第10話 大怪我

 領主のフウラさんの要請を受けてギルドで対策会議が行われている。

 出席者はフラウさんにギルド長と冒険者の代表にクロとサーシャさんに何故か俺だ。

 警備が目的で討伐が目的ではないと言っているが。

 目の前に置かれている街の周辺の地図には目撃された場所がチェックされていて数組のパーティーで探索するという流れになってきている。


「なぁ、トウリ。この場にお前がいる理由はお前自身が分かっているはずだよな」


 クロの発言でみんなが俺を見ている。

 一つの目標に向かって組織で向かっていく時に需要なのは情報の共有だ。

 誰かが出し抜こうとすれば目標どころか組織自体の崩壊を招く事になる。

 今回の件に関して言えばそれは死を意味して最悪の場合には街すらなくなるかもしれない。

 深呼吸をして口を開く。


「少し前に噂になったオークとリザードマンの件に関しては嵐牙族に頼んで街に近づかないように対処してもらいました。彼らが不穏な動きをしていたのは魔物が現れた為で。確かではないですがその魔物はキマイラではないかと」


 場がざわついてクロが拳を握りしめている。

 目撃情報が多い場所をクロとサーシャさんがそれ以外をパーティー組が捜索いうことになったらしい。

 クロに嵐牙族にもと言ったら手薄になった街はどうするのだと見事に却下されてしまった。



 クロとサーシャさんを見送ってから数日が経っている。

 何も出来ないのがもどかしい。

 街中はいつも通りで店も普通に営業している。

 俺が牙狼族の元に行った時にクロは同じ気持ちでいたのだろうか。

 するとギルドに居るはずのアリーナさんが息を切らして店に飛び込んできた。


「と、トウリさん……」

「ギン!」


 アリーナさんの顔を見た瞬間に叫んでいた。

 俺の目を見たギンは嵐牙族の姿になり走り出した。


 クロを見送った場所に立ち続けてどのくらい経ったのだろう。

 時間の感覚さえ曖昧で道の先だけを見詰めている。

 店に飛び込んで来たアリーナさんは俺の手を掴んで不安そうな顔をしていた。

 現時点ではどちらかが怪我をしたらとの情報しかなく待つしかない。


「大丈夫でしょうか?」

「来た」


 アリーナさんが目を凝らしてみている。

 俺にも見えている訳ではなく直感的なものだった。

 サーシャさんの横をギンがゆっくりとこちらに向かってくる。

 その背中には傷だらけのクロが横たわっていてアリーナさんが動揺をしていた。


「サーシャさん。魔物は」

「殲滅した。問題ない」


 いつも通りの抑揚のない声だが俺と視線を合わせようとしなかった。


「アリーナさん、ギルドに報告をお願いします」

「は、はい」


 アリーナさんが走り出すとサーシャさんが頭を下げようとしたので止めると彼女の瞳が揺れている。


「サーシャさんが謝ることではないですよ。シノンは覚悟していた筈です。旧知の仲なら俺の言っている意味が分かりますよね」


 敢えてクロの本名を出すと申し訳ないと分かってくれたようだ。

 怪我は無いかと聞いたらバンプ族は種族の中でトップクラスの治癒能力を持っているからと説明してくれた。



 クロを抱きかかえて部屋のベッドに寝かせるとリーナさんが直ぐに傷の処置をしている。

 ドアの外ではティムとアリカが不安そうな顔をして覗いていた。


「ティムとアリカは開店準備をしてくれないか」

「でも、トウリさん」

「こんな言い方をして申し訳ないけれど2人に何が出来るのかな」


 冷たい言い方かもしれないが彼女ならそうしたと思う。

 傷の手当てを終えたリーナが俺を見ている。

 非常識かもしれないが微笑むことしかできない。


「体の傷は大した事はありません。ただ」

「サーシャさんが言っていた。猛毒をもった毒蛇の方か」

「王都まで連れていけば何とかなるかもしれませんが」

「時間がないか」


 サーシャさんの話によると出現したキマイラは個別でも上級冒険者でも梃子摺るレベルの魔物が合成されたモノで、そんな魔物が2体もいたなんて誰一人として想像しなかっただろう。

 リーナの見解もサーシャさんと同じでクロ次第らしい。


「店は私たちでみますから。トウリは」

「俺もティムやアリカと同じだよ。クロの様子を見るのはギンに頼もう」

「そうですね」



 クロの看病をしながら店を開けて数日が過ぎた。

 気を使っていた街の人達も俺が笑顔でいると安心してくれたようだ。


「まぁ、英雄のトウリが言うんのだから大丈夫だよな」

「タジンさん、飲み過ぎですよ」

「あん、トウリの方こそ飲み過ぎか? 俺はエールを頼んだんだがこれは違う味がするぞ」

「なんだ。バレたか」


 店内に笑え声が響きグラスを掲げているお客もいる。

 ティムやアリカも笑っているがどことなくぎこちないのが分かる。

 自分の力の無さが恨めしい。


 ここ数日毎晩のように不思議な夢を見ていた。

 周りは異世界に飛ばされる時に漂っていた場所で右手には光が左手には黒い何かが渦巻いていて。

 何処からか何とかのヴァルバラに宜しくなと声が聞こえて目が覚める。

 今はあまり気にしな方が良いだろうと思って久しぶりに裏庭の露天風呂にやってきた。

 オーダーを聞き間違えるイージーミスをしたことなんかなかったのに。

 ぼんやりと夜空を見上げながら湯に浸かっていると背後に気配がした。


「なんだ、サーシャさんか」

「ヒューマンに気配を悟られたのは初めてです。それ程気を張っているということをトウリは分かっているのですか。それとサーシャで構いません。あなたなら」

「分かっているから湯船でリラックスしているんじゃないか」


 何かを置く音がして視線を移すと綺麗な小瓶が置いてある。


「栄養ドリンクだと思って飲んでください」

「遠慮したら」

「横にお邪魔します」


 バンプ族は水が苦手じゃないのかと聞いたらどこの世界の話ですかと一蹴された。

 サーシャの話では種族トップクラスの治癒能力を持つ代わりに大人の体になるとレベルが上がらなくなるらしい。

 仕方なく小瓶の蓋を取って流し込むと体が楽になった。


「それではお邪魔します」


 背後で衣擦れの音がしたあとに水音が……やっぱり。

 クロやサーシャさんのポテンシャルは重々承知しているのでスルー。


「何を考えているのか聞かなくても分かりますが彼女のような上位種族の毒消しをするためにはそれ以上の力が必要です」

「それじゃ、眠り続けるお姫様に王子がするようにキスすれば」

「あなたがどんな力を持っているか私は知らない。でもヒューマンがそんな事をしたらどうなるか私は知っているのですよ」


 取り乱したサーシャが俺の顔を両手で抑えるようにして射抜くように俺を見ている。

 サーシャにも色々とあったのだろう。


「彼女とあなたまで失って永遠に後悔をし続けろと」

「ゴメン」


 泣く事さえできない俺に代わってサーシャが涙をこぼしている。

 濡れた指では意味がないが涙を拭ってやると。


「これはあなたのレベルアップのためです」


 そう言い残して静かに離れていった。

 温かく柔らかい感触を残して。


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