第3話 リアル

北凰高校2年 桜井明日香が現実世界の私。

季節は秋。

校舎の窓の外には変わらぬ風景が不変だと言わんばかりに存在しているけれど。

変わらないものなんて無い事を知っている。


「ねえねえ、明日香」


「ん? 何? どうしたの? 美羽」


「また、どっかの世界に飛んでいたんでしょ」


いきなり声を掛けられて我に返ると授業は終わっていてクラスメイトの美羽の顔が間近に有り驚いてしまった。


「放課後、カラオケ行かない?」


「ゴメン、今日は無理かな」


「ええ、最近付き合い悪いよ」


「この詫びはいずれ精神的に」


呆れた顔をして『現実世界でね』と言い残してチャイムと同時に美羽は自分の席に戻っていき。

次の授業は何だったか思案している間もなくドアが開いて先生が入ってきた。


ダークな色合いのスーツに白いシャツに青のストラップのネクタイ。

髪は長くもなく短くもなくナチュラルだけど清潔感があり黒縁の眼鏡の奥の瞳は何を見ているのだろう。

抑揚の少ない声だけど良く通る声で淡々と授業を進めている青桐先生は数学の教師で我がクラスの担任でもあり。

そんな青桐先生が解説している声がBGMの様に聞こえる。


私達はあまりピンとこないけれど日本は変わったらしい。

度重なる震災などがあったが奇跡的な復興を遂げていて劇的に変化したのは都内だろう。

首都直下型地震が起こり首都と呼ばれていた場所は現在ではVRの世界でしか見ることが出来ない。

網の目状に掘り巡らされた地下鉄や行き過ぎた地下開発のために至る場所で地盤沈下が起き海水が流れ込み。

埋立地は液状化現象により壊滅し昔の首都は海の藻屑と消えた。

泡のように消えてしまった筈なのに今は水上都市が広がっていて夜になれば幻想的な夜景を楽しむことが出来る。

科学の発展の賜物と言うべきか人間の成せる技なのだろう。


そう言えばお爺ちゃん達から21世紀の話を聞いたことがある。

車は反重力エンジンでタイヤが無くなり空を走るようになり動く歩道やテレビ電話が出来て。

透明のチューブの中を高速鉄道が走りリニアモーターカーが都市をつなぐ夢のような世界だと。

確かに動く歩道やテレビ電話は出来たけれどリニアモーターカーは震災の影響で頓挫したままだし。

空飛ぶ車は様々な問題を抱え実現までは辿り着いていない。

電気自動車や水素燃料車の性能は飛躍的にアップしインフラも整っているけれど未だにガソリンやディーゼル車と共存している。

チューブ列車はよく分からないのが本当のところ。研究開発はしているらしい。

飛躍したと言えばVRもそうだけどAIだろう。

自動運転の車なんて今じゃ普通だけど大半は物流に関わる車が多い。

ロボットの開発も飛躍的に進んでいて、人間と見紛うアンドロイドは可能かもしれないけどリアルには出てきていない。

そんな無数のアンドロイドが街中を闊歩している世界なんてバーチャルとリアルの世界が混沌としている様で怖すぎる。


「では、次のファイルをアップしておきますので各々落としておくように。それと桜井は授業くらい真面目に受けなさい」


「はーい」


生返事をすると授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、教科書代わりのタブレットを閉じて立ち上がりカフェテリアに向かい美羽達とランチにする。

