第三十九話 似たもの同士のお人好し

 座り込んでしまった理由を「楽しみすぎて眠れなかったから」と説明したアイリちゃんは、カメヤンに「しばらくゆっくりしなさい」とオープンカフェへ連れられて行った。


「アイリ大丈夫かなぁ、眠れてないのは本当なんだよね」

「カメが一緒なら大丈夫でしょ」


 ニッシーは不安そうなメグミちゃんの肩を抱き寄せて、ユズカちゃんから「ケイちゃんエロい!」と平手でお尻を叩かれていた。


 思い思いの方向へ散るみんなを見送って、私たちは約束通り、今から三人でデートだ。


「ユズカちゃんの希望でいいよな?」

「もちろん、お礼のデートだもん」


 私たちの会話を聞いて、ユズカちゃんは目を輝かせながら「行きたいところがあるんです!」と、私たちの手を取った。


「ホラーハウス、ハロウィン仕様なんですよ!」


 そっか、オバケ屋敷もハロウィンかぁ。普段のオバケ屋敷は苦手だけど、ハロウィンのモンスターなら怖くない、かも。


「吸血鬼とか出てくるのかな?」

「ゾンビかもー!」

「日本のハロウィンなら何でもアリだな」


 ユズカちゃんを真ん中に、はぐれないように三人で手を繋いで歩く。嬉しそうなユズカちゃんを見ていると、嫉妬した自分が恥ずかしくなってしまう。


「ほらほら、すごくないですか?」


 ユズカちゃんが指差した先、ホラーハウスの建物は、バッチリとハロウィン仕様に飾り付けられていた。壁に描かれた夜の洋館、その前に並べられたモンスターの人形、あちこちに飾られたコウモリやジャックランタン。入場列はさほど伸びていなくて、建物をバックに写真を撮っている人の方が多い。


「撮影スポット!」

「撮っちゃいましょー! いぇーい!」


 私とユズカちゃんがハイタッチをすると、ハヤトくんが苦笑しながらスマホを取り出した。私もハヤトくんにスマホを預けて、空いているスペースに陣取る。どんなポーズで撮ろうかと相談して、すぐ横にあった狼男を二人で挟む事にした。

 今日は作り物の表情も、計算ずくのポーズもいらない。これは作品作りじゃない、思い出を残す為の写真なんだから。


「撮るぞー」


 ハヤトくんが声をかけた途端、ユズカちゃんがどこか遠くを見つめて、真顔のまま動かなくなった。


「ユズカちゃん?」


 私が声をかけると、ユズカちゃんはしゃがみこんでしまう。


「クラスの男子がいたっ、どうしようっ」


 彼女が見ていた方向へ視線を向けると、そこには「もんすたー☆あいどる」という乙女ゲームのコスプレをしている集団がいた。

 それは、ミキちゃんのいるコスプレチームだった――高校の卒業式以来、ずっと会ってなかった、ミキちゃんがいた。


「離れよう。時間をずらして、また来ればいいから」


 ハヤトくんが駆け寄ってきて、ユズカちゃんの手を引いた。だけど私は、足がすくんで動けなかった。


「リコ、どうした?」


 二人が私を見て、怪訝な表情を浮かべた。素直に「ミキちゃんがいるの」と言えば、ハヤトくんには伝わるのに……ミキちゃんと私の事情を知ったら、ユズカちゃんがどんな風に捉えるのかと思うと、言えなかった。


「急ごう、見られるとややこしくなる」


 そう言ってハヤトくんは、ユズカちゃんと一緒に歩き出そうとした。

 わかっている。ユズカちゃんを護らなくては。気付かれる前に離れないと、この子はまた傷付いてしまう……なのに私の身体は、まるで石にでもなってしまったみたいに、指一本動かす事ができない。


「リコちゃんっ」


 ハヤトくんの手を解いたユズカちゃんが、私の手をきゅっと握った。


「リコちゃんも、逃げちゃおっ!」


 その手を強く引かれて、私は持っていた鞄を落としてしまった。

 留め具が外れ、勢い良く中身が飛び出す。お財布に家の鍵、コスメポーチ、サニタリーケース、ソーイングセット、入口で貰ったお菓子――ゴム製のジャックランタンは、またもや跳ねてどこかへ転がって行った。

 ごめんなさいっ、とユズカちゃんが泣きそうな声をあげた。


「大丈夫だから、急いで拾おう」


 ユズカちゃんとハヤトくんが屈み込んで、荷物を拾い始めた。私も慌てて拾おうとしたけれど、思うように手が動かない。どうしよう、どうしよう――。

 その時、黒いブーツが視界に入ってきた。


「ハヤトが一番目立つのよ、その身長で黒マントなんて」


 聞き覚えのある声に顔をあげると、そこにはジャックランタンを手にした、私服のチガヤさんがいた。


 ばら撒いた荷物を四人で掻き集めて、ホラーハウスからはかなり離れた場所にある休憩所へと移動した。そこはイベントステージの裏手で、関係者専用口の近くだった。各種アトラクションとは距離があるので、ステージの催し物がない時間帯は、ここにはほとんど人が来ない。

