第12話 レベルアップと褒賞

 クロが全快してしばらくすると店ではちょっとした騒動が起きていた。

 ティナとアリカが露店を始めてから店の客が増えたと同時に二人が着ている服はどこで売っているのか聞きに来る街の人がいて。

 更にハイヒール下駄を渡しクロが着ている着物もどきやかんざしが火をつけてしまい。

 朝から晩まで対応に追われクロが切れてしまった。


「ティナとアリカの露店はしばらく閉めて店をみろ。トウリはこの騒ぎを責任もって何とかしろ」


 ティナとアリカが恨めしそうに俺を見ている。

 あんなに喜んでいたのに。

 リーナは肩をすぼめて笑っているので静観らしい。

 俺自身も閉口していたので渡りに船なのだが気にかかることがある。

 一度だけ服屋の主人が仕立て方を聞きに来て教えたのだが唸っていて未だに作られていない。

 それは布地を買いに行った時も生地選びに苦労した俺が感じたものと同じなのだろう。

 とりあえず話に行くしかない。


 布に色を付けるには先染めと後染めがある。

 ようは糸の状態で色を付けるか布にして色を付けるかの違いだ。

 先染めで模様を描くにはそれなりの手間が掛かり、後染めの方が自由に染められ汎用性が高い。

 一番簡単な染め方が草木染だろう。

 ざっくりと言うとその辺の草木を鍋で煮て色が出たら布を入れ染まったら水洗いをすれば良いだけだ。

 天然染料はたんぱく質に染まるので絹やウールが染まりやすく麻や綿に染めるときにはあらかじめ牛乳や豆乳を使って下処理を行う必要がある。         そして染料を定着させるのが媒染でアルミ(ミョウバン)鉄・銅などの金属や塩・灰汁でも可能で媒染する素材で色が変わったりするのが面白い。

