第7話 露天風呂
翌日、裏庭で作業しているとタザンさんとタジンさんの兄弟が現れた。
それも何故だかソワソワしている。
「おはようございます」
「おはようさん。昨日はギルドで何をやらかしたんだ」
「嫌だな。もう知っているんですか」
あれだけの騒ぎを起こせば仕方がないのかもしれない。
「で、出来たぜ。トウリの旦那。何とか洗濯機」
「なんか改良されている」
上の板には歯車が組み込まれてタザンさんが取っ手を回すだけで中の回転盤が左右に反転しながら回転している。
あまり機械に詳しくないので原理は分からない、取っ手の回転より回転盤が早く回っているのも歯車のおかげなのだろう。
そこにちょうど良くティムが洗濯籠を抱えて現れた。
「トウリは街の人ににあまり迷惑をかけないようにね。今度は何の悪巧みかな」
「ティナちゃん。そんな事を言ってないでこれを使ってみてよ」
「タジンさんまで変な冗談はやめてください。お店じゃないんだから」
疑って掛かっているティナがタザンさんに教えられながら洗濯をし始めて驚きの声を上げていて。
タザンさんも嬉しそうにしている。
「なぁ、トウリさんよ。今度は何をしようとしていたんだ。教えてくれよ」
「お風呂でも造ろうかと」
「それってどんなんだ」
この国は年中温暖でシャワーしかないとクロが言っていて。
その本人が暴れて湧き出した水を触るとお湯だったので露天風呂でも出来ないかなと。
日本人だからなのかシャワーだけでは物足りないと思っていた時に渡りに船的な発想だった。
思い付きだけで技術が伴わなければ完成にはたどり着けない訳で。
洗濯機はイメージで何とかなったけれど流石に露天風呂は手に負えないと思ったけれど何とか自分だけでと考えていた。
地面に枝で簡単な絵を書きながら説明する。
陥没している底を平らにして水平を取りながら石材を敷き詰めて周りにも石材を隙間なく詰め木管で温水を引き込めばかけ流しの温泉が出来るのじゃないかと。
シロート考えだけど綺麗な平面に切断された石材なら出来るような気がしていた。
説明を聞いていたタジンさんが顎髭を触りながら考え事をしている。
「トウリの旦那。好評だぜ、あれ」
「凄い、トウリが考えたんだって」
「そうだ、タザンさん幾ら払えば良いかな」
「街を救った英雄から金なんか取ったら罰が当たるってもんだ。で、トウリの旦那。物は相談なのだがあれを量産して売りたいのだが」
快く了承した。
思いついたのは俺かもしれないけどここまで出来ると思わなかったし完成したのはタザンさんとタジンさんに依るところが大きい。
売れる自信があるらしく代金は要らないと言い出し売り上げの一部をなんて言っている。
結局、ギルドに行って契約する羽目になってしまった。
昨日の今日でギルドには行きづらいのに。
タザンさんとタジンさんは話がまとまり拳を突き合わせて腕を組んで踊りだしている
「タザン、母ちゃん達と人手を数人で良いから集めて来い」
「兄貴、今度は何をするんだ?」
「トウリが面白そうな話をしている。今日は店じまいだ」
話を大きくしたくなかったのにお祭り騒ぎになりそうだ。
タジンさんの指示でタザンさんが直ぐに人手を集めてきてプランニングしている。
急に呼び出された二人の奥さんも楽しそうだ。
俺も息抜きしろと言われているのでお祭り騒ぎに参加しよう。
「首謀者はトウリでしょ」とティナが呆れ顔で洗濯物を干していた。
タジンさんとタザンさんの弟子達が小間使いの様に走り回っている。
大きな木桶で何かを練りだしたので覗いてみることにした。
「これって何ですか? セメントと言うかモルタルみたいだけど」
「これはキッチンなんかで使うレンガをつなぐ物だよ。水回りに使うならこれが一番だよな。兄貴」
どうやらモルタルのようだ。
確かローマ時代にもセメントがあってとても強固だと言う話を聞いたことはあるし。
ローマにはもっと大きな建造物や風呂があったはずだ。
餅屋は餅屋と言う事なのだろう。
弟子が丸太に角材が二本付けられた物で地面を突き固めようとしていると『お嬢が開けた穴だぞ。そんなもの、要るか?』とタジンさんが言っている。
確かにタジンさんの言う通りでクロの秘めたる力が怖い。
「もう少し集めた方が良いかな」
「タジンさん、どうしたんですか?」
「いや、母ちゃん達の腕っぷしは折り紙付きなんだがどうにも少し遠すぎる」
風呂の予定地と石材が山積みになっている場所が離れているという事だろう。
力仕事が出来そうな奴を一匹忘れていた。
逃げ出さないで下さいねと頼んだのに何故か嬉しそうにしている。