 四人並んで、ベンチに座る。チガヤさんを完全に巻き込んでしまった。


「これ、まほペンの制服でしょ? すごく良い出来、さすがね」


 チガヤさんが、私の衣装のマントにそっと触れながら微笑んだ。この前までの態度とは全然違っていて、こっちが本当のチガヤさんなのかな、なんて思う。


「ハヤトとリコさんが見えたから、少し離れて見ていたの……もう、ニッシーから聞いたんでしょう?」

「リコのファンだったんだってな。意外すぎだろ」

「だって完成度、凄いんだもの。同い年であれだけできるんだなぁって、尊敬してたのよ」

「それでこっそり写真集、か。チガヤらしいな、ははは」


 ハヤトくんに笑われて、チガヤさんも笑う。美術科はみんな仲が良いのだなぁと、妙なところに感心をしてしまう。


「私ね、あの後、ミライと話をしたの。縁を切られちゃったわ、チームも追い出されちゃった」


 彼女の視線が、ホラーハウスの方へと向いた。ここからは建物も見えない。チガヤさんは、ミキちゃんたちがいたのを知っていたんだ。それなのに、あの場所にいたのは――チガヤさんは少しでも、ミキちゃんたちの近くにいたかったのかもしれない。


「チガヤの方が、先にそのチームにいたんじゃないのか」


 ハヤトくんの問いに、チガヤさんは溜息で答えた。


「みんな、私が変わった事が、面白くなかったみたい。調子に乗るな、なんて言われちゃったわ」

「ひどいっ、いっぱい頑張ったのにっ!」


 そう叫んだのは、ユズカちゃんだった。ユズカちゃんは涙を浮かべて、何度も「チガちゃん頑張ったのに」と繰り返した。


「ユズ、大丈夫よ。久しぶりなのに、こんな話でごめんね」

「ううん……チガちゃん、ユズカはチガちゃん大好きだよ……!」


 とうとう泣き出してしまったユズカちゃんを、チガヤさんが抱きしめて、ゆっくりとその背を擦った。


「私、高校の頃、よくニッシーの家に行ってたから……付き合っていたとかじゃないの。ワクイさんには絶対に言わないでね」


 メグミちゃんが聞いたら激怒しそうな話だ、頼まれなくても言える訳がない。私もハヤトくんも、ただ黙って頷いた。


「ああ、そうだ。ねえハヤト、私カフェラテ飲みたいんだけど、売店で買って来てよ」

「は?」

「だって私もリコさんも、ミライに会いたくないんだもの」


 突然パシリにしようとするチガヤさんに、ハヤトくんは一瞬だけ目を丸くして、それから「全員カフェラテでいいのか」と言って立ち上がった。


「ユズも一緒に行って、好きなの奢ってもらいなよ。お顔は拭いてね」


 ユズカちゃんは目元を拭くと、元気良く「限定のパンプキンラテ飲みたいでーす!」と宣言し、ハヤトくんを売店の方へと引っ張って行った。

 そして、私とチガヤさんは、二人になった。


「ごめんなさいね、彼氏をこき使ったりして。ユズがいたら、話し辛いかと思ったの」


 彼女の意図は、この会話からユズカちゃんを外す事だったんだと、納得した。きっと今のユズカちゃんがどういう状況なのか、ニッシーから聞いているんだろう。他人の悪意について話すのに、あの子を同席なんてさせられない。


「ミライの本音を知りたくて、悪いけどあなたの悪口、いっぱい言わせて貰ったわ。大学でケンカしちゃった、なんて言ってね」

「それで……ミキちゃんは、何て言ったの?」


 チガヤさんはポケットからシガレットケースを取り出して、ベンチの脇にある灰皿を確認した後、いいか、と尋ねるように私へ見せた。私が頷くと、中から細身の煙草を一本取り出して火を点ける。


「あの子、あなたを引き立て役にするつもりだった、って言ったの。自分が目立つ為には、地味な子と組んだ方がいいって」


 やっぱり、と思った。その事は、以前からメイくんが気付いていた。「リコちゃんが綺麗になったから、僕らを切り捨てたんじゃないの」と彼は言っていて、私はそれを否定し続けていたのだけれど……前回チガヤさんと話した後は、そういう事だったのだろうと納得していた。


「自分と同じ事をされていたんだって、腹立たしかった。だから私、ミライに……最初から何もかも嘘だったのねって、言っちゃったの」


 チガヤさんは数口吸っただけの煙草を灰皿へ捨てると、私に向かって頭を下げた。


「ごめんなさい……私、酷い事をした。学内に、あなたの噂を広めようとした。それが正しいと信じていたの。だって、私にとって、ミライは――初めて出来た、親友だったの」


 そう言って、チガヤさんは泣いた。とても他人事だとは思えなかった。


「私にとっても、ミキちゃんは親友だったよ……」


 言葉を発した瞬間、私も涙が出てきてしまって、どうしても止められなかった。

 チガヤさんは、何も言わなかった。だけど私が彼女の手を握ると、その手を握り返してくれた。


「ねぇ、私たち、仲良くなれるんじゃないかな……?」

「……お人好しにも、程があるわよ……」


 それ以上、私もチガヤさんも、ミキちゃんについて何かを言う事はなかった。

 ハヤトくんたちが戻ってくるまでの間、私たちは手を握ったままで、二人揃って泣き続けた。

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