 藍染に適しているのは木綿で酸素に触れることで色が定着するので媒染は必要ない。

 簡単に生葉でも染まるが藍染と聞いて思い浮かぶ藍染は発酵させないといけないのでシロートには無理だろう。

 服屋の主人に話を伺うと生地はほとんどが他で買ってきたものが主流で、この街で染色は細々としかしていないらしい。

 場所を教えてもらったお返しに色々な服のデザインを描いて渡すと大喜びしていた。


 服屋の主人に紹介してもらったと教えてくれた場所に行くと何故か大歓迎を受けた。

 天然染料は草木や虫や貝からも染料が抽出できるので似たようなものなのだろう。

 簡単なのは糸で生地を縛るだけの絞り染めだろう。

 布を四角や三角に折り曲げて同じ形の板で挟んで固定して染め上げれば板締め絞りやたたみ絞りになる。

 折り目から左右対称になるので簡単な幾何学模様の様な形に染め上がるはずだ。

 染めるのは手が染まるのが嫌なので本職の職人さんに任せる。

 蝋燭を見つけたのでろうけつ染めも試してみた。

 その他には数色を刷毛で波の様に描いたものや薄めた染料を上から垂らして滲ませたものを試してみる。

 初めて染めたにしては良い感じで職人さんに抱き着かれてしまった。

 出来れば今度は女の職人さんにお願いしたい。

 サンプルとして服屋に持って行くと主人が握りしめて飛び出して行ってしまった。



「ちぃーす」


 タジンさんの工房に行くとタザンさんと二人のエルフのご婦人が顔を突き合わせていた。


「浮気の相談ですか?」

「ちょうどよかった。お嬢の店に殴り込みに行こうかと算段していたところだよ」


 今、殴り込みに来たら機嫌が悪いクロに細切れにされますよと言ったらトウリが原因だろと返されてしまいぐうの音も出ない。

 エルフのご婦人は装飾具屋と履物屋さんだった。

 何でも俺に聞きたいことがあり親しいタジンさんに相談しに来ていたらしい。

 装飾具屋には紙にデザインを描いて簡単に使い方を教えて履物屋さんには鼻緒の付け方を教えるとタザンさんの腕を掴んで工房を飛び出していくのを見送る。


「そうだ、トウリに渡したいものがあるのだが」


 そう言って渡されたのは刃渡りが60センチ程の剣だった。

 鞘から抜くと刀身がマッドブラックの大型サバイバルナイフの様な剣でとても軽い。


「お嬢の剣みたいに業物じゃねえが。秘蔵の素材で打った極上品だ」

「俺は剣術や体術は全然ダメで」

「護身用でも良いじゃねえか。俺の気持ちだ」


 タジンさんの気持ちなら受け取らなければ罰が当たるし。

 何の力も持ち合わせていない俺が持つべきなのだろう。

 クロに守ってもらってばかりいればいつか負担になる事も考えておく時期なのかもしれない。

 稽古でもつけてもらおうと言ったらけつを叩かれた。

 クロに話すと実践あるのみと扱かれて全身筋肉痛でしばらく仕事にならなかった。



 荒い自分の息遣いだけが聞こえ。

 気配を感じた方に体を捻り瞬時に剣を振りかざすと金属音と共に衝撃を感じて剣を振り上げる。


「まだまだですが。筋は良いと思います」

「別の世界に逃げ出したい気分だよ」


 膝に手をついて肩で息をしている視線の先には普段通りのメイド姿のサーシャが立っている。

 違うところと言えば両の手に片手剣を持っている事だろうか。

 少し短めのブロードソードと呼ばれている物に近い。

 本来はツーハンドソードと呼ばれている大剣を使うらしく一度だけ見せてもらったあことがあるが。

 サーシャの身長ほどもある剣と言うより両刃の鉈の様な剣で風切り音を立てながら軽々と振り回していた。

 稽古であんな物を使われたら幾つ命が有っても足りない。

 サーシャに稽古をつけてもらっているのはクロの提案で色々なタイプと手合わせした方が経験値は上がりやすい言われたからだ。

 確かにクロだけではワンパターンになってしまう恐れがある。

 何とか防御できるようになったが反撃すら出来ないのは力の差が明白だからだろうし、防御できると言っても相手の手加減の賜物だろう。


「あらあら、お疲れ様。お茶にしませんか」

「助かった。フラウさんが女神に見える」

「お世辞を言ってもお茶しか出ませんよ」


 汗を拭いて屋敷にお邪魔する。

 屋敷の中は涼しくて気持ちが良い。何でも古代魔法が掛けられているからと教えてもらった。

 この世界のすべての物には魔素が含まれているから魔法が使え。

 古代魔法の威力は強くないけれど永続性があり魔法陣が消えない限り効果があるので空調や冷蔵庫に使われているらしいと。


「そうそう、トウリさんは泳ぐのはお好き?」

「まぁ、夏には海には行っていましたけど」

「あら、じゃ一緒に別荘に行きましょうね」


 一方的に決められそうになったので細やかな抵抗を試みたが場数で勝る領主には稚拙な交渉術も利かずに丸め込まれてしまう。

 温泉施設も出来て完成式典では挨拶までさせられ施設は『トウリテルメール』なんて名付けられて。

 行きかう商人の目当ては洗濯機やカラフルに染められた反物や服だったりして。

 人が増えれば色々と問題も出てきて街の周りに城壁を作る工事が始まっている。

 王国内の小さな街の中では異例らしい。


「温泉で身も心も癒せてお洒落で華やかな街なんて素敵じゃない。街の繁栄に寄与した英雄にちょっとしたご褒美よ」


 そこまで言われてしまえば断る事すら出来ない。



 最近はギルドに来ると声を掛けられたり握手を求められたりすることが時々ある。

 ここも冒険者が増えて大盛況みたいだ。


「カードの更新を頼みたいんだけど」

「あっ、トウリさん。良い感じでレベルアップ出来ているみたいじゃないですか」

「やっとルーキークラスですよ」


 魔物を倒し魔石やドロップアイテムを持ち帰ることでレベルやスキルが上がり、さらに上の魔物に立ち向かって冒険するのが冒険者であって。

 冒険もしない俺が冒険者だなんて烏滸がましい事だ。


「牙狼族の長老の魔石を持っている人なんて聞いたことがないですよ」

「稽古相手はクロだしね」


 長老の魔石は肌身はなさず持っていたいので装飾品屋に頼んで首から下げられるようにしてもらった。

 少し重いがそれは彼らとの約束の重さなのだろう。


「そうだ、アリーナさんは休みを取れたりするの?」

「クロさんやサーシャさんと言うものがありながらデートのお誘いですか」


 ハーレムアニメの様な事を言うのはやめてほしい。

 口には出さないが俺は一途な方だと思う。

 フラウさんの別荘に誘われたと話すと目を輝かせてギルド長から休みを取り付けて来た。

 何でもフラウさん別荘は王都でも憧れのリゾート地にあるらしい。

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