第十二話 だって私は信じているから
翌日の通学途中、仲直り報告のメッセージをヒマちゃんに送ると、返信で「今日は一緒にお昼を食べよう」と誘ってくれた。そのお誘いを受けると、今度は「ハヤトの友達も連れていくね」と送られてきた。
お友達と仲良くなれたら、彼の世界をもっと知る事ができる。そう思うとお昼が待ち遠しくて、午前中の講義は上の空だった。
お昼休みに中央棟の学食へ行くと、ヒマちゃんはツナギを着た男子学生を二人連れて、受け取りカウンター近くの席に陣取っていた。亀の絵と風見鶏の絵をそれぞれ背負った二人は既に食べ始めているけれど、ヒマちゃんのお弁当は机の上で出番を待っている。男の子は食事量が多いから、丁度良いのかも知れない。
私がヒマちゃんの隣に座ると、向かい側に座っている男の子が、とても人懐っこい笑顔を浮かべた。ちょっと太めで大柄な体型が、愛嬌になっているタイプ。
「はじめまして、俺カメヤ。仲良くしてなー!」
「カメ、口にモノ入れて喋らない!」
ヒマちゃんがテーブル越しに身を乗り出して、カメヤくんの頭をぺしんと叩いた。
「いてて、ヒマワリも一口食う?」
「食う!」
カメヤくんがヒマちゃんにカレーを食べさせているのを見て、もう一人の男の子が「給餌じゃん」と言いながら、眼鏡のブリッジを押さえつつ笑いを堪えている。
「あー、俺はニシ。方角の西ね、ウエスト。よろしく」
ニシくんはきつねうどんを啜っていて、その隣にメンチカツ定食の大盛りが鎮座している。こちらは細身なのに大食漢らしい。
「リコ、仲直りおめでとっ」
ヒマちゃんは満面の笑みで、可愛らしい巾着からランチボックスを取り出した。
「ありがと、ヒマちゃんのおかげ」
「へっへっへ、そうでしょそうでしょ」
ご機嫌で蓋を開けると、中身は大切な人に作ってあげるような、華やかで美味しそうなお弁当だった。お料理上手なんだなぁと感心していると、真っ赤なタコさんウインナーが私のお弁当に追加された。
「これはお祝い!」
私のお弁当はメイくんに「リコちゃんストイックすぎ」と評されたような献立が常で、彩りも何もあったものじゃない。タコさん一匹で随分と華やいだ気がする。
「タコさんかわいい、食べちゃうのもったいないね」
私がヒマちゃん作のタコさんを褒めると、三人が一斉に笑い出した。
「あはは、ハヤトみたいなこと言っちゃってる!」
「うははは、アイツも言うなぁ、言う言う!」
「ウサちゃんリンゴも躊躇するんだぜ、似合わねーよなぁ!」
盛り上がる三人を見ていた私の脳裏にも、真顔で「こんなに可愛くされたら食えないな」と呟くイシバシくんが浮かんできて、つい一緒になって笑ってしまった。
「リコちゃん、俺たちの目論見は聞いたんだよね?」
私とヒマちゃんがお弁当に箸をつけるのを待ってから、ニシくんがおもむろに会話を切り出した。何の事だろうとヒマちゃんを見ると、わざとらしく頭を掻きながら舌を出した。
「ごめーん、まだ何も話してないんだー!」
「うは、マジかよヒマワリ」
ニシくんが私たちに、ちょいちょい、と言いながら手招きをした。喧騒の中でギリギリ聞き取れる程度の音量。どうも内緒話がしたいらしいので、周囲に話を聞かれないよう、少しだけテーブルの中央へと身体を寄せた。
「それでは我々の計画を説明しよう」
ニシくんは眼鏡を押し上げながら、急に渋い声で語り出した。
「是非、君にも協力して貰いたい」
「はい」
「返事、かたーいよ!」
カメヤくんは私の相槌にツッコミを入れながら、カレーを一口掬って差し出してきた。同じ釜の飯というやつだ、私はぱくりとカレーを口にした。その瞬間。
「リコちゃん、今日は学食だったんだ?」
背後からの聞き慣れた声に振り返ると、定食の乗ったトレイを手にしたメイくんが、笑顔でこちらに歩いてくるところだった。
