第11話 進化

 相変わらずクロはベッドで小さな寝息を立てている。

 本当に眠れる森の美女みたいだ。

 額に掛かっている髪の毛を指で払うと額の左側に切り株の様に折れた角がある。

 諦める為ではなく忘れない為に角を折ったのではないかと今は思う。


「シノンの耐え難い過去を変えることは出来ないしその重さは誰にも分からないだろう。だけどシノンが助けた命も多いはずだ。俺だってお前に救われた一人で。忘れろとは言わないし言えない、その哀しみを他の誰かが背負うことは出来ないだろう。それでも俺はいつまでもシノンの横を歩いて行きたい」


 左手の指で折れた角を触ると黒い煙の様に根元から綺麗に消えてしまった。

 目を覚まして笑ってくれと願いながらシノンの額にそっと口付けをする。


「ギン、頼んだぞ」


 ベッドの横で丸まるようにして寝ているギンに声を掛けて部屋を後にした。



 早朝にギンの悲鳴が響き渡りクロに何かあったのかと思い飛び起きると部屋のドアが吹き飛び何かが体当たりしてきた。

 物凄い衝撃を受けて息が出来ないでいると体の上でもそもそと何かが蠢いている。

 新手の魔物の襲撃かと思い慎重に目を開けると藤色のロングヘアーをした女の子の顔みえて。

 その子の右の額には角が生えているが。


「何をした。一体何をした」

「く、苦しい。落ち着いてくれ」


 首を絞めるように体を揺さぶられ一瞬だけ異世界が見えたような気がする。

 深呼吸をして息を整えると目の前にはたわわなモノが二つ見てはいけないものが。

 寝起きでグラマーな女の子の全裸を見るとは思わなかった。

 俺の視線に気づいて彼女が体に掛布団を巻き付けている。

 その顔は怒髪天を衝く形相で見事なストレートパンチがクリーンヒットした。


「トウリの馬鹿!」


 異世界最強のスライムになっちゃうよ。



「トウリさんに幼児嗜好があるのかと思いました」

「ロリコンじゃねえし」

「ほら、アリカはそんな事は言わないの」


 ティムが渡してくれた氷が入った袋で顔を冷やす。

 疲れているだろうと思い準備の時間になっても起こさないでいたらしい。

 そこにギンの悲鳴が聞こえ2階に駆け上がると俺の部屋のドアが吹き飛んでいて3人で恐る恐るのぞき込んだら裸の女の子がマウントポジションを取っていたと。


「どう見たって少女を襲う男じゃなく男を襲う少女にしか見えないだろ」

「トウリはもう一発欲しいようだな」

「次の世界では勇者になれるかな」


 憎まれ口を叩くと村人だの清掃業者か蜘蛛なんて言われてへこむ。

 確かに寝て起きて進化していたら俺でもビビるけど。


「いつまでも一緒に歩いて行きたいか」

「まるでプロポーズだよね。リーナ」

「ティムさん。私も言われてみたいです」


 俺の知らないところでリーナがゲコというヤモリの様な使い魔をクロの部屋に忍び込ませていたらしい。

 クロのことが心配だったからだろうが使い魔ってチート過ぎるだろう。

 理屈は未だに分からないがクロはオーガから進化したらしい。

 進化した理由は今までの経験上俺に起因するのだろう。

 体は一回り小さくなり顔も野性的な顔立ちが少し知的に見える。

 今までのクロを知っていたら少女ぽく見えるが……

 目を閉じると脳裏に焼き付いたクロの姿が浮かんできてしまう。


「何を考えているんだ。トウリ」

「口調は変わらないなと思って。って、何で顔が赤いんだ?」

「記憶が無くなるまで殴ってやる。リーナ、はなせ!」


 殴りかかろうとしたクロをリーナが羽交い絞めにして必死に抑えている。

 自業自得だと思うのだが……


「トウリは鈍すぎだ」

「乙女心の分からない男は最低です」

「俺は前のクロも今のクロも好きだけどな」


 何故かティムとアリカが頭を抱えているがスルー。