美羽達と行ったが私にも友人と呼べるような友人はいないし美羽ですら名字はうろ覚えで。

当たり障りなく浅く付き合い日々を過ごしていく。

仮想世界とは正反対の現実世界。


自分自身で言うのは可怪しいかもしれないけれど私の家は良家で父も母も別の会社を経営していて海外出張で長期間家を空けるなんて日常茶飯事だった。

家族揃っての食事なんて今まで殆どしたことがなく顔を合わせれば成績が下がっただの一方的に言われ喧嘩ばかり。

幼い頃から親が決めたレールの上をただ歩いてきた。

私立の名門小中学校に進み高校も一言の相談もなく親が勝手に決めてしまい。

そんな押し付けが嫌になった時期と反抗期と重なり、両親が何を言おうが無反応無抵抗になり成績はあっという間に下がっていき親が決めた高校には行けなくなった。


「勝手にしなさい」


その一言が決め手になり当時の担任と相談して今の高校に決め願書も出してしまった。

家から通うには遠くアパートも自分で探し現在は一人暮らしをしている。

私に絶望したのか授業料や生活費は振り込んでくるけれど口は出してこない。

それでも一人暮らしに当たっての月イチのメールは送信している。

私立の名門小中学校では誰しもが自分自身の事しか考えずクラスメイトの誰もが表面的には仲良しを装って裏では全員敵視していた。

そんな環境に9年もいて普通の高校にダイブすれば私のような人間が出来上がるのだろう。

友人以前に周りの人間との距離感が分からず接し方が分からない。

高校に入っても卒業した中学が超有名校だと分かれば羨望の眼差しか、どうしてここにと言う感じで遠巻きにしていても誰も近づいてこなかった。

そんな中で美羽が最初に話しかけてきてくれ美羽の友人ともそれなりに親しくなれたつもりでいるけどちょっとした相談は仮想世界ですることが殆どだ。


「ねえ、明日香。聞いてるの? どうして明日香の髪はいつも艶々なの?」


「普通にシャンプーして普通にトリートメントしてだよ。ただ予洗いは丁寧にするかな」


「予洗いって?」


「ん、3分くらいシャワーを浴びながら頭皮のマッサージをしてそれから洗うの」


頷きながら美羽達が聞き入っている。

常に普通が一番と言っているので美羽達は高級なシャンプーとか聞いてこない。

高校に入りたての頃は良い物を使っているとか高級品をなんて言われイライラし当たり散らしていたので周りが距離を取っていたのは私にも要因があるのだろう。

午後の授業も聞き流すように過ごし放課後を迎えられた。


「そう言えば明日香ってバイクだったっけ」


「うん、そうだよ」


「そのスカートでバイクは問題があるんじゃないの? せめて自転車で」


「ええ、嫌だよ。疲れるし」


どこの高校も似たようなものだと思うけれど女の子は制服のスカートは短めにしているのが普通だと思う。

北凰高校の制服は青藍色のブレザーにチェックのスカートで1年がバーガンディ・2年がグリーン・3年がブルーのリボンになっていて。

リボンを外してブレザーをテールコートにすれば仮想現実のアスハと似た格好になる。

因みに男子はスラックスにネクタイだ。

校風が自由な学校できちんと手続きさえ踏めばバイク通学も出来てしまう。


「ストッキングだし。見えても気にしないし」


「明日香が気にしないなら良いけど。少しは男子生徒の目も気にしなさい」


「はーい」


「本当に分かってるのかな?」


茶系で革製の2wayバックを背負いジェットヘルをかぶりバイクに跨る。

キーを回しスタータースイッチを押すとセルモーターが回転しエンジンが掛かり。

アクセルを吹かすと心地良い振動が伝わってくる。

この生き物のような鼓動がたまらない。

空気を吸い込みガソリンを燃やしエネルギーに変えて呼吸しながら駆ける。

電動バイクでは味わえないし私は味気ないと思う。

だから剣と身体一つでどこまでも行けるゲームにのめり込んだのかもしれない

美羽に手を上げて合図を贈って走り出す。

バイクの免許は16歳になって直ぐに取得しバイクは迷いに迷って購入した。

数店のバイク屋さんを見て周っている時にある店の前に綺麗な青いバイクが目に入り。

店のオーナーのおじさんに聞いてみると知り合いのバイクで自分がチューンしたと教えてくれ。

バイクを探していると話したらそれならばと進めてくれたのがZ125 Proだった。

即決したけれど色が気に入らなかった。

グリーンかシルバーかなんて選択肢が少な過ぎるけれど仕方がないのかも。

それでも悩んでいると時間がかかっても良いならオールペンしてやると言ってくれて二つ返事でお願いしてしまった。

だからバイクもヘルメットも大好きなブルーに出来て、バイクで困ったことがあると川崎のおじさんに頼みに行く。

夕飯を適当に買って帰って直ぐにダイブしよう。

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