「お弁当だけど、友達ができたから、一緒に食べようかなって」
「そうなんだ。良かった、何だか僕も嬉しいな」
メイくんは、笑顔で三人へと視線を向けた。
「僕も同席させてもらっていいかな?」
「どうぞどうぞ、俺の隣空いてるよ」
ニシくんが自分の隣を勧めて、メイくんはありがとー、とお礼を言いながら着席した。私の正面がカメヤくんで、その隣がニシくん。更にその隣なので、私とは一番離れた席になる。
「写真科のサツキです、って知ってるよね。ニシとカメヤと、ヒュウガさんだっけ?」
「そうだよー、ヒマワリって呼んでねー!」
ヒマちゃんが愛想良く返事をした。疑惑を悟られてはいけない、という事なんだろう。メイくんはいつものようにニコニコと笑って、ヒマワリちゃんだねと言いながら、ハンバーグ定食に向かって「いただきます」のポーズをした。
「いやーしかし、まさかあのリコ姫と仲良くなれるなんてなあ。でかしたぞヒマワリ、持つべきものは友よのう」
カメヤくんが浮かれたような口調で、急に私やヒマちゃんを褒め称え始めた。ニシくんも頷いている。私が困惑していると、ヒマちゃんまでが胸を反らせつつ「でっしょー」と言い始めた。
「あはは、リコちゃんはどこでこの三人と知り合ったの?」
メイくんが食いついたけれど、まさか正直に言うわけにもいかない。私が余計な口を挟む前に、ニシくんが会話に割り込んだ。
「俺たち高校生の頃、リコリスのファンだったんだ。同じ大学にいるのを最近知って、今日はヒマワリに頼んで声掛けてもらったんだ」
「いきなり俺たちみたいな男が声掛けたら、やっぱ怖いだろ? でも友達になろうって言ってくれてさー、リコちゃんマジ優しい、マジ天使っすわ」
カメヤくんが畳み掛け、そして私はヒマちゃんに足をつつかれて「そうなんだよー」と話を合わせた。きっと何か、意味があるんだ。
「良かったら、僕も仲良くして欲しいな。リコリスの写真を撮ってたメイは僕だよ」
「おおお、名カメラマン……メイだけに?」
しょーもない、とニシくんにチョップされたカメヤくんを見て、メイくんも「うわーサムい、これはサムい」とか言いながら笑っている。
彼がこんな風に男友達とじゃれ合うのを見るのは、これが初めての事だった。高校時代の同級生とは最低限の付き合いしかしていなかったし、サークルでも全員と一定の距離を保っていた。中学までの事はわからないけれど、これが珍しい現象であるとは言える。
だけどこの関係は、偽りだ。どう考えてもこの三人は、本気でメイくんと仲良くなりたいわけじゃない。そして今、私も一緒になって、メイくんを騙している。
きっとそうする事が、メイくんの為にもなるはずだ――今は自分の良心に、そう言い聞かせていくしかない。
だって、私は信じているから。
メイくんが私に酷い事をするなんて、絶対にありえない。誤解なのだとわかってもらう為にも、メイくんの人となりを知ってもらうのは、決して悪い事ではないはずだ。
「ねー、明日からもこのメンバーでお昼食べよー?」
そうヒマちゃんが提案して、メイくんを含む全員が賛成した。もちろん私も。
「友達が増えて嬉しいよ。これからよろしくね」
メイくんの笑顔はいつも通りで、三人も普通に笑っている。だから私も笑った。こういう時に表情を作るのは、いちおう得意だ。
砂を噛むような気分でお弁当を食べ終えると、メイくんが「お近付きの印だよ」と言いながら、全員に売店のアイスを奢ってくれた。リコちゃんはこれだよね、とストロベリーアイスを渡される。
一番好きなアイスの味も、今の私には、全くと言っていいほどわからなかった。
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