第5話 ギン

「どうしましょう」

「どうしましょうも糞もないだろう。最悪の事態だよ」


野次馬の話ではベテランのパーティーでも油断すると食い殺される魔物の子どもを駆け出しのパーティーが何も知らずに意気揚々と見世物にする為に瀕死の状態で街に連れ帰って来たらしい。


「そいつらに責任を取らせたら良いじゃないか」

「あんな馬鹿達にそんな事出来る訳がないだろう」


クロが指さす方を見ると多大な損失を出した新入社員のように青ざめた顔で放心状態になっている。


「それにですよ。このままじゃ今夜にでも牙狼族にこの街は襲撃されてしまう可能性が濃厚なんです」

「あいつらは単独なら何とかなるが常に集団行動をとっているから」

「それじゃ被害を最小限にするしかないだろ」


俺の言葉にクロもアリーナさんも呆気に取られている。

クレーム対応やアフターフォローは迅速に営業の基本だ。

連れて来てしまった魔物の子どもは一抱え程の檻に入れられ俺が近づくと体を震わせながら威嚇してきた。

どんなに小さくても気高い狼の魔物らしい。

さらに近づいてしゃがもうとするとクロに肩を掴まれた。


「大丈夫だよ。もし俺が怪我をしたらクロが何とかしてくれるんだろ」

「当たり前だ。私はお前の。好きにしろ」


煮え切らないクロを放置してしゃがんで檻の前にゆっくりと手を差し出す。

固唾を飲み込んで見ている野次馬の視線を感じる。


「大丈夫、何もしない。大丈夫だから」


目を離さずにさらに手のひらを差し出すと寄ってきて臭いを嗅ぎひと舐めして力尽きて荒い息をしている。

急いで檻を開けて抱きかかえるようにして傷を確かめるが傷が多過ぎてこのままでは息絶えてしまうだろう。

死ぬなと心から思った瞬間に抱きかかえていた狼の子が光った気がする。

「動いたぞ」一人の声で蜘蛛の子を散らすように野次馬が逃げ出し。

狼の子は俺の顔を舐めていた。


「やめろ。こら、やめろって。ステイ」


子犬を躾けるように手を翳して立ち上がるとお座りをして俺を見上げている。

とりあえずもう大丈夫だろう。


「トウリさん。何をしたのですか?」

「ヒーリング? かな?」

「で、トウリはこれからどうする気だ」

「この子を仲間のもとに返す」


アリーナさんは腰を抜かしクロは顔に手を当てて肩を落としている。



日はとっくに暮れて街外れの開けた場所に来ている。

俺の横にはクロが。

そして足元にはあの子が座って。

視線の先には無数の青い目が光っていてその中の一つがゆっくりとこちらに向かってくる。

その姿は気高き狼そのものだった。


「行け。帰るんだ」


俺の言葉に小さな体が駆け出し振り返りながら森に消えていった。


「我は風の守護を受けている一族だ。貴様は何者だ。魔導士には見えないが」

「ただのヒューマンだよ」

「我の目を欺く気か!」


襲い掛かってきた狼に押し倒されマウントポジションを取られ身動きが取れない。

クロは瞬時に後ろに下がり光る刃が見える。


「クロ、引いてくれ」

「それじゃ」

「いいから。引け!」


強い口調で言い放つと歯を食いしばるようにしてクロが刀を納めている。

生暖かい息をのど元に感じたが体から力を抜いた。


「好きにしろ。だが街を襲うな」

「罪滅ぼしのつもりか」

「死に急ぎたくはないが。任せるよ」

「おかしな奴だ。興味が沸いた。ついて来い」


マウントポジションを解かれたので起き上がるとクロが不安そうな顔をしている。


「ちょっと、行ってくる。心配するな」


クロに声を掛けるが今にも泣きだしそうだ。

帰ってくると言ってやりたいが正直帰れる気がしないのが本音かな。

これで街が襲われないのならそれで良い。


連れて来られたのは岩山の洞窟だった。

気が付いたら目の前に洞窟があったので連れて来られたかさえ不確かだ。

彼らの何らかのスキルかもしれない。

洞窟の奥には年老いた狼が横たわっていて。


「長老、連れて戻りました」

「して、その者は人間ではないか」

「この者は不思議な力を持っているらしく。息子の傷を癒したようで」

「なんと、連れて参れ」


