第6話 洗濯機と報告

 ギンを連れて街に入るとざわつき出して事の大きさに気付いたが後の祭りだった。

 前方から黒いモノが物凄い勢いで急接近している。

 それはどす黒いオーラを放っているクロ本人で街の人達が顔を引き攣らせている始末だ。


「ただいま。それとゴメン」


 殴られる覚悟でいたのにクロに抱き着かれてしまう。

 感動の対面かそれとも一方的な喧嘩か街の人が息を呑んでいるがどちらでもなく。

 俺から離れたクロが俯いたまま手を差し出したので手をつないでみる。


「痛い! 痛いよ。クロ」

「ばか」


 何か聞こえた気がするが聞こえなかったことにしよう。

 クロに手を引かれ久しぶりに店に戻るとティムとアリカが幽霊でも見たかの様に怯えていて。

 リーナが何故か胸を撫で下ろしている。



 数日はゆっくりしろとクロに言われたが暇でしょうがない。

 店の手伝いをしようとするとリーナに怒られ仕方がないので洗濯をしているティムに

 話し相手になってもらおうと裏庭に出てきた。


「本当にトウリが居ないあいだ大変だったから」

「俺がいなくても問題ないだろ」

「それじゃ、あれを見てもそう思う」


 裏庭には池のような窪地が出来ていてその先には石材と木材の山が出来上がっている。

 少し先にあったはずの森と岩山が荒れ地寸前になり水が噴き出していた。

 リーナが胸を撫で下ろした意味が分かる気がする。


「クロは別館でも作る気じゃないのか」

「トウリ、マジで殴って良い」

「クロに殴られる覚悟で帰ってきたのに殴られる代わりに抱き着かれたからティムの一発くらいなら」


 そこまで言ってティムを見ると泡だらけになって腹を抱えて笑い転げていた。

 無性に腹が立つが『女を殴るのは屑で 女に殴られるのは愚図だ』と爺ちゃんに教えられたので放置。


 思いついたことがあるが自分では無理そうなのでギンと共に街に向かいタジンさんの鍛冶屋に向かう。


「それなら。この先で弟が木工をしているから聞いてみな」

「ありがとうございます」

「良いってことよ」


 タジンさんが妙に機嫌が良いのが気になるが鍛冶屋を後にした。

 すぐに工房があったので中に入ると木の香りが鼻をくすぐる。


「すいません。タジンさんの紹介で来たのですけど」

「おお、もしかして兄貴が話していたトウリの旦那って」

「俺のことだと思います」


 工房の中に木製品と呼べるものなら全てがありそうで酒樽まであるので話が早そうだ。

 タジンさんの弟のタザンさんは双子かなと思うくらいよく似ている。

 ドワーフってみんな同じ顔なのかと思ったら俺たちだけだと笑われてしまった。

 話だけと思っていたのにタザンさんが面白がって作り始めてしまう。

 酒樽を立てて底になる板の中心にくぼみを掘り。

 蓋より少し小さい円形の板には中心から四方に向かって角材を付けてもらい真ん中に棒材を少し突き出るくらいにしてもらう。


「で、これを樽の真ん中に差し込んで上の部分に穴を開けた板材で固定して回せるように取っ手を付けると」

「下と上から手のひら一つ分のところに穴を開けて軽く栓を付けてください」

「こんな感じか」

「もう一つの方には芯棒の周りに筒状の籠みたいのを付けたいんですけど」


 しばらく考えていたタザンさんは竹材のような物で要望通りの物を作り上げてしまった。

 見事な職人芸としか言えない。


「で、こっちには何処に穴を開けるんだ」

「それは下に穴だけで栓はしなくていいです」

「で、トウリの旦那。こりゃなんだ?」

「手動樽型洗濯機かな」


 タザンさんが首を傾げて唸っている。

 試運転もしてみたいので工房の裏手にあると言われた洗濯場に運ぶ。

 最初の樽に水を張り洗剤を借りてタザンさんの作業着を入れて取っ手を回すと良い感じに水流が渦巻いている。

 時々、逆回転させてしばらくしたらもう一つの樽に取り付けた籠に洗濯物を移して取っ手を回転させるとちゃんと脱水出来ているようだ。

 最初の樽に再び水を張り上の栓を抜いたままで回転させ時々水を足す。

 最後に脱水して完了だ。

 水の抵抗があるので回すのに力がいるけど手洗いよりましだろう。

