第9話 露店と浴衣

 忙しい時もあれば暇な時もあるのが飲食業の常で。

 今日は特に暇らしい。

 数組の客がいるだけでリーナが一人で接客している。

 ティムとアリカはキッチンで露店のオープンに向けてベリーやかんきつ類のシロップ作りに精を出していた。

 ラフなバーテンダーみたいな恰好で暇を持て余している。


「なぁ、トウリ。毎晩遅くまで何をしているんだ」

「ゴメン。うるさいか」

「気にならないし。仕事はちゃんとしているから構わないが。時間があれば部屋に籠って」

「ちょっとな」


 クロの言う通り最近は少し引き籠り気味だ。

 店の買い出しには自分で行くけど個人的な買い物はギンに任せている。

 不便が無いように成犬程度の体にして買い物かごを口にくわえさせてメモと巾着にお金を入れて。


 露店のオープンの日がやってきた。

 ティムとアリカも自分達で考えて色々と準備していたらしい。

 リーナに安定して氷が作れるように特訓してもらい。

 容器も使い捨てが出来るように大きな葉をカップの様にして使うと見せに来た。


「本当にこれ貰って良いの。トウリ」

「俺の世界ではお店を開くときに開店祝いと言うお祝いを渡すんだよ」

「ありがとう、トウリさん」


 ティムとアリカが嬉しそうに着ているのはミニ丈の浴衣もどきだ。

 もどきと言うのは洋裁の経験はあるけど和裁はあまり分からないからで。

 和裁は基本手縫いで洋裁よりはるかにシンプルな作りになっているので洋裁にアレンジしてみた。

 こちらの世界とは生地も微妙に違っていたけれど涼しそうな布を選んで染色も浴衣ぽく特別に頼んで。

 帯はオーガンジーの様な薄い布が沢山あったので迷わずに済んだ。


「これはリーナの分な」

「ありがとう。私まで良いの?」

「構わないさ。お世話になっているからね」


 カラフルに色が塗られた露店にはタジンさんやタザンさんに知った顔が集まっていた。

 ティナとアリカがみんなに振舞うと誰もが目を真ん丸にして驚いている。

 この街の露店の食べ物と言えば小腹がすいた時に食べるらしく芋を焼いたものやケバブみたいな肉料理が多いからだろう。


「なぁ、リーナ。ティム達の露店って」

「大盛況に決まっているでしょ。うちの看板娘がやっているんだ。おかげで店も忙しいし」

 

 どうやら最近忙しいのはティム達が夜は店に来てねと宣伝しているのだろう。

 盛況なら良い事だけどあんまり忙しいのもな。


「誰のお陰だと思っているのかな」

「はぁ~ 仕事がある事は良い事だ」

「マナー違反だと言った私が聞くのもなんだけど。トウリって向こうの世界では何をしていたんだ?」


 リーナが聞きたいのは本職が何だったかだろう。

 父親は俺が生まれてすぐに死んでしまい母親の負担にならないようにと自分で出来る事は何でもやった。

 それ故の家事スキルが高い証拠だろう。

 そして母も俺が中学の時に体調崩しあっという間だった。

 駆け落ちして結婚したために親戚とは疎遠だったが母方の祖父母が高校卒業まで面倒を見てくれて社会人になり一人暮らしを始め。

 そんな祖父母も今はもういない。


「アパレルと言えば良いかな。服をデザインする仕事だよ」

「それで何でも出来るのだな。クロにも何か作ってあげないと。拗ねていたぞ」


 何となく感じていたがクロに浴衣と言うのもないと思っているのも確かだし。

 保留中と答えておく。


「そう言えばトウリは噂を聞いたか」

「オークやリザードマンが不穏な動きをしているって話か。ジンに頼んで蹴散らせておいたけど」

「ふっ。忘れていたよ。国家転覆すら出来る男がここに居ることを」


 普通過ぎるからいけないと言われるが普通が一番だろう。

 上昇志向なんて微塵も持ち合わせてないのだから。

 時々、街外れでジンと情報交換していたために今回は先手を打つことが出来た。

 オークやリザードマンが不穏な動きをしていたのはキマイラが出たかららしいと話すと、絶対にクロにその話をするなと真剣な顔で言われた。

 何でもキマイラと言うのは様々な魔物を魔王が気まぐれで混ぜ合わせた魔物らしい。

 シェフの気まぐれサラダやお薦めじゃなんだぞ。

 魔王がらみなら言わないに越したことはないだろう。


「ここにも普通の美人給仕がいるのを忘れていたよ」

「殴るぞ」

「何で殴ってから言うかな」


 リーナにお金の保管はどうしているのか聞いたら痛い子でも見るような顔をしてギルドに行けと言われてしまった。

 どうやらギルドは銀行の様な役割もはたしていてステータスカードで出し入れ出来るそうだ。

 何でクロは教えてくれないのだろう。

 ギルドは街の管理もしているので考えれば分かる事かも。


「アリーナさん。お願いします」


 ステータスカードを出すとアリーナさんが何で時々顔を出さないのなんてぶつぶつ言っている。

 冒険者でもない限りギルドにはあまり用事がないと思うが口に出さない。


「な、なんですかこれ?」

「別の町からもうわさを聞きつけて買いに来ているらしいわよ。洗濯機」

「忘れていました」


 結構な金額になっていたけれど別の噂話が気になって仕方がない。

 ホールでパーティーや冒険者達から聞こえてくる話で。

 ケルベロスやナーガだのミノタウロスなんて物騒な魔物の名前が出ているし落ち着きがないというか。


「なんでも近隣で魔物が出没しているらしくてね。それが目撃者の見たものが違うから詮索しているみたい」


 怖い怖いと言ったらトウリさんが何を言うかなと笑われてしまった。

 一般人になんて事を言うかな。怖いのは別のところにある。

 時間の問題でクロの耳にも届いた時の方が怖い。何故なら止められない気がするから。

 俺の心配をよそに時間の問題だった。

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