第三十話 優しさはいつだって不定形
そのまま全員が黙ってしまい、私はチガヤさんと正面から見つめ合う事になった。「ニッシー早く来て!」と心の中で祈ってみたけれど、都合良く現れるような奇跡は起こらない。
沈黙を破ったのは、ハヤトくんだった。
「チガヤ、お前はリコが噂通りの女に見えるか?」
「……男の子、連れ歩いてたじゃない」
か細い声で、チガヤさんが返事をする。内容は相変わらずだけど、その声にさっきまでの勢いは無い。
「お前がリコと同じ目に合ったら、新しい友達をホイホイと作れるか? 残った友達が男だけだった、ただそれだけの話だろ」
「それは……そうかも、しれないけど……」
チガヤさんは視線を私から、メイくんへと移した。黙って成り行きを見守っていたメイくんが、チガヤさんへ「何?」と声をかける。
「サツキくん……ミライから、この子に乗り換えたんでしょう?」
「はあぁ? 僕が?」
メイくんの口から、素っ頓狂な声が飛び出した。よっぽど驚いたんだろう、私だって驚きだ。だってメイくんは、私以外の同級生とは当たり障りのない付き合いしかしてこなかったのだ。勘違いをさせる要素すらあるはずがなかったし、ミキちゃんがメイくんを好きだなんて話も聞いた事がなかった。
「僕は、ミキちゃんと親しかった覚えはないね。彼女に僕の連絡先を聞いてみればいい、何一つ知らないはずだよ」
「だって……ミライが、彼氏を取られたって言ったのよ」
「僕は、リコちゃん抜きで彼女と会話した事すらないんだ」
メイくんの言葉を受けて、チガヤさんは「嘘よ」と呟いた。嘘じゃないんだ、とメイくんが言葉を重ねる。
「じゃあ、仲間外れにされたっていうのも……嘘、なの?」
「コスプレで組まなくなった話なら、離れて行ったのは彼女の方だ。そっちのチームに誘われたから、僕たちとはもう遊べないってね」
「……違う、頼まれたのよ……」
チガヤさんは、血の気の引いた顔で黙り込んだ。そのまま倒れてしまいそうだったので、私が使っていた椅子に座らせる。ハヤトくんの分だったコーヒーを手渡すと、軽く頭を下げながら、素直に受け取ってくれた。
「つまり、リコがその子をいじめてたと思ったから、アンタはあんな態度だったわけ?」
メグミちゃんが放った言葉で、とうとうチガヤさんの目から、涙が零れた。
「ミライが嘘をつくなんて、考えた事も無かったから……」
「だからってねぇ! 泣けば許されるなんて思ってんじゃないわよ!」
「メグ、落ち着いて。リコちゃんが優しく接してるのに、メグがケンカしてどうするの?」
今にも殴りかかりそうなメグミちゃんを、アイリちゃんが必死に宥めている。
「むしろ、何でリコはそんなに平気な顔してるのよ!」
メグミちゃんの矛先が、私に向いた。
平気じゃないよ、と言いたかった。ミキちゃんがそんな嘘を言い触らしていたなんて、出来る事なら信じたくない。だけど二年も前に縁が切れている私より、今の今まであの子を信じていたチガヤさんの方が、ショックが大きいのではないだろうか……そう思うと、目の前で泣いているこの人を責める気にはなれなかった。悪いのは、嘘をついたミキちゃんだ。
「友達に嘘をつかれたチガヤさんの方が、私よりもキツいよね……」
私がそう言うと、全員がぽかんとした表情で私を見た。そしてハヤトくんが、大声で笑い出した。
「ははははは、さすがリコだな」
「ああもう、このお人好しバカップル! 私が性格悪いみたいじゃないの!」
「メグはちょっと黙ろうね」
再び暴れ始めたメグミちゃんは、アイリちゃんからワッフルを口元に押しつけられて大人しくなった。そんなメグミちゃんに頭を下げて、チガヤさんが立ち上がる。
「ごめん、私、もう行くね……ミライと、話してみる」
それだけ言うと、チガヤさんはコーヒーをテーブルに置いたまま、足早にカフェから出て行った。
「……ネットで噂を撒いたのは、ミキちゃんだったのかもしれないね」
チガヤさんの背を見送りながら、メイくんが呟く。彼がその考えを口にしたのは、これが初めての事ではない。私はずっと「そんなわけない」と言い続けてきたのだけれど……もう、その言葉を否定する事はできなかった。
