共に歩む秋、ハロウィンナイト

第二十三話 恋する女子は未来を語る

 お手紙騒動による動揺も落ち着いて、私たちは迷いなく「友達」と呼べる仲になった。ニッシーだけは時折申し訳なさそうにするけれど、他のみんなはもう気にしていない。学食でのランチ会も定着して、来月にはイシバシくん……もとい、ハヤトくんもアパートに帰って来る。

 夏の気配は次第に薄れてゆき、季節は秋に変わりつつあった。


 九月最後の週末、ヒマちゃんの誘いで、女子だけのお泊り会をする事になった。私の他に誘われたのは、ランチ会に来るようになった涌井ワクイ恵美メグミちゃんと藤田フジタ愛理アイリちゃんの二人。学食だと男子がうるさくて話せない事もあるしさ、とヒマちゃんが苦笑した。

 ヒマちゃんの住むマンションは、大学の最寄りから一つ隣の駅近くだった。特急停車駅になっていて、生活はこっちの方が便利。大学から歩ける距離なので、私たちは芸術学部そばの裏門で待ち合わせた。

 途中でスーパーに寄って、たこ焼きの材料を買い込んだ。たこパたこパ、と上機嫌のヒマちゃんは、大量のお菓子と甘めのお酒も次々にカゴへ投入していった。私の体重、もしかしたら一日で戻るかもしれない……さすがに、それはないか。

 更に五分ほど歩いて着いたマンションは、新築に見えた。管理人さんに会釈しながらエントランスホールへ入る。


「ここ、家族以外の男性は入室禁止なんだよね」

「いいじゃん気楽で」

「彼氏を部屋に入れたら実家に通報だよ? サツキ呼べないじゃん!」

「ん、メイくんは彼氏だっけ?」

「うー、メグミの意地悪ぅ」


 メグミちゃんの返しにヒマちゃんが唇を尖らせたので、その正直さに思わず笑ってしまう。

 エレベーターで三階に上がり、すぐ正面の三〇一号室がヒマちゃんのお家だった。カードタイプの鍵で扉を開けたヒマちゃんは、どーぞどーぞと私の背を押してくる。

 綺麗に整頓されたお部屋は、カントリー調のアイテムで統一されていた。可愛いお部屋だねと褒められたヒマちゃんは、昨日必死で掃除したんだよぅ、と可愛く照れた。

 荷物を置いて落ち着く間もなく、ヒマちゃんの「このまま飲み明かすのだから、全員お風呂に入ってきたまえ!」という号令で、交代でシャワーを借りる事になった。

 このメンバーにスッピンを見せるのは初めてで、どんな顔をされるんだろうかと、少しだけ不安になった。馬鹿にしたりはしないとわかっていても。

 シャワーを最後に借りて、ルームウェアに着替えてお部屋に戻ると、みんなの視線が私に釘付けになった。


「リコ、すっぴん可愛い!」

「普段とは別人だ、いいね」

「私、そっちの方が好きだな」


 みんなが口々にお世辞をぶつけてくる。いいんだ、わかってるんだ……ヒマちゃんみたいにお人形さんみたいな顔でもないし、メグミちゃんみたいなクールビューティーでもないし、アイリちゃんみたいな素朴な可愛さも私にはない。素顔が地味だからこそ、コスプレをするキャラクターに寄せやすかったんだもの。


「ハヤトもそっちの方が好きじゃろうてのぅ、いひひひ」


 ヒマちゃんが妙な口調でからかってきて、返事に困ってしまう。確かに「俺は素顔の方が好きだ」と言われたけど……メイク顔の方が好きだなんて、彼女には絶対に言わないでしょう、普通。


「リコさんや、そのワンピースも可愛いですなぁ。それでハヤトに迫っちゃうんだろー、うりうり」


 ヒマちゃんが私に抱きついてきて、ハヤトくんの真似をしているつもりなのか、低い声で「リコ、俺はアンタが好きだ!」とか言い出した。あまり似てない。


「もう裸を見せてるのに、ルームウェアで迫る発想はなかったよ」

「いやいや、着衣だからこそのエロチシズムですぞ!」

「ちょっと、酒飲む前から酔っ払いのオッサンがいるんだけど」


 気が付けばメグミちゃんは、ヒマちゃんへツッコミをいれる役になってしまっていた。漫才コンビみたいで、アイリちゃんが大笑いするところまでがセットだ。


「リコ、それどこのワンピ? 私はジーユーのやつ」

「ジェラートピケ。メグミちゃんのスウェット可愛い、私も買おうかな」

「私、しまむらだよー。ヒマちゃんのシャツワンピは無印?」

「いえーす、無印好きなんだー。庶民の味方ばんざーい!」


 唐突なルームウェア品評会は、何だかキラキラしている気がした。女の子同士でこんな風に盛り上がる事ができるなんて、三ヶ月前には全く思ってなかったな……全部、ハヤトくんのおかげだ。露出狂とかクソビッチとか、最初は酷い言われようだったけどね。