声を掛けてからギンを呼ぶと嵐牙族の姿になって走ってきたのにやんややんやの大騒ぎになっている。
「旦那、ギルドでの大騒ぎってこいつの事ですね」
「まぁ、ちょっと」
「いや、泡吹いた冒険者どもをこの目で見たかったよな。タザン」
タザンさんが嬉しそうに親指を立てている。
どうやら冒険者をあまり良く思っていないようだ。
全部とは言わないが中には横暴な輩もいるのだろう。
二人の奥さんや弟子達は少し離れてみていたが怖くないと思うとギンに近寄って撫でている。
また噂話が出来てしまったようだ。
板に縄を取り付けた簡易的なそりに石材を載せて嬉しそうにこちらに向かって走ってくる
タジンさんが溝の掘られていて使いこまれたような角材を持っていたので見せてもらうと溝には水が入っていてまさに水平器そのものだった。
杭を打って糸を張っているのをみて感心してしまう。
弟子たちが石材をギンのそりに乗せてタザンさんが源泉の場所に大きな桶を作りつけていて奥さんは材木を加工して水路を作っているようだ。
「トウリさん。昼ご飯を持ってきたよ」
リーナとアリカが大きな木製のボールを幾つも運んできてくれてランチになった。
「トウリは何を企てているの」
「あのさ、何でみんなして俺を悪者にしたいわけ」
「誰だったけ、一人で牙狼族の中に飛び込んで行ったの。余程の強者か馬鹿のどちらかでしょ」
まぁ、冒険者でもなく上位種族でもないヒューマンなら餌食になって当然なのだろう。
あの時は被害を最小限にとどめる事しか考えていなかったのも確かだし。
馬鹿と言われても仕方がない。
クロはどうしているか気になって聞いてみたら気持ち悪いくらい機嫌が良いらしい。
腹も満たされもう一仕事と言うところか。
俺は力仕事もあまり出来ないので現場監督の様なものだけど。
日が傾くころには立派な露天風呂が出来上がりタザンさんと奥さんが余った板材で通りから見えないように目隠しを作ってくれた。
数日乾かしてからお湯を張るのかと思ったら既にお湯が張られ排水もきちんと出来上がっていた。
理屈は分からないが入っても大丈夫だろうとタジンさんが言っている。
出来上がったのなら入らずにはいられない。
この世界の倫理観念は分からないがとりあえず先に男連中で温泉気分を味わう。
「こりゃたまらん。出てからのエールは美味いだろうな」
「で、兄貴」
「当然、お嬢の店で打ち上げだ」
労働の後に風呂で汗を流してキンキンのビールは王道だ。
クロの店で盛大に酒盛りが始まり。
タジンさんとタザンさんに奥さんや弟子たちも楽しそうに飲んでいる。
店も終わりティム達も仕事が終わってから風呂に入り騒いでいた。
酔いも醒めて来たのでクロからランプを借りて露天風呂に浸かりながら異世界の星空を眺めている。
チーフに怪我はなかったのだろうか。
会社なんて一人が抜けても回っていくものだし年間の行方不明者は8万人で、死亡者数は年間130万人もいる。
これが日本国内だけの統計だから驚きだし俺もその一人なのだろう。
あっちの世界では毎日同じような繰り返しで日々を過ごしてきた。
それはそれで楽しくなかったかと言えばまんざらでもなかったけど充実していたかと聞かれれば首を傾げるしかない。
そんな事を考えていると背後から足音が聞こえる。
知らない奴ならいつもそばに居るギンが反応をするだろう。
どの世界でも死は常にすぐ隣にあるのに俺が居た世界ではとても希薄だった気がするし。
一度死んだからからかもしれないが生きている実感はこの世界の方が濃厚だ。
「トウリ、一緒に良いか?」
「ク、クロが構わなければ問題ないんじゃないか」
水音が少し離れたところから聞こえ髪の毛をアップにしたクロの顔がランプの明かりに照らされて艶やかに感じ。
クロには問題はないが俺には問題が大有りらしい。
「これからどうするつもりだ」
考えていたことを直撃されしばらく言葉が出てこない。
見も知らずの俺を受け入れてくれたのに心配や迷惑ばかりかけているがこの街の人はみんな優しい。
甘えているつもりはないが居心地が良いのは確かだ。
「クロのおかげで依頼も増えて収入も増えて来たけどまだ安定しないから出来ればきちんと働きたいと思う」
「何でも出来るスタッフを募集している店があるがどうだ?」
「応募だけしてみるか」
クロが急接近して引き剥がすのに苦労する。
服を着ている時でさて大変なのに裸で抱き着こうとするなんてどんなテロだよ。
俺の貞操が危ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます