第8話 かき氷とミシン

 年中温暖な地方だけど季節が無い訳ではないらしい。


「暑いな。夏かよ」


 キッチンで賄いを作り始める。

 今まではティム・アリカ・リーナの持ち回りで作っていたらしいが飽きてきたと言われ担当になってしまった。

 何でも異国料理の研究と言う名目らしい。

 基本、煮込み料理か焼くだけ揚げるだけが基本でレパートリーが少ないとか。

 パンケーキを焼いてからポーチドエッグを作る。

 重曹もどきがあるのでパンケーキも作れるし色々と応用が利きそうだ。

 ポーチドエッグは網を使って水っぽい白身を軽く切り80度のお湯にそっと入れる。

 お湯の温度が肝で鍋の周りが沸々とするくらいだろうか。

 卵黄にレモンもどきの汁と胡椒に似た香辛料を混ぜて湯煎に掛けながら混ぜ続けながらとかしてバターを加えていく。

 コツとしては固まらないように手を休めない事だろう。

 パンケーキの上に焼いたベーコン・ポーチドエッグの順番で載せてオランデーズソースをたっぷり乗せてサラダを付け合わせにする。


「賄い出来たぞ。クロ!」

「おはよう」


 料理し始めて驚いたことは冷蔵庫があることだ。

 上部に氷を入れて冷やすタイプらしいが底に古式魔法の魔法陣が書かれていて氷が長持ちするらしい。

 火をつける程度の魔法しか使えない俺には理解の範疇は超えているし理解しようとも思わない。

 それに水系の魔法を使えば空気中の水分で簡単に氷が作れるらしい。

 本当に便利なのだか不便なのだか分からない世界だ。


「今日はトウリを連れて出るから任せたぞ」

「ん? どこに行くんだ」

「行けば分かる」


 リーナ達が賄いを食べながらクスクスと笑っている。

 出掛けようとするとデートだの茶化されるがスルー。



 クロが連れて来た先は領主のフラウさんの屋敷だった。

 怖いメイドさんがいるから苦手なのだがクロとは仲が良いのかもしれない。


「あらあら。いらっしゃい」

「ご無沙汰しています。フラウさん」

「あなたも元気そうで何よりよ。それにお店の方も順調そうだし」


 正式にお店のスタッフになり新しいメニューも提供し始めてクロが言うには売り上げは上がっているらしい。

 スタッフが増えたのだから売り上げが増えないと困るのだが。

 大き目の餃子の皮に餡をくるくると巻いて焼くものやピザもどきなど、スタッフが試食して好評なものばかりだ。

 今も色々と客が喜びそうなものを考えている。

 しかし、世間話をする為に呼び出した訳じゃないはずだ。


「あなたはサーシャとトウリさんは私といらっしゃい」

「分かりました」


 クロとサーシャさんが先に出ていきフラウさんの後をゆっくりついて行く。

 外に出ると馬事雑言を言い合いながらクロとサーシャさんがバトルしている。


「喧嘩するほど仲が良いと言うじゃない」

「そうですね」


 あれを喧嘩と言い切っていしまうフラウさんが凄いのか。

 凡人には果し合いにしか見えないのは気のせいじゃないはずだが怖いからスルー。



 フラウさんに屋敷の裏手に連れて来られると屋敷の半分ほどの建物があった。


「物置みたいなものよ」

「…………」


 中に入ると物置と言うよりミュージアムみたいだった。


「これってもしかして」

「察しが良いのね。この世界に飛ばされてくるのはヒューマンだけじゃないの。見たこともない生き物や物が来ることがある。でも生き物は駄目ね」

「環境が違いすぎますからね」


 何かのアクシデントで人間が異世界に飛ばされるのなら。

 ここにあるものは天災にでも遭って飛ばされてきたのだろうか?


「本来は中央政府の許可がいるのだけどもあなたなら何かに役立ててくれそうだし。自由に持ち出して良いわよ」

「それではフラウさんが」

「ありがとう。心配してくれるのね。安心して、こんな辺境な街に政府の役人なんか滅多に来ないし。そんな物知らないで通せば問題ないものよ」


 アバウトなのだか、したたかなのだか。

 牙狼族の長老に言わせれば食えないご婦人なのだろう。

 とりあえず見せてもらう事にした。

 地球規模の様々な時代のものがあり中には博物館入り確実なものもある。

 電化製品は使えないし、壊れていて直す事が困難な物ばかりで。


「この二つが使えそうなので。本当に良いのですか?」

「それだけで良いのかしら。あなたがこの街に齎したものに比べれば」


 洗濯機は売れ行き好調で生産が間に合わないとタザンさんが嬉しそうに言っていたし。

 暇つぶしの露天風呂が今では公衆浴場計画まで出来てしまっている。

 露天風呂が出来上がって打ち上げをしているときに何げなく口にしてしまったのがきっかけだ。

 街の一角にお湯しか出ない古井戸があるらしくみんなが入れる風呂があったら楽しいのにと言っただけなのに。

 タジンさんがとタザンさんが領主のフラウさんに掛け合って既に建設が始まっている。

 今回も言い出したのは俺なので大まかな設計図は考えたけど。

 どこの世界でも異国の道具や料理はどれも目新しく感じるのだろう。

 まして、異世界の技術は脅威に違いないけど魔法が存在する方が異世界の俺には脅威でしかないので深く考えないようにしていた。


「戸惑っているのはあなた自身かもしれないけれど。不思議な力には注意しなさい」

「忠告、ありがとうございます」

「それじゃ、後でお店の方に届けさせます。また、いつでもいらっしゃい」


 表に回るとクロとサーシャさんが肩で息をしていた。

 触らぬ神に祟りなし。



 翌日の朝にはフラウさんからの荷物が届いた。

 片方は構造が簡単なので綺麗に洗うと動くことが分かったがもう片方は動作確認してから選んだけれど足りないパーツを考えないといけない。

 後で街に出て探してみよう。


「トウリさん、これは何ですか?」

「冷たくて甘くて美味しい物を作る機械だよ」


 カウンターに置いてある物を見てアリカが興味を示してきた。


「リーナ、悪いんだけど氷を作ってほしい。これくらいの大きさで」

「このくらいで良いの?」

「良い感じの大きさだ」


 リーナは元々冒険者だったらしく色々なスキルを身に着けていてこの店の氷はリーナが作っている。

 その氷も純度が高くとても綺麗だ。

 氷をセットして下に器を置いてハンドルを回すと氷が薄く削れかき氷の山が出来上がっていく。

 本来ならシロップだが店には無いので果実酒を掛けてみた。


「ん~ 冷たくて甘くて美味しい!」

「初めての感覚だけど暑い時期に良さそう」


 夏の定番スイーツと言えばこれでしょ。

 洗濯を終えて戻ってきたティムも加わり3人が頭を押さえている。

 アイスクリーム頭痛に襲われたな。


「何を騒いでいるんだ」

「あっ、クロさん。これトウリさんが作ったんです。美味しいですよ」

「ん、確かに美味いが店では出せないな。露店なら……ティムとアリカでやってみたらどうだ」


 店の方は大丈夫かと聞くとリーナは外せないが俺が加わったから大丈夫だろうと。

 確かに露店なら夜は店に出られるだろう。


「ティム、ギルドに行って露店の許可を取って来い。トウリは分かっているよな」

「タザンさんの工房に行って露店を頼んでくる」


 街に繰り出しタザンさんの工房に行くと今度は何をするのだと言われた。

 ティナ達が露店を出すんでと言っただけで胸を叩いて任せておけらしい。

 革製品を扱う店を聞いて工房を出る。


 工房から戻るなりクロにお小言を食らってしまった。


「トウリ、あれを何とかしろ、邪魔だ」

「ん、動くようになったのに針が無いんだよね」

「何をする機械なんだ」

「服を縫う機械だよ」


 フラウさんのミュージアムみたいな物置を見たときに探したが肝心の針などを見つけられずタジンさんに相談しようと思っていた。

 するとクロが持ち手の付いた木箱を持って部屋から出て来た。


「これって裁縫箱じゃないか」

「フラウの婆さんが女の子なら必要だろうと渡されたのだが。どうにも苦手でしまい込んでいたんだ」


 宝箱でも抱えるように部屋に戻って、廊下に放置してあった足踏みミシンを部屋に引き込むとクロが怪訝そうな顔をしていた。


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