04:魔王様、書庫を探りますか?

 ――地下書庫


 エメルは何人もの司書やら魔術師やらを動員し、城にある地下書庫を探っていた。勇者が判明したとはいえ、対策をねる時間はまだある。『なぜ勇者が魔王を倒すと魔族が弱体化するのか』『魔王が勇者を倒すと何が起こるのか』『そもそもなぜ魔王と勇者が存在するのか』その3つに関わる書物をまずは調べようというのである。同時進行で勇者対策となる作戦に使えそうな書物も探していた。

「勇者の弱点になりそうなものに関しては彼を観察していたメンバーに頼む。他の物は勇者と魔王の関係性について資料を探してくれ」

エメルの指示にすぐ返事をし、幾人かが奥へと消えていく。その動きにエメルは感心するも、すぐに気を取り直して歩き始めた。

「伝承関連はこのあたりだったね」

そういいながら傍らを見たが、そこにいたのはメイドの1人だった。彼女は黙って頷き、小さな声で「自分はどのあたりを調べましょう?」と問いかけた。

(これがグレエプだったら一言二言口を挟んだだろうな)

 ふと考えた事に苦笑しながら指示を出すと、エメル自身もめぼしいものがないか書架を探った。


 涼しく、ほんのりとした明かりのある書庫の中はとても居心地が良い。その為、本を読んでいるうちにうとうとしてしまったり、ついつい他の本に手を出してしまったりしながらも、奥へ進んでいく。

 そして、エメルの丁度目線の先にその本は現れた。丁寧に作られたであろう本の背表紙には『世界の理』と書かれている。

「おっ?! なんかあからさまに勇者と魔王について書いてありそうな予感! でも、こういうのに限ってなんかこう、呪いとかかかってそうだねー」

「陛下、お下がりください」

 タイトルにわくわくが止まらないエメルに、メイドがそう言って前に出る。彼女は懐から片眼鏡を取り出してかけると、その本をじっくりと吟味する。その途中に「おやめなさい」とか「貴方、この方をどなたと心得て?」とか問いかけている上、触ったら痛そうな稲光とか見えてエメルは余計に「これってビンゴ?」とテンションが上がっている。

「陛下、呪いは解けました。どうぞご閲覧くださいませ」

「あ、ありがとう」

 汗1つかいた様子もなく本を差し出すメイドを見、エメルは「私より魔力強くない?」なんて考えたが笑顔で受け取るだけにした。

 さっそくその場で本を開くと、初めのページには数匹の竜やら、光の柱やら、大きな樹などが描かれていた。しかもフルカラーで、とても興味深い。なかでも興味深かったのが、紫色のローブを纏った男が、顔を仮面で隠した戦士に剣で胸を貫かれ、その真上に白い竜が翼を開いた状態で描かれており、古い言葉でこう記されていた。


 ――魔王現れるとき世界は綻び、勇者が討つ時、平和が訪れる。

   魔王は、世界を滅ぼす陰である。


「……それって、世界の根幹におもいっきりかかわっているって事だよね」

「逆に勇者が魔王に討たれたら、どうなるか書いていませんかね?」

 傍にいたメイドが少しわくわくした様子で問いかける。そうだなあ、と相槌を打ちながらページをめくると、その真裏は漆黒に塗りつぶされていた。ただ、白い文字だけがくっきりと浮かぶ。


 ――勇者が魔王に討たれる事はなし。

   あるならば、それは世界の破滅である。


「それならさ『よっし、世界滅ぼすために勇者討とう!』って自分から勇者を討ちに行った魔王がいてもおかしくないよね」

 怪訝そうな眼差しでその一文を睨みつけるエメル。だが、その背後から弱弱しく……というより、恥ずかしそうなグレエプの声がした。

「あー、陛下それ……やった祖先いるみたいです……」

「へっ?!」

 突如現れたグレエプに思わず変な声が出そうになったエメルだが、平静を装って彼が持っていた本を受け取る。と、そこには見覚えのある文字で殴り書きがされていた。


『後妻にと思って付き合っていた人間の女性が『勇者と結婚するの』と私を捨てた。人間の世界に失望した。勇者倒してくる』


『やっぱりだめだった。息子、あとよろし』(黒いシミで読めなくなっている)


「「うわぁ……」」

 思わずメイドとそろってげんなりとした声を上げる。グレエプはふう、とため息交じりに呟いた。

「この世界の魔王って、いったいどういう存在なんですかね……」

「少なくとも父様はまともだったと思うよ? もともと向こうから攻めてきたのを返り討ちにしたらしいけど……」

 そこまで言ったエメルだったが、彼女はふと、疑問が増えたのを感じていた。


 その疑問を秘めたまま、理の本を読み続けたエメルは、複雑な内容に閉口していた。だが、その本に繰り返し勇者と魔王についていろいろ書いてあり、読み物としてはちょっとおもしろくも感じていた。徹底的に魔王を悪の存在とし、勇者がそれらを払う存在だといいまくっていて怒りを通り越して感心していた。

「なんでもかんでも悪いことが起こったら魔王のせい! ってやってるあたり清々しいね。魔王を悪者にしたくて必死になってるような感じ」

 グレエプは「なぜこのような本が……」と手袋に包まれた手を握りしめているし、メイドは真顔で別の資料を探している。

 そこでふと、エメルは気になる一文を見つけた。それが、彼女には不思議な輝きをもっているように思えた。それほどまでに、彼女の心に突き刺さっていた。

 身動き一つしない彼女に、グレエプは違和感を覚える。

「魔王様、いかがなされましたか?」

「……超絶ダサい」

「へ?」

 エメルの言葉の理由がわからず、グレエプは目を点にする。だが、エメルはその本をグレエプに投げやると、吹っ切れたような笑顔でこう言った。

「徹底的に世界に抗ってやる。僕のやり方で、勇者を討つ。やりたいようにやらせてもらおうじゃないか……!!」

 音を立てて広がるローブ。脱ぎ捨てられたその下から現れたのは、農作業用に適した服装だった。エメルはパチン、と指を鳴らすと姿を消した。

「嘘でしょう?!」

 開かれたページに書かれた言葉を読んだメイドが息をのみ一歩下がる。グレエプも気になってその一文を読み……ぐっ、と奥歯をかみしめた。


 ――魔王城・地下講堂。


 数時間後、グレエプはそこにいた。

 エメルが部下と一緒に探した書類を整理し、分担して読み、情報を纏めていた。ただし、ここからさらに裏付けの作業が始まる。

「勇者との戦い、ひいては、この世界の理との戦いは既に始まっている。我々魔族の安寧は、魔王様の勇者討伐にかかっている……のかもしれない」

 グレエプは普段のちょっと情けないオーラが消え、代わりに物々しいオーラに包まれていた。彼の目の前には使用人たちだけでなく、騎士や密偵も混じっている。彼は虚空に赤みがかった金色の文字で何やら書く、その場にいた者たちは皆表情が強張った。

 グレエプは拳で机をたたく。

「ふざけたことを言う。……我々魔族の出現理由があまりにも悲しすぎる。魔王様は……いや、陛下はこの一文を読むなり、勇者討伐に乗り気になられた」

 どよめく場内を無視し、彼は問う。

「勇者について、だれか報告を」

「勇者一行は、現在旅の支度に勤しむ間に王族や白天教の教皇などと顔を合わせ、激励を受けています。出発は時間の問題です」

 密偵の一人がすかさずそういい、別の密偵が懐から地図を取り出してテーブルに広げる。そして、いくつかの場所に赤いインクで印をつけた。

「こちらