだったんじゃないの?」


 その問いにチガヤさんは足を止め、そうね、と肯定した。


「過去形じゃないわ、好きよ。私はニシくんの事が好き。高校生の頃から、ずっと」


 それは、凛とした声だった。ニッシーを「ニシくん」と呼んだチガヤさんは、きっと高校生の頃、ニッシーをそう呼んでいたんだろう。

 私たちの会話が聞こえたのか、ハヤトくんが振り返った。


「その割にはお前、ニシには結構キツく当たるよな」

「別に、好きになって欲しいわけじゃないから。ニッシーが私を好きになるなんて、絶対にありえない事だって、好きになる前から知ってるのよ」


 チガヤさんは穏やかに微笑んで、メグミちゃんは今にも泣き出しそうだった。

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