第十六話 真相を明らかにする為には
それから数分もしないうちに、スガ先輩は私たちの前に姿を現した。どうやらメイくんの見立て通り、私たちを追いかけて来たらしかった。
「あっ……」
私たちはちょうど死角になるように、ブロック塀の陰に立っていた。先輩は面食らったような顔で足を止める。
「先輩、お買い物ですか? それとも、大好きなリコリスちゃんを追いかけてきたんですかね?」
メイくんが笑顔で問いかけると先輩はたじろぎ、私たちから視線を逸らした。
「り、リコリスちゃん、だったのか」
「わからないわけはないでしょう、高校生の頃から知ってるのに。同じ大学に通っているのだって、ちゃんと知ってたじゃないですか」
「衣装着てないとさ、何となくピンと来ないからさー。そうかぁ、イシバシの彼女ってリコリスちゃんだったのかー」
その声は上擦っていて、全くごまかせていない。メイくんは笑顔を浮かべたまま、先輩の右腕をぐっと掴んだ。
「な、何だよ」
「すみません、ちょっと付き合って頂きたいんです。実はサークルの誰かが、リコちゃんの盗撮写真を小遣い稼ぎに売り払ってたらしいんですよね。草の根分けても見つけ出して、肖像権の侵害で訴えてやろうかと思ってまして」
メイくんは平然と、嘘を撒き散らした。実際は盗撮じゃなくて任意だし、流出が事実だとしても金銭が発生した証拠はないし、訴えるなんて微塵も考えてはいなかった。
「……と、盗撮? 訴える?」
「ええ。それで、うちの連中と仲良くして下さってたスガ先輩なら、何かご存知なのではないかと思いましてね。心当たりはありませんか?」
メイくんは、普段通りに笑みを浮かべた。特にやましい事がなければ、別に怖いとも思わないだろう。だけど先輩は、メイくんの腕を振り解いた。
「お、俺は何も知らない!」
先輩はそう叫ぶと、あっと言う間に踵を返してアパートの方へ走り出した。だけどその先には、道路を塞ぐようにヒマちゃんとニッシー、カメヤンの三人が立っていた。
カメヤンが、ヒマちゃんを庇うように前へ出た。足を止められない先輩めがけて、真正面から走り出す。
「バイト休まにゃならん羽目になっただろーがああっ!」
メイくんに直接ぶつけられない鬱憤も混ざり合った、渾身のラリアット。
スガ先輩はそのまま後方に吹っ飛んで、アスファルトの上を無様に転がっていった。
泣きながら「リコリスちゃんごめんなさい」とリピートし始めた先輩を、カメヤンが軽々と担ぎ上げた。メイくんに怯えていた時のカメヤンとは別人の様で、かっこいい。
そのままみんなでアパートへ戻り、先輩の部屋を家捜しする事になった。
部屋の鍵は、当然のように開いていた。一人暮らしでも無用心な人はいるらしい。
グズグズと泣いている先輩をカメヤンがベッドに打ち捨てると、みんなが机の引き出しやタンスや本棚の中を、片っ端から暴き始めた。
「ほら先輩、余計なモノまで発掘されたくなかったら、全部正直に喋った方がいいですよ?」
メイくんが軽く威圧しただけで、先輩はパソコンのパスワードも、私の写真データの在処も、何もかもを素直に白状した。
「何が出てくるかわからないから、リコちゃんは見ない方がいいな」
そんなニッシーの提案を全員が支持したので、私は発掘作業に参加できなくなった。仕方がないので、ベッドでぐったりしている先輩の介抱をする事にした。
先輩はあまりにも憔悴していて、さすがに少しだけ心配になる。まだ事情も聞いていないのだし、あまりキツく当たっても良い事はないかな、と考えた。
台所でハンカチを濡らしてきて泣き腫らした目尻に当てると、先輩はか細い声でお礼を言った。
「ありがとう……本当に、ごめん。盗撮だなんて知らなかったんだ。クキタのやつが、サークル内だけの特別な写真だって言うから……」
