第十八話 もう隠し事は無しにしよう

 繁華街にある「豆花園」には、何度も連れて来てもらった事があるけれど、場違いのような気がして未だに慣れない。平日のランチならまだしも、夜は学生が来るような価格帯のお店ではないんだ。

 高級感溢れる立派な店構えに、イシバシくん以外のみんなは物珍しそうに周囲を見回している。案内されるままに進むと、直前の予約で一体どんな魔法を使ったのか、最奥の和室が用意されていた。

 適当に座ってよと促され、イシバシくんと私が並んで座ると、メイくんが私の隣に腰を下ろした。それを眺めていたイシバシくんは、机の下で私の手にそっと触れ、そのまま指を絡めてきた。

 場が落ち着くと、すぐに豆腐懐石が運ばれて来る。テーブルの向こう側に座っているヒマちゃんたちの目が丸くなった。


「財布に札束でも入ってんの?」

「サツキんちってすげー金持ち?」


 ニッシーとカメヤンが同時に質問をぶつけたせいで、メイくんがあははと笑う。


「札束なんて持ち歩いたりしないよ、カードに決まってるじゃない。家はまぁ、何不自由なく暮らせる程度ってとこ」


 配膳が終わるまでの間、本題を話す気はないのだろう。メイくんが「他にご質問は?」とおどけてみせた。


「やっぱ寿司は回らないやつ食うの?」

「そうだね、誕生日や記念日には家に呼ぶ事もあるよ。イタリアンと半々くらい」


 普段のメイくんが生活水準をひけらかす事はないのだけれど、興味本位の質問にはわざと大げさな回答をする癖がある。カメヤンが「こりゃ本物だぁ」と唸った。


「ダメだコイツ基準が違うわ、かなりのボンボンと見た」

「ドラ息子なのは間違いないよ。僕はサツキ地所の次男」


 ニッシーのツッコミに、メイくんは珍しく正解を口にした。普段は決して明かさない、メイくんの素性。

 メイくんのお父様が二代目社長の不動産会社「サツキ地所」は、地元で知らない人はまずいない。バブルの頃にはかなり強引な取引をしていたようで、評判は決して良くはない。あれはインテリヤクザだよ、と蔑むように語るのがメイくんの常だ。


「親が恨みを買いまくってるから、極力知られない様にしてる。だけど僕はもう、君たちに隠し事はしないと決めた。五月サツキタケルという人間を信じて貰うには、もうこれしかないよね」


 高校生の頃、私に家の事情を話してくれた時にも、メイくんは同じ事を言った。同じ高校でその事実を知っていたのは、おそらく私だけだったのだと思う。


「俺たちはサツキを疑ってたのに、サツキは俺たちを信じてくれるのか?」


 カメヤンが神妙な顔で尋ねると、メイくんは何だか困っているように見えた。


「お互い様なんだ。僕も、無関係の事を疑ってた。てっきり僕の親へ意趣返しするのが目的かなって……いつもそんな事ばかり考えてるから、僕、リコちゃんしか友達いないんだよね」


 それは、私がずっと聞けないでいた疑問への答えだった。

 私以外の同級生とは常に付かず離れずで、サークルのみんなの事も大事にはしていたけれど、どこかで一線引いているような付き合いだった。どうしてだろうと思っていたけれど、常にそんな警戒をしていたのなら、心の内なんて見せられるはずがない。


「この子が僕にとって特別なのは、初めてで唯一の親友だからなんだよ」


 何となく寂しさを覚えている私を横目で見ながら、メイくんは衝撃の事実を口にした。 


「リコちゃん意外と空気読めないから、誰とも親しくしないと決めてた僕に、平気でガンガン話しかけてきてね。こっちが迷惑だって顔してもお構いなしでさ。おかげで高校生活は楽しかったけど、最初は参ったよ」