呼ばれた子犬のようなあいつが尻尾を振りながら戻ってきて体を震わせると父親の体より一回り大きくなってユニコーンのような角を生やしていた。


「主は人間か?」

「多分……」


ていうか俺の所為なの? 俺は傷を治しただけだけど。

長老に愉快な奴じゃと言われたが全くうれしくないし、自分が人間なのかさえ分からなく不安になってくる。

俺を連れて来た牙狼族は長老を治癒させようと思っていたらしい。

しかし、長老に天命を待つと言われれば従うしかないのだろう。


「息子もまだまだじゃの。親を頼るとは」

「子どもはいつまでも子どもなのだろ。親からしてみれば。親孝行したい時に親なしか」

「先立たれるほど不幸なものはないがな」


俺の親が生きていたら取り乱すどころじゃなかったのかもしれないな。


「そうじゃ。フラウの婆は息災か」

「元気だったよって。あのご婦人の歳って」

「百はとうに超えているはずじゃ」


そうだよね、クロがヒューマンは希少種だと言っていたからね。

魔族の平均寿命は人間と比べ物にならないらしい。


長老と他愛無い話をしながら数日が過ぎると長老の様態が徐々に悪くなっていき起きている時間が短くなっていた。

洞窟の外が騒がしく表に出ると長老の息子が怪我をして帰って来たらしい。


「こんな時にお前が怪我をしてどうするんだよ」

「すまん。行商人の馬車を襲ったら返り討ちにあってしまい」


後ろ足を矢で射られた息子が項垂れている。

薬でも奪おうとしたのだろう。

親は子を思い子は親を慕いか……

足を貫いている矢をどうしようかと思っていたが咥えて無理に抜こうとしたので思いっきり頭を叩いた。

毒矢だったどうする気だ。

仕方なくマッチみたいにしか点かない指先の火で何とか焼き切りゆっくりと引き抜く。

一本くらいの矢だったら俺にも折れるかもしれないが傷口に破片が入る可能性があるので避けたかった。

再び怪我を治せるか分からなかったがあの子の怪我を治した時のように手のひらが光りだし治すことが出来たようだ。


「もう大丈夫だ。治ったぞ」

「重ね重ねすまん」

「次期族長はしゃんとしろ!」


気合を入れてやろうと尻を叩くと長老の息子の体が一回り大きくなり立派な角まで。

どうなっているんだ。


「貴様、本当にヒューマンなのか?」

「言わないでくれ。足元の大事なものが根底から崩れそうだから」


その晩、立派に進化した息子の姿を見た長老は静かに息を引き取った。

洞窟の近くにある彼らの言う祭壇で長老を荼毘に付す。

炎から立ち上る煙がまるで綺麗な満月に吸い込まれていくようで。

遠吠えが山の彼方に吸い込まれていく。

長老を見送り終える頃には夜が明け始め朝日に照らされて澄んだ青い魔石が光っていた。


「んじゃ、そろそろ帰るぞ」

「そうか、そうだな。なんと言えばいいか。すまん」

「謝られるような事はしてないよ」

「これはお前に持っていて欲しい。それとこんな事を言える義理ではないのだが頼みがあるのだが」


長老の息子が俺の前に差し出したのは長老の魔石だった。

少し悩んだが彼なりの感謝の気持ちなのだろうと思い受け取ることにした。

あまりにも気まずそうなので急かすと息子を街に連れていき面倒を見てくれないかと言う事だった。

牙狼族の子どもは成長と共に言葉を覚えていくらしいが彼の息子は急成長してしまったために言葉を話せないという。

街に居れば言葉を覚えられるだろうし他にも意図があるような気がするがスルー。

急成長してしまった責任は俺にもあるので引き受けるしかなさそうだ。


「もし、もしもだ。友だと思ってくれるのなら」

「分かった。俺の名はトウリ・オルコット。牙狼族の長にはジンの名を、その息子にはギンの名を授ける。これでいいかジン」


千切れるかと思うくらい尻尾を振り天に向かってジンが遠吠えをした。

街の入り口まできて急成長したギンをどうするか考えて小さくなれるか声を掛けるといとも簡単にギンの体は子犬のようになった。


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