第二十九話 友達思いの彼女は言った

 その日の夕方、私たち八人は正門横のカフェで集まる事になった。

 自宅が近所というニッシーが「一応そこそこ広いし、毎日来たっていいよ」と言ってくれたので、ニッシーの家で衣装を作る事になった。そう言われれば確かに、ハヤトくんの部屋に八人で作業をするようなスペースなどなかった。

 私たちの英語学科は四限で今日の講義が終わり、美術科の三人が来るのを待っていた。ちなみに午後の予定が無かったハヤトくんと、四、五限目の撮影実習を途中で抜けたメイくんは、衣装の材料を買い出しに行ってくれた。結局は全員お揃いの衣装を作る事にしたから、材料の量は多いけれど、種類はそんなに多くない。


「ニッシーの……お宅訪問……き、緊張する……!」


 メグミちゃんがすっかりガチガチになっていて、カフェラテの味がしないと言って顔をしかめた。それを和らげようとしたアイリちゃんが、ワッフルを買いにカウンターへ向かう。


「……ねぇ、作る衣装の元ネタって、アニメか何かなの? ニッシーがお気に入りみたいだけど……」


 普段のメグミちゃんはアニメやゲーム等のコンテンツに殆ど興味がないのだけれど、それでもニッシーの好きなものは気になるらしく、こっそりと私に聞いてきた。


「うん、今年の夏に放送されてた深夜アニメ。原作は小説なんだけどね、面白いよ」


 みんなで話し合った結果――と言っても不慣れな人たちは「任せる」と言っただけで、意見を出し合ったのは私とメイくんとニッシーだけだったのだけれど――ともあれ今回は「魔法使いの羽ペンは奇跡を綴る」というアニメの中にある、魔法使い養成所の制服を作る事になった。キャラクターのコスプレなら色々と小道具がいるけれど、養成所の生徒というだけの設定なら、ローブとマントと羽ペンの三点さえ押さえておけばいい。あとはカボチャを持とうが頭にコウモリを乗せていようが、アレンジの範囲内だ。


「小説かぁ、読んでみようかな……衣装を着るのに話を知りませんじゃ、味気ないよね」


 メグミちゃんの意外な言葉に、思わずミルクティーのカップを倒すところだった。そういう風に考えてくれるのは、とても嬉しい。中には「好きでもないのに人気だけでコスプレ選ぶんじゃねーよ」と怒り出す人だっているくらいだし、作品への敬意はやっぱり必要だと思う。


「そだね、持ってるから貸してあげる。いま九巻まで出てるよ」

「あ、メグのあと私にも貸してー。面白かったら自分で買う!」


 戻ってきたアイリちゃんが、ニコニコと笑いながらメグミちゃんにワッフルを渡す。こういう形の布教もアリだよね……どのみちニッシーが、作業中にアニメ版を流しそうな気がするけど。


「ところで、お買い物は男子二人で大丈夫だったのかな」


 不安そうなアイリちゃんに、大丈夫だよと返事をした。慣れてるメイくんが一緒なら、安心して任せておいていい。

 衣装を作る時、私はいつもメイくんとクキちゃんを買い出しに付き合わせていた。メイくんがカードで払いたがって、理由を聞けば「ポイント付いてお得なんだよねー」なんて言い出して、クキちゃんが「メイさん意外と庶民派!」と大笑いしていたっけ。

 スガ先輩に私の写真を渡していた、工学部一年のクキちゃんとは、お手紙騒動の後に一度だけ顔を合わせた。駅の改札でばったり会って、私の顔を見るなり「ごめんなさい!」と頭を下げたクキちゃんは、そのまま走って逃げて行ってしまった。写真の横流しを私が知ったと、スガ先輩から聞いたのだろう。

 他のサークルメンバーとは、もう随分と会ってはいない。学外の人はそもそも会う機会すらないし、学内にもメイくんとクキちゃんの他にあと二人いるのだけれど、避けられているのだろうかと思うくらいに見かけない。

 ずっと一緒にいてくれたみんなと距離が出来てしまったのは、とても寂しい。だけどサークルが解散し、私が以前のような頻度で撮影の機会を作らない以上、疎遠になっていくのは仕方のない事だ。関係を維持する努力をしなければ、人との繋がりなんてそんなものなのだろうと思う。