「もう、馬鹿なことばっかり言ってないで今はクロの着るものが先決でしょう」

「仕方がないな」

「トウリ?」


 2階に上がりドアの壊れた部屋に向かう。



「トウリ、こんな感じかな」

「良いんじゃないか」


 クロの為に作った物をリーナが着付けてくれている。

 とりあえず体格が似ているリーナのシャツを着せてその上に3人にあげたミニ丈の浴衣の様な物を着せる。

 浴衣の様な生地ではなく柔軟性があるしっかりした生地で作り、ミディ丈のフィッシュテール気味にして足を動かしやすいように前は開けてある。

 もちろん色は光沢のある黒地をチョイスし帯もしっかりとしたものを選んだ。


「サイズも問題ないし。よく似合っているけど髪の毛が」

「それじゃこんな感じで」


 クロの後ろに回り髪の毛を一つに束ねて少しねじりながら根元から少し手前に差し込んでくるりと回して固定した。


「可愛い! トウリさん、この髪飾り何ですか?」

「俺のいた世界ではかんざしと呼んでいたけど」

「この揺れている青い球ときらきら光っている飾りが素敵です」


 非常時はポニーテールでもいいけど着物にはかんざしだよな。


「幼児嗜好」

「ど変態」


 アリカはきらきらした純粋な瞳をしているのに薄汚れてしまった大人は嫌だ嫌だ。

 リーナとティムが蔑むような顔で俺を見ている。

 それでも向こうでヒール下駄なんて呼ばれていた下駄を渡すと喜んでくれて。

 履き心地を確かめたりしてターンしている。

 本物の笑顔が戻ってきたようだ。

 リーナ達に準備を任せて報告すべき場所に向かう。



 店を出てギルドに向かっていると周りの視線が気になって仕方がない。

 それとクロの角が白かった筈なのにブルームーンストーンの様に青白く見える。

 進化の所為なのだろうとスルー。


「なぁ、クロ。街中では帯刀しなくても良いんじゃないか?」

「落ち着かないし何かが起きた後じゃ困るだろ」


 言われてみればそうなのかもしれない。

 俺が平和ボケし過ぎているのだろう。

 ギルドのホールに一歩踏み込むと騒がしかったのに水を打ったかのように静まり返った。

 どこかで似た経験をした記憶があるデジャブかもしれない。


「アリーナ、心配と迷惑をかけたな。ステータスカードを更新したい」

「畏まりました」


 いつになくアリーナさんがぎこちないのは気のせいだろうか。

 改めてクロが血を垂らしたステータスカードを見て目をぱちくりしている。


「ク、クロさんなの? てっきりクロさんのいない間に浮気でもしているのかと思った」

「浮気って。アリーナさんにはそう言う男だと思われていたのですね」

「ごめん、ごめん。だってトウリさんの周りは綺麗な人ばかりだし」


 アリーナさんもねと言ったら真っ赤になりクロに強烈な肘鉄砲を喰らった。

 進化した体で情け容赦ないのは少し困る。


 出迎えてくれたサーシャが笑いを必死にかみ殺していてクロの体が小刻みに震えている。


「サーシャさん。フラウさんの庭でバトルなんて御免ですよ」

「承知しています。トウリさんに言われなくても。それでもですよ」

「クロは進化したのですから。今までとは違うんですよ。そうだ進化したのなら名前で呼んでも」


 クロの名前を口にした瞬間に湯気が出るくらいに真っ赤になったクロに裏拳を叩きこまれ。

 サーシャが堪らずに腹を抱えて笑い出し。

 その横で俺は腹を押さえて蹲った。少し小柄になったクロの拳が良い感じにボディーに突き刺さるんだよ。

 やはり耐久性をアップした方が良いらしい。

 何事かと屋敷から出て来たフウラさんは「あらあら」と言いながら優しい眼差しで微笑んでいた。

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