第7話 勇者

 やっとこの生活のリズムに慣れたのに一通の封書が届いた。

 差出人は無理矢理ゲームのような世界に叩き落とした人達からで。

 リーファさんやハルさんにまで迷惑が掛かるといけないと思って話を聞くためにバイトを休ませてもらい、水上都市にある超高層ビルの一室にやってきた。

「お話って何ですか?」

「神楽さんはご自身の力について何処までご存知なのですか?」

「そんな力のことなんて一切知りません。あなた達から話を聞かされるまでは普通の高校生でしたから。それとも今更謝罪するつもりですか?」

 広い会議室を静寂が包みスーツ姿の男の人達は思案顔をしている。

 その中の代表らしき人は確か初代勇者の目黒と名乗っていたはずだ。

「現実なんですよ。我々も転生なんて夢物語の世界だと思っていた。しかし、ここに居る彼等は勇者と呼ばれる強大な力を有している。そしてあなた自信にも。万が一にでもその力が暴走した時にはあなたの命だけではなく」

「そんな事を言われても力の使い方なんて知らないし」

 転生者と呼ばれる人が現れたのは水上都市が出来るきっかけになった震災かららしい。

 当時は震災による2次災害として隠蔽されお互いが監視し合う為にこの機関が創設され現在に至り女神と呼ばれる力ははじめての出現で後手に回ってしまったと。

 私と同時期に見つかった勇者の力を持った人と力の使い方を学んで協力して欲しいと言われて。

 今日の所はこれで。よく考えて良い返事を待っていると。

 何で上から目線なんだろう。


 一階ホールにエレベーターから出ると同年代の制服姿の男の子が立っていた。

 関わるのが嫌でスルーしようとしたのに。

「あんたが女神さんなんだろう」

「私には関係ない」

「連中が隠している事を知りたくないか」

 正直に知りたくもないし聞きたくもなかったから歩きだすと腕を掴まれた瞬間に体から力が抜けて。

 気がつくと点滅する赤いライトと風の音から何処かの屋上だと思い立ち上がるとにやけた彼の顔が見え寒気がする。

 それはナンパされた時以上の恐怖を感じるけれど蛇に睨まれたように逃げ出すことが出来ない。

「これが威圧っていう力だよ。動けないでしょ」

「私には関係ないって言ったでしょ」

「関係ない? そんな訳無いじゃん。それじゃ何で君の両親は行方不明なんだよ」

 この人は何を知っているの?

 何で私の両親のことを?

 頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。

 それなのに。

「震災の後に魔族が現れたからだよ。可笑しいと思わない。勇者って正義の味方のことでしょ。正しい力ばかりが出現するなんて有り得ないでしょ。だって邪悪な力をねじ伏せるのが勇者の力だもん。勇者と言えば魔王だよ」

「悪いけど帰らせて。百歩譲って勇者を信じても魔族や魔王なんて馬鹿馬鹿しい」

「残念だな。態々魔王を呼び出したのに」

 そんなモノが居るはずがないと思いながら動けなかった。

 女神の力なんて言われても信じられなかったけれど今日あの人達と話してみて。

 大の大人がそんな夢物語みたいなことを真面目に語っていたから。


「居るんだろ。出てこいよ」

 彼が声を張り上げて溜息が聞こえた方を見て心臓が止まりそうになる。

 普段の格好ではなくTシャツにカーゴパンツで革のブーツを履いていて、一度も見たことのな

 い顔で。

 怒っているでもなく研ぎ澄まされたような表情と言えば良いのだろうか。

 そんな顔をしたハルさんがそこに立っていたから。

「どうしてハルさんがここに居るの?」

「知らないほうが幸せな事もあるけど。これ以上は隠しきれないからね」

「それじゃ魔族って。魔王って…… もしかして私のことも」

「異界特別対策機関を立ち上げたのは魔族の代表である僕だから」

 その名称は嫌というほど知っている。

 私に女神の力があると告げ私の家族をめちゃくちゃにしたのだから。

 それを知っていてハルさんは私に優しくしていたの?

 それじゃ私が馬鹿みたいじゃん。

 優しくしてもらって浮かれて喜んでやっと居場所が見つかったと思ったのに。


「邪悪な魔族なんてこの世から滅びれば良いんだ。暗黒なる者よ。聖剣に選ばれし勇者 田端一樹が深淵の底に葬り去ってやる」

「面倒くせえやつだな。お前が持ち出したのは聖剣のレプリカだ」

「ふん、勇者にはレプリカだろうと関係ないけどな。正義は勝つのだから」

 いきなり自分が正義だと言いだした田端君がハルさんに剣を向けて切り出した。

 難なく避けているけれど普通の人にはそんな事ができるとは思えない。

「何を信じるのかは蓮次第だ。隠しきれないと言った以上、真実を見せよう」

「本性を現したか」

 ハルさんの体が銀色の狼男のような体に変化した。

 ゲームの世界で言えば人狼なのだろうけど恐怖を感じないのは何故だろう。

 戸惑っている私のことなんて放置して田端君は殺気を撒き散らしながら剣を振り回していて。

 剣を避けながらハルさんの放った裏拳が田端君の顔にヒットした。

「ふざけるな!」

 大振りになってがら空きになったに懐にハルさんが滑り込むように足を突き出すと勢い余って田端君が突っ込んだ。

「突っ立ってないで援護しろよ!」

 苛立った田端君が放り投げたのは先端に水色の水晶な物が取り付けられている杖で恐る恐る手に取ると僅かに水晶のような石が光っている。

 どうすることも出来ずに人狼の姿のハルさんを見ると悲しそうな瞳が。

 すると何かを振り切るようにハルさんが田端君に向かっていく。

 周りの気温が一気に下がっていくような感覚に襲われて田端君が顔を強張らせて棒立ちになっている。

 心臓の鼓動が跳ね上がり目を瞑って叫んでいた。

「駄目!」

 甲高い金属音がしてゆっくり目を開くと剣を落として放心状態の田端君と焼けた毛の匂いが立ち込めている。

 握りしめていた杖の水晶は砕けていてその先には蹲って全身から煙が上がっている獣の姿が。

「ハルさん……」

 震えが止まらなくなり立っていることすら出来なくなり呼吸が出来ない。

 何かに弾かれた様に意識が飛んだ。


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