 木製のローテーブルに設置された本日の主役、たこ焼き器。

 ヒマちゃんは慣れた手付きでたこ焼きをくるくると回し、私たちの小皿へ次々と放り込んでいった。

 普段とは全然違う、可愛いけれどルーズな格好で、和やかに他愛もない話を始める。売店が中華まんを売り始めたとか、駅の近くに新しいブックカフェがオープンしたとか。だけどお酒が進むにつれて、次第に話題は男の子たちのことへと移っていく。みんな素面じゃ話せない、女の子だけの本音語り。


「ヒマワリはさぁ、メイくんの事が大好きなんだよねぇ?」


 メグミちゃんが急激に絡みだした。実はあんまりお酒が強くないのかも。アイリちゃんも苦笑しつつ、その勢いを止める気はないらしかった。


「そんなにハッキリ言われたら照れちゃうよー!」


 ヒマちゃんが顔を覆ってしまい、それを見て安心するように笑う二人。メグミちゃんとアイリちゃんにとって、ヒマちゃんは恋敵になってしまったんだ。

 二人は以前から学食で見かけるニッシーの事が、色々な意味で気になっていたんだ、と言った。確か「細身で大食漢のイケメンメガネ様」だっけ。

 私を通して仲良くなった結果、メグミちゃんはニッシーに本気になった。そして何故かアイリちゃんは、カメヤンに恋をしてしまったのだと教えてくれた。この心変わりの理由を、私はまだ聞いていない。


「そう言えば、アイリちゃんってカメヤンのどこを好きになったの?」


 私がそう聞いた途端、アイリちゃんは頬を赤らめた。


「……カメヤンって、すごいの。何でもおいしそうに食べるの……」


 それは、私もそう思う。下手なタレントに食リポさせるより、カメヤンが食べるところを映してた方が、宣伝効果が高そうだとすら思う。何でも笑顔で沢山食べる、カレーなら更に笑顔で食べる――それが、亀谷カメヤマサルという男の子だ。そこに恋をしたと言うのなら、それはもう錯覚などではないのだろう。


「アイリの好みって、変わってるよね」

「じゃあ、メグはマズそうな顔で食事する人と、一生同じ食卓を囲んでも平気なの?」


 アイリちゃんが真剣に訴える。そう言われると、確かに重要事項のような気がしてきた。ハヤトくんはどうだろう……場の会話は楽しんでると思うけど、うーん。マズそうな顔はしてなかったと思うけどな。


「ニッシーは普通に食べるけど、カメヤンはすっごく幸せそうなの。見てるこっちも幸せになるんだぁ……好きなもの、いっぱい作ってあげたくなっちゃう」

「その思想、肥満待った無しだから気をつけなよ」


 現実味溢れるメグミちゃんの警告に、英語学科じゃなくて管理栄養科行けば良かったかなぁ、とアイリちゃんが呻いた。それだと多分、カメヤンと出会ってないけど。


「そう言えば、みんな卒業したら何になりたいの? 私は地元で、美術の先生になりたいんだー!」


 ヒマちゃんが笑った。それは私がまだ答えを出せていない、すぐ傍まで来ている未来の話だった。

 私はどんな道に進めばいいんだろう。

 以前の場当たり的な感覚は抜けて、それなりに考えるようにはなった。ハヤトくんはこの街に戻ると言ったけど、それは大学に戻るという意味であって、卒業後の事はまだ何も話していない。

 ハヤトくんがこの街で仕事に就く可能性はゼロじゃないけど、お父様のいる東京へ出るかもしれないし、お母様のいる地元に戻るのかもしれない。本当に画家の先生へ弟子入りするのかもしれないし、その場合は海外に行っちゃう可能性だってある。

 私がどんな未来を目指せば、彼の足手纏いにならないで済むんだろう。それをずっと悩み続けてはいるのだけど、未だにその答えが出る気配はなかった。


「私は航空狙ってるよ、客室乗務員キャビンアテンダントになりたいなって」

「メグはずっと夢だもんね、私は地銀を中心に受けようと思ってる」

「なるほどー、やっぱ美術科うちとは違うねー。で、リコは何を迷っておるのかね?」


 ヒマちゃんから名指しで話を振られ、黙るわけにもいかず、私は悩みを告白した。私としては真剣だったのだけれど、三人は顔を見合わせて笑い出してしまった。


「ハヤトに合わせて貰えばいいよ!」

「そーそー、自分のしたい事が優先だよ」

「いっそリコちゃんが養っちゃおう!」


 その「したい事」がわからないのだとは、何となく言い出せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る