 何事かと覗きに来ていたタザンさんの奥さんが洗濯物のチェックをしている。


「へぇ、見事なものだ。綺麗じゃないか。あんた」

「ん~ トウリの旦那。ちょっとこれ明日まで良いかい。兄貴と相談してみたいことがあるんだ」


 快諾すると明日には店の方に運んでくれるらしい。

 タザンさんの工房を出てギルドに顔を出していないのを思い出して歩き出すと外で待っていたギンが尻尾を振りながらついてきた。



 ギルドに入ると俺の姿を見つけたアリーナさんが大きく息をついていた。


「トウリさんは何でいの一番に報告に来ていただけないのですか? まぁ、トウリさんが無事ならそれで良いのですが」

「ちょっと色々あってさ。すんません」

「それとその子ってもしかして牙狼族の」


 手招きして小声になり訳ありで牙狼族の族長と友達になったと話すとアリーナさんの顔から血の気が引いて奥に飛んで行ってしまい。

 しばらくすると白髪で小太りのギルドのトップが現れ応接室のような個室に連れ込まれてしまった。


「前代未聞です。順を追って話してください」


 クロには怒られなかったのに何で周りから怒られるのだろう。

 それもみんな違う理由で。

 ギンを膝の上にのせてありのままを話しても二人は首を捻っている。


「これが友の証として族長から頂いた長老の魔石で。現族長の名はジンです」

「なんでネームドになっているのですか?」

「俺が名付けたから?」


 アリーナさんもギルド長も放心状態になっていて。

 魔石はどう見ても本物にしか見えないしやら本部にどう報告したらなんて呟いている。


「何か問題でもあるんですか?」

「大有りです。風の守護を受けている牙狼族の長老は簡単に言えば牙狼族の頂点に居る存在です。自由に風を操ることが出来て竜巻も彼らの仕業だと」


 牙狼族の族長の友達でその上に長老の魔石を持つということは意志を継いでいるとみなされて各国の牙狼族のトップの証らしい。


「ギルド長、この話は無かった事にしましょう」

「こんな大事件を揉み潰したのがバレたら」

「バレなければ良いんです」

「仕方がない。墓場まで持って行くよ。事後処理は頼むよ」


 部屋を出ていく小太りのギルド長の背中がやけに小さく見える。

 訳が分からないけれど心の中で合掌。

 アリーナさんに領主のフウラさんには報告するけどクロ以外には他言無用と念を押されてしまう。

 分からないことはその場で解決しておく。これ新人の基本。


「何でですか?」

「もう、仕事を投げ出してお酒を煽りたい気分です。他に言い忘れた事はないでしょうね」

「あっ、あいつ進化していた」


 いつも温和なアリーナさんに胸倉を捕まれるのじゃないかと言う勢いでテーブルに手をついて身を乗り出していて。

 俺の目の前にアリーナさんの顔があり視線を少し落とすとたわわな膨らみが。

 疑問に対しての答えはこうだった。

 牙狼族が進化すると嵐牙族になるらしい。そして今まで嵐牙族に進化した牙狼族は未だに報告されておらず。

 それ故に嵐牙族の秘めたる力は誰にも知られていないと。


「そもそも良いですか。魔族の進化系はレア中のレアなんです」

「それじゃ俺の一声で下手すれば全国制覇も」

「可能じゃないからギルド長が慌てふためいて泣きそうになっているのじゃないですか」


 魔族の進化は稀にしか生まれない事を初めて知ったけど手遅れかな。

 ギルドのホールでやっと解放された。


「アリーナさん。力仕事をできる奴が数人欲しいのだけど相場って」

「街が守られた今回の件があるからそれくらいは数日待ってくれればサービスします。牙狼族も子どもの頃は子犬みたいなのね」

「今は俺の命令で子犬のような姿だけどこいつも既に進化しているのを言い忘れてた」

「へぇ?」


 ギンが低く吠えて嵐牙族の姿になるとアリーナさんが腰を抜かしてしまい。

 周りにいた冒険者やそのパーティーは気絶するものや失禁して泡を吹いている者もいて。


「トウリさんの馬鹿!」


 ギルドのホールに響き渡るアリーナさんの怒鳴り声と共に俺とギンは逃げ出した。

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