第二十四話 皆で幸せになろうね同盟

 私の悩みをよそに女子会は盛り上がり、完全に酔っ払った三人が「皆で幸せになろうね同盟」を結成したあたりで、私は力尽きて眠ってしまった。


 明朝、ご飯を食べながら、三人は真夜中の同盟会議について話してくれた。


「ランチ会だけじゃなくて、普段からみんなで遊ぼうって話になってね」

「それでね、ハロウィンナイトに誘いたいねって」


 アイリちゃんの言った「ハロウィンナイト」とは、地元にあるレジャー施設「福海ふくみシーパラダイス」で、十月最後の週末に行われるイベントの事だ。遊園地とプールとホテルが一体化したようなスポットで、イベントは遊園地エリアで開催される。

 ローカルタレントのライブとかカウントダウン花火とか、もはやハロウィンなんて後付けのようなそのイベントは、仮装して入場すると大人でもお菓子が貰えたりする。

 私たちコスプレイヤーから見れば、あれはコスプレパーティーだ。去年の私はサークルのみんなと参加していたけれど、今年の予定は白紙だった。


「いいね、メイくんが撮影場所選びのプロだよ。コスプレ楽しいよ」


 私がそう言うと、食事中にも関わらず、三人が真顔で詰め寄ってきた。


「リコ先生、衣装を見立てて下さいお願いします!」

「ねぇリコぉ、メイク教えてぇ! ボディペイントなら私がするからぁ!」

「リコちゃん、一ヶ月で効果が出るダイエット……ないかな?」


 ……みんなの真剣なその顔は、まさしく恋する乙女、そのものだった。


 朝ご飯を食べ終えた後は市街地に出て、ディスカウントショップでパーティーグッズのハロウィン衣装を物色してみた。だけどやっぱり安っぽいなぁと思ってしまう……安いんだから、当然なんだけど。


「これぐらいなら作れるけどなぁ」

「これぐらいなら描けるけどなぁ」


 私とヒマちゃんが同時に放った言葉に、メグミちゃんとアイリちゃんは同時に声をあげて笑った。立て続けのシンクロ状態に四人で爆笑していたら、傍にいた店員さんにまで笑われてしまった。

 結局、衣装は作る事になった。私はあんな安っぽい衣装で人前に出るなんて無理だし、一人だけ本気の衣装というのもバランスが悪い。四人でお揃いにすれば作業工程もある程度は簡略化できるし……うん、ケープ系の衣装なら、一人でもいける。

 ハロウィン的な小物だけを買って店を出て、その足で手芸店に行ってみると、三人ともすっかりテンションが上がっている。どうやらあまり来る事がないらしい……そうだよね、結構お金のかかる趣味だし。


「どうせならさー、男子にもコスプレさせよ!」


 ヒマちゃんが、目を爛々と輝かせて言い放つ。そしてあとの二人も乗り気だった。


「ニッシー死神似合いそう」

「サツキにネコミミつけたい!」

「カメヤンは何が似合うかなぁ?」


 製作の都合としては「困ったな」と言うのが正直なところなのだけど、三人が楽しそうなので口を挟めない。せっかくなら楽しんで欲しいし。だけどバラバラの衣装となると、誰にどんなものを作るか決めてから採寸しないと、何も材料が買えない……四人だけなら、お揃いの魔女風ケープを作ろうと思ってたんだけどな。

 今日のところは、ひとまず安くて使えそうな布の目星を付けた。コストパフォーマンスは大事だ。

 ……しかし、この流れはもしかして、私一人で八人分の衣装を作る前提なのだろうか。作った事のない人には想像が付かないかもしれないけれど、一ヶ月でそれはちょっとキツい。お金を出し合えば良いという次元の話ではないのだ。

 もしメイくんに手伝ってもらうとしても、あの人はミシンで指を縫った事があるレベルの不器用っぷりなので期待は出来ない。ハヤトくんは明日こちらへ帰って来る予定だけれど、お針子作業のハヤトくんも、ちょっと私には想像できない。