写真を流出させたのが、いつも即売会で売り子をしてくれていた、工学部のクキちゃんだという事はわかった。そして「サークル内だけの特別な写真」だというのは、確かに間違ってはいない。
もしかしたら、クキちゃんはただ、仲良しの先輩に見せたかっただけなのかもしれない。こんな使い方をされるだなんて、夢にも思わなかっただろうし。だとすれば、盗撮だという嘘を吐き続けるのは、クキちゃんが可哀想だ。
「ごめんなさい……盗撮じゃ、ないです。クキちゃんはそんな事しません」
私が真実を告げると、先輩は安心したように「そうか」と呟いて、深く息を吐いた。
「あの、イシバシくんに手紙を書いたのは、先輩で間違いないですか……?」
今なら素直に答えてくれる気がして、尋ねてみた。きっとこれが、この場における私の役目のような気がしたんだ。
私は、先輩の手を握った。心を閉ざさないで欲しいと思ったから。
「……ああ、俺だよ。クキタから貰った写真と、昔ネットで広まった噂をつけて……あれは確か、七月の半ばだったか」
完全な自白だった。全員が一斉に先輩の方を見て、カメヤンが「何でだよ」と苦しそうに吐き捨てた。
「どうして、そんな事をしたんですか。怒らないので、教えて下さい」
私の中では、モデルを始めた時点で付き合っていると誤解されていて、別れる様に仕向けられたのだろうと考えていた。だけど先輩は「困らせたかった」と言った。
「俺も、リコリスちゃんを描いてみたかった。俺が言い出せなかった夢を、あっさりと叶えちまうイシバシが羨ましかった。アイツは俺を慕ってくれるが、俺はアイツを妬んでた……才能の塊で、血筋にも恵まれて、誰に媚びる事もなく生きてる」
先輩はベッドの上で起き上がって、私にハンカチを返すと、姿勢を正して向き直った。
「イシバシが、リコリスちゃんに惚れてるのは、すぐにわかった。たまには不安の一つも抱えてみやがれって思いながら、手紙をポストに捻じ込んだんだ」
その言い分には、腹が立った。引っ叩いてやりたいとも思ったけど、私は「怒らない」と約束をした。怒りをぐっと堪えていると、先輩はもう一度「本当にごめん」と言った。
「じゃあスガさんは、二人を別れさせようとしていたわけじゃないんですか?」
ヒマちゃんが口を挟むと、先輩は「違うよ」と即座に否定した。
「手紙を読んだ後、イシバシは俺に相談に来た。まさか手紙の主が俺だなんて、疑ってもなかったんだな……罪悪感で気まずい俺にも気付かずに、アイツはリコリスちゃんを守りたいと言ったよ。俺だとは言えなかったけど、それ以上邪魔をするつもりもなかった」
「それならどうして、二度と会うななんて書いたんです?」
メイくんが放った問いの意味が、先輩には伝わっていないようだった。不思議そうにメイくんの顔を眺めてから「何それ?」と言ったきり固まってしまった。
「前期試験の最終日に届けられた、二通目の手紙の事です」
私が補足をすると、先輩は「それは俺じゃない」と断言した。
「俺は、一通しか書いていない。本当だ、二通目なんか知らない」
「しらばっくれんじゃねーよ! 同じフォントに同じ封筒、どう考えてもアンタだろーが!」
ニッシーが、先輩を怒鳴り飛ばした。二通目の手紙のせいでイシバシくんは退学してしまったのだから、そこをごまかされるのは本気で腹が立つんだろう。
「俺が手紙に使ったのは、大学の売店で買ったレターセットに、パソコン室のプリンターだ。あの手紙を見たヤツなら、誰でも簡単に偽装できるさ……俺の言葉を信じろって方が、もはや無理なんだろうけどな」
先輩はそう言って、ひときわ大きな溜息を吐いた。
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