「は、へ?」


 予想外の流れに間抜けな声しか出せなかった私を見て、全員が吹き出して笑う。


「リコ、気付いてなかったんだ!」

「ははは、いかにもアンタらしいな」

「さすがリコ姫ってとこかね、ウケる」

「そっかーリコちゃんも天然だったかー」


 私のボケを肴にしてすっかり和やかになったところで、でもね、とメイくんが呟いた。


「僕は君たちとも、友達になりたい。だからこそ、言わなきゃいけない事があるんだ」


 その表情から笑みが消え、そして視線はイシバシくんへ向いた。


「イシバシ、嫌な話は食事の前と後、どっちがいい?」

「先に聞こう」


 既に準備は出来ていると言わんばかりの、迷いのない返答だった。


「ねぇイシバシ、どうして最初に、僕のところに来なかったんだ。一番親しいから後回しって、普通に考えたらおかしくないかい?」


 メイくんが険しい表情で、真っ直ぐにイシバシくんを見つめている。イシバシくんは動じなかった。


「リコに知られたくなかったからだ」

「そんなの、ちょっと口止めすれば済む事じゃないか。僕が犯人であって欲しいという気持ち、あったんじゃない?」


 そんなわけあるか、と否定の言葉が出るのだろうと思った。それなのにイシバシくんは、何も言わずに考え込んだ。

 メイくんは私の方をちらりと見てから、イシバシくんに畳み掛けた。


「サークルの内部事情について聞きたいのなら、まずは代表の僕に話を聞きに来るのが普通だ。だけどそうはしなかった。もしかして、僕をリコちゃんから遠ざける理由になるのを期待してたんじゃない?」

「……それは」


 テーブルの下で繋いでいた手が、離れていく。イシバシくんの中には、本当にそんな気持ちがあったのだろうか。


「否定……できないな。相談した人にサツキを警戒しろと言われて、俺はその言葉を素直に受け入れた」


 相談した人とは、きっとスガ先輩の事なんだろう。メイくんも同じことを思ったのか、右の眉がピクリと動いた。


「俺が素直に、だ。普段ならありえないって、お前らならわかるだろ?」


 イシバシくんは自分の親友たちへと、言葉を投げた。自嘲を含んだその言い回しに、ヒマちゃんがあはぁ、と妙な声をあげた。


「ご、ごめん! でもおかしくて! ハヤト自覚あったんだ!」


 一気に場の空気が崩れて、メイくんまでが笑い出した。そうしてしばらく笑った後、その余韻を残しつつも「気持ちはわかるんだけどね」と言った。


「その嫉妬のせいで、解決が遅れたんだ。僕がその写真を見れば、誰が撮ったものかは特定できた。全員の撮影データにアクセスできるんだから、照合すればすぐにわかるんだよ」


 ハッとしたように、イシバシくんが自分のクラッチバッグを見た。手紙が入っているんだろう。


「そうか……撮影時の角度か。集団で撮影していれば、大きく移動はしないな」

「それだけじゃないけど、まぁそういう事。だからすぐに僕のところへ来ていれば、二通目が届く前に犯人まで辿り着けたはずだ。僕は自分が疑われた事よりも、そのせいで事態が悪化した事の方が、よっぽど腹立たしいんだよ」


 眉間に皺を寄せて黙ったイシバシくんに、メイくんは微笑んでみせた。


「でも、こうして話せて良かったよ。キミは僕への嫉妬をごまかさなかった。だから僕らは友達になれるよね、ハヤト」


 名字でなく名前を呼ばれ、イシバシくんは驚いたようにメイくんの顔を見た。


「……そうだな、がそれでいいなら」


 間に私を挟んだままで、二人が握手を交わした。ヒマちゃんが嬉しそうに拍手をして、ニッシーが複雑な表情でそれに続く。カメヤンは「俺とも仲良くしてくれなー」とメイくんへ手を振った。


「悪い、一つ確認させて欲しい」


 急にイシバシくんが、強い口調で流れを止めた。もちろん、とメイくんが返す。


「サークルの人間なら、自由にリコの写真を見る事はできるのか?」

「できるよ。撮影会の最後に全員からデータを貰って、バックアップを兼ねてクラウドで共有してる」

「閲覧権限がメイにしかないというのは、嘘なんだな?」


 嘘だ。写真のデータは、私だって見る事ができる。メイくんがその旨を告げると、イシバシくんがバシン、と音をたててテーブルを叩いた。


「ニシ、まさかお前も一枚噛んでるのか?」


 他の部屋から聞こえてくる喧騒をものともせずに、イシバシくんの声が響く。ニッシーは無言でメガネを外し、イシバシくんへと視線を向けた。

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