 正直、男子は当てにできない……ような、気がする。


「衣装作るの、私だけじゃ絶対に間に合わないと思うの。手伝ってくれる?」


 思い切って言ってみると、ヒマちゃんが「いひっ」と歯を見せて笑った。これでも可愛いのはずるい。そしてこういう時のヒマちゃんは、ご機嫌が最高レベルだ。


「ニッシーが洋裁得意だから一緒にやらせよー! おととい着てた変なシャツ、ニッシー自分で作ったやつだよ!」


 予想外のヒマちゃん発言に、メグミちゃんがうそぉ、と悲鳴に近い声をあげた。一昨日のシャツは確か黒地で……布の継ぎ目が全部、ファスナーになってたっけ。何の違和感も覚えずに既製品だと思ってたのだから、腕は確かなんだろう。意外だ。


「ハヤトはレザーで色々作るの好きだし、カメは高校で立体造形やってたから、たぶん小物も作れると思うよー」


 ヒマちゃんが得意気に、その大きな胸を反らした。さすが美術科、みんなすごい……ああ、ハヤトくんのキーホルダーって、自分で作ったものだったのか。


「とりあえず全員こき使えー!」

「うわー、ニッシーに女子力低いとこ見せたくないよー!」

「メグ、みんなで作るのが楽しいんだよ。気にしない気にしない」


 これなら「講義そっちのけで修羅場」という展開だけは避けられそうで、私としては大満足。みんなで作れば楽しいのは本当にその通りだし、もし間に合わなくても一蓮托生だ。


「……なんだか懐かしいな、こういうの」


 私がつい呟くと、笑顔の三人から頭を撫で回された。髪は乱れてしまったけど、すごく嬉しくてたまらなかった。

 

 その後は服やコスメを見て回り、パンケーキハウスで遅めのランチをしてからお店を出ると、スマホにハヤトくんからのメッセージが入っていた事に気が付いた。

 みんなに断りを入れてからメッセンジャーを開いてみる。そこには「一日早く用事が片付いたから、今日の夕方には帰る」と書かれていた。

 時計は十五時を指していて、ここから空港までは三十分程度。私のスマホを覗き込んだヒマちゃんが、いしし、と笑ったのが聞こえた。


「よーし、リコはもう空港行きなさい!」

「えっ」


 今日は女子だけで集まる日だって決めたのに、さすがにそれは……と言いかけた私に、アイリちゃんが「いっておいで!」と畳み掛けた。


「や、いいよ、毎日会えるようになるんだし」

「そんな事言ったら、私たちだって毎日会えるでしょっ」

「そういう問題じゃないでしょうよ、リコって意外と彼氏にキツいよね」

「リコちゃんは友情に厚いんだよね、恋より友情派っていうのかなぁ」


 喧嘩の時にハヤトくんよりメイくんを選んだ事実を知っている三人が、私をからかうように笑う。


「じゃあ一緒に迎えに行こうよ」

「こっちは同盟会議でそれどころじゃないの!」


 メグミちゃんに、あっさりと一蹴されてしまった。行って来い行って来い、と三人に背を押される。


「……ありがとう、行って来る!」


 そう言って一人で駅の方へ歩き出した私を、みんなは「二人きりでイチャついてこーい!」と笑いながら、大騒ぎで見送ってくれた。

 ――ところが、私たちは、二人きりにはなれなかったのだ。


 空港の到着口で、私はハヤトくんと再会した。荷物を抱えていた彼は、会うなり私を抱きしめるような事はしなかった。お帰りなさいと声をかけると、彼は蕩けるように笑った。


「よく迎えに来られたな。またカフェに待たせてたりするのか?」


 女子会の話は当然していたから、さすがに迎えに来たのは予想外だったらしい。


「二人でイチャついてこいって、快く送り出して頂きましたー」

「そうか。じゃあ二人になれるところに行きますか、姫」


 ハヤトくんらしからぬ返事。この人は、東京で何を覚えてきたんだ……思わず腕をぺしんと叩くと、ヒマちゃんみたいな顔でははは、と笑った。ご機嫌最高潮だ。

 お土産らしき袋を預かって、二人でバス乗り場へ向かおうとしたその時。


「……リコ?」


 不意に、私を呼び止める声があった。

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