「……リコちゃん、前のサークルの人たちには、声をかけなくてもいいの?」


 アイリちゃんが、穏やかな口調で私に問う。顔に出ていたのかなと慌てて笑顔を作ると、緊張していたはずのメグミちゃんまでが諭すように「無理しすぎ」と言った。


「またそーやって笑うんだから。アンタはいつも表情を作りすぎだよ」

「私もそう思う。寂しいなら、寂しいところを見せてもいいと思うな」


 アイリちゃんにワッフルを差し出されたので、手で受け取らずにそのまま齧る。「オノミチリコの一本釣り!」と二人が笑うので、私もワッフルを口に入れたままで笑ってしまった。

 それから三人で英語史のレポートを書いていると、ハヤトくんとメイくんが戻ってきた。まるでバーゲンセール帰りのように、いくつもの袋を抱えている。何たって八人分の材料だ。布類は結構重いので、この量を持って歩くのは大変だっただろう。二人は椅子に座るなり、揃ってテーブルに突っ伏した。


「さすがに、量、凄まじいな……もう一人、欲しかったな」

「それか、車、用意するべきだったね……」

「だから、四限終わるまで待っててくれれば、うちらも一緒に行くって言ったじゃん」


 メグミちゃんは男子二人の嘆きをばっさりと切り捨てて、スマホの時計をチェックした。私もつられて腕時計を見る。さっき五限が終わったところで、そろそろ美術科の三人が来る頃だけれど、少しは二人を休憩させてあげたい。何か買ってこようかと尋ねると、二人とも突っ伏したまま、同時に「コーヒー」と返事をした。


 ホットコーヒーを二つ持って戻ると、そこには厄介な人がいた。


「やっぱりいるんじゃないの」


 チガヤさんが、何故だかわからないけれど私たちのテーブルに来て仁王立ち。これまで話した事なんてなかったのに、急にどうして……と思ったけれど、ニッシーの言葉を確かめに来たのかもしれないと考えた。


「えっと、ショウカさんだったんだね」

「ちょっ……その名前で呼ぶの、やめてくれない?」


 コスプレネームを呼んでみると、チガヤさんは頬を赤くして目を逸らした。もう別の名前を使っているのかもしれない、改名するのは良くある事だ。


「ずっと気付かなくてごめんね。凄く綺麗になってたから、わからなかったの。今はコスネーム違うの?」


 私が努めて笑顔で聞くと、やっぱり睨むように私を見る。いくら酷い噂を真に受けたからって、マトモに話すのは今日が初めてなのに、どうしてここまで敵視されているんだろう。


「……あなた、よく私と普通に会話する気になるわね。バカなの?」

「リコはお人好しなのよ。私は昼からずっとアンタを引っ叩きたいけどね」


 私の代わりに、メグミちゃんが返事をした。私も引っ叩きたいとは思ったけれど、ここまで酷い態度で接してくる理由を、本人の口から聞き出したいとも思っている。スガ先輩の時と同じで、理由を聞きだす前に心を閉ざされたら、真相は永遠に闇の中だ。


「ねえ、何か気を悪くさせちゃってたかな。こうしてお話しするのは、確か初めてだったと思ったけど……勘違い、だったかな?」


 直球で疑問をぶつけてみると、チガヤさんは眉間に皺を寄せて、それから目を閉じた。


「ないわよ、話した事なんて。だけど私、ミライと組んでたから」

「あっ、そうだったね」


 ミライというのは、私をコスプレに誘ってくれた友達だ。本名は未来ミキで、コスプレの時はミライと名乗っていた。最初は一緒に衣装を作ったりしていたのに、高校三年生になったばかりの頃に「コスプレチームに誘われたの」と言って、私とは遊んでくれなくなった。


「あなたの話、ミライから聞いた……親友だったのに裏切られたって、あの子、泣いてた!」


 チガヤさんは声を荒らげたけれど、私は彼女の言葉を上手く理解する事ができなかった。

 確かに私も、ミキちゃんを親友だと思っていた。だけど私の悪評が広まった後、ミキちゃんは私と目も合わせてくれなくなった。周りの人にも噂を吹き込んで……私から友達を奪ったのは、ミキちゃんだ。


「……あんな嘘を鵜呑みにして、学校の友達に言い触らして。裏切ったのは、ミキちゃんの方だよ」

「そうだね。僕から見ても、ミキちゃんの方がおかしかったよ。おかげでリコちゃん、僕しか友達が残らなかったんだからね?」


 メイくんが続けてくれて、チガヤさんはえっ、と小さく声を発し、驚いたように私の顔を見つめた。

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