それからすぐにヒマちゃんたちが顔を出し、みんなでニッシーの家へ向かった。川沿いの道を歩きながら、カフェで待っている間に何があったかを話すと、ニッシーが「意外だ」と言った。
「チガヤにも、そんな友達がいたんだな。俺、アイツが友達と話してるとこなんて、大学に入るまで一度も見た事なかった」
私の中の「ショウカさん」も無表情の印象が強かったので、その様子は何となく想像できた。メイくんも小さく頷いたけど、ヒマちゃんが「うっそぉ!」と盛大に驚いている。
「チガヤちゃん、普段はすっごく明るいのに?」
「高校の頃とは完全に別人だよ。俺は美術部で一緒だったから、他の連中よりは仲が良かった方なんだけどさ」
仲が良かったと聞いた瞬間、メグミちゃんが苛立たしげに、空になっていたらしい紙製タンブラーを握り潰して鞄に入れた。きっとメグミちゃんは、チガヤさんを完全に敵だと認定してるんだろうな……妙な誤解さえ解けてしまえば、悪い人ではなさそうなのに。
「お前、そんなの一度も言わなかったじゃん」
カメヤンのツッコミに対して、ニッシーは渋い顔をした。
「自分を変えようと頑張ってるヤツの過去、言い触らしたって良い事ねーだろ……だから余計に腹立ったんだけどな、あのドアホ!」
ニッシーは川めがけて小石を蹴り飛ばすと、大きな溜息を吐いた。やや猫背気味なその背中を、ヒマちゃんがべちんと叩く。
「リコが怒ってないんだからっ、ニッシーも落ち着けぇい!」
「あ……そう、だな。ホント、リコちゃんは気が長いよなぁ……俺ん時だってさ……」
その発言に、思わずあっと声を出してしまう。メグミちゃんとアイリちゃんは、お手紙騒動の時にニッシーがやった事を、何も知らない。
「……ニッシーと、何かあったの?」
メグミちゃんが聞き流すわけもなく、笑顔で私の腕を掴んだ。アイリちゃんも気になるのか、間に入ってくれる気配はない。どうしよう、まさか正直に言うわけにもいかないし――引きつった笑いが自分の顔に張り付くのを感じながら、必死で返答を考えていると、先頭を歩いていたニッシーがこちらを振り返った。
「俺、ヒマワリがハヤトを好きだと思い込んでて、二人をくっつけよーとしてたんだ。こいつらにメタクソ怒られちゃった」
顎でカメヤンやハヤトくんを指しながら、ニッシーが苦笑する。彼の口から手紙の話は出て来ないし、こちらも決して蒸し返したりはしない。本心から許すと決めた私の気持ちは、ちゃんとニッシーに伝わっていたんだ……そう思うと、嬉しかった。
「そりゃ怒られるよ、何してんのニッシー!」
「完全に頭おかしくなってたッス、いやはや俺とした事が」
「今度リコを困らせたら、私も本気で怒るからね?」
「やっべ、メグちゃんキレさせたら、俺もう怖くてガッコー来れないわ」
おどけるニッシーに、メグミちゃんがツッコミを入れ始めた。二人の視界に入らないよう、そっと後ろへ下がった私たちに、どちらも全く気付いていない。
「ライバルに彼女が出来てラッキー、って普通は思うんじゃないの?」
「いやいや、代わりに俺へ惚れたりなんて、絶対にありえないからなー」
だったらさあ、とメグミちゃんが足を止め、深く深く息を吸った。
「ニッシーに惚れてる女の子を、捕まえたらいいんじゃ、ないですか?」
急に口調がぎこちなくなったメグミちゃんを見て、ニッシーが真顔になった。
「は……はい、そう、ですね? でもそんな物好き、一体どこに――」
混乱気味に返すニッシーの右手をメグミちゃんが掴み、そのまま自分の方へと引っ張った。よろけるニッシーに向かって、メグミちゃんが叫ぶ。
「ここに……いるんだけど!」
言ったぁ、とヒマちゃんが小さく呟いたのが聞こえた。幸いな事にその呟きは他の人には聞こえなかったみたいで、メグミちゃんが震える声で「いかがですか!」と追撃をした。
「え、ちょ、ま……マジかあああああああああ!」
眼鏡がずり落ちたままのニッシーが、頬を真っ赤に染めながら、町中に響き渡りそうな叫び声をあげた。
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