第4話 仕事

「トウリ、付き合え」

「え、は、はい」


クロについて行った先はギルドで、俺の姿を見つけたアリーナさんがなぜだか胸をなでおろしている。

どうやらクロが勝手に依頼をギルドに出していたらしい。


「ほとんどがうちの店に来た客達からだ」

「新しく生活を始めるには物入りだから。ありがとう」

「まぁ、がんばれ」


何故だかクロが寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。

仕事を持ってきてくれたクロの顔に泥を塗るわけにはいかないので出来る限りのことはしよう。

綺麗になった店を見てうちも頼むよと冗談交じりに言っていたから片付けや掃除がメインなのだろう。


最初は鍛冶屋のタジンさんの店だ。

鍛冶屋では剣などの武器も作るが刃物・工具・農具全般に作っているらしい。

石造りのタジンさんの店のドアを開けるとがっしりとした体格のタジンさんが出迎えてくれた。


「こんにちは」

「おお、来た来た。母ちゃん、トウリさんが来たぞ」


タジンさんの奥さんが奥から手招きしているので遠慮なく住まいの方に伺う。

キッチンと家の掃除で25リムル。

1リムルが銅貨でその10倍が銀貨。銀貨の10倍が金貨だから銀貨2枚と銅貨5枚。

日本での家事代行が1時間で2000~3000円だったはずだから1リムルが100円くらいだろうか。

慣れるしかなさそうだ。


タジンさんはドワーフでドワーフは物作りに長けていて家から道具までと笑っていた。

エルフは客商売の仕事に就くことが多く魔力が強い者は冒険者のパーティーに参加しているらしい。

時間を気にしながら数件回ってギルドに寄り終わった依頼書に判子をもらい店に戻り、クロに宿代を払おうとしたら意味も分からずにクロに怒られた。



店の手伝いをしながら依頼を済ませていると大口の依頼が入った。


「領主のお屋敷ですか?」

「あそこにはメイドさんがいるからトウリさんに依頼が来る方が不自然なのですけれど」


アリーナさんが困り顔で顎に指を当てている。

行けば理由がわかるだろうがはっきり言って気が重い。

俺のスキルは家事の範囲でお屋敷となると話は別でメイドがいるのなら尚更だろう。

街で一番大きな屋敷なのだから異世界から来た俺ですら分かる。



「トウリ様ですね。お待ちしていました」


門の前で覚悟を決めているといきなり声がして焦ってしまう。

いきなり目の前に現れるってどんなスキルだよ。

メイドさんと言ってもオタクを連想するモノではなくシンプルで装飾の少ないロングスカートのヴィクトリアンメイドが深々とお辞儀している。

真っ黒な髪を一つにまとめて顔つきはクロを10倍くらい冷たくしたような感じだ。

表情に乏しく白い肌に漆黒の瞳がさらにクールにしている。

庭の手入れも行き届いていて屋敷の中も奇麗だと思うのだが。


「奥様、お連れしました」

「いらっしゃい、トウリさんね」

「はい」


気後れしてしまい言葉が出ない。

レースのストールを羽織って白髪のご婦人が椅子に座って微笑んでいる。


「今日、呼んで頂いたのはどのようなご用件で」

「あらあら、そんなに畏まらないでちょうだい。サーシャに言い付けてあるから」


とっとと作業を終わらせてお暇しよう。息苦しくって仕方ない。

サーシャさんの指示に従いながら作業を進めるが蔵書の整理や高い場所の掃除などの簡単な仕事ばかりで謎が深まるばかりだ。

それにサーシャさんが監視でもするかのように俺を見ているのも気になる。

俺が外部の人間だからかもしれないが警戒しすぎだろう。

1時間もしないうちに作業が終わってしまう。



「トウリ様。奥様がお待ちです」


案内されたのは先ほどのリビングだった。

婦人の前に座るとサーシャさんはすぐにお茶の用意をしに行ってしまう。


「あの、奥様。今日は」

「トウリさん、奥様はやめてちょうだい。みんなからフウラさんなんて呼ばれているの。領主だからと言って何もしていないもの」


街の名前の由来が分かった。


「今日はあなたとお話がしたくて依頼を出してしまったの、こうでもしないと来てくれないと思ったから」

「僕と話がですか?」


無理もないのかもしれない俺は異世界から来た訳だし街を守る領主が気になるのも仕方がないだろう。

サーシャさんが香りの良いお茶を出してくれたフウラさんの後ろに立ち座りなさいと言われ音もたてずに腰かけた。


「シノン・オルコットって誰だか分かるかしら」

「僕に名をくれた人の名です」

「やはり、そうなのね」


フウラさんの話はシノンの過去にまつわる事だった。

シノンの一族はこの世界に5人いる魔王の一人に蹂躙され、シノンは身も心もボロボロにされこの街にたどり着いたらしい。

そして片方しかない角は自分自身で折ったと。

これは推測なのと付け加えてすべてを投げ出してしまったのかもしれないと言っていた。

角を折ってしまうと鬼人へと進化できなくなるらしい。

絶望に飲み込まれてしまったのか魔王に復讐したいのならそんな事はしないだろう。

ローザは敗者と言う意味でクロは見た目からの呼び名で名前すら捨てたらしい。


「トウリさんはお一人なの?」

「そうですね。父と母は駆け落ち同然で結婚して、父は幼い頃に母もすでに他界していますから」

「あの子のことをお願いできるかしら」

「僕に出来る事があるなら」


流石に任せてくださいなんて言えない。

フラウさんがサーシャさんはバンプ族だと教えてくれた。

何でも隠密行動を得意として大きなトラブルがあった際にはクロと組んで解決しているらしく。

二人に睨まれたら心臓麻痺を起こしそうな気がする。

サーシャは上位種族のクロには負けると言う聞きたくない事も教えてくれて金貨を頂いてしまった。

大人の対応として一度は断ったことを付け加えておく。

それとクロがなぜ同じ姓を名乗らせたのかは聞かないことにした。


ギルドの方が騒がしいけれど何かあったのだろうか。

覗いてみるとアリーナさんも召集されたらしいクロさえも頭を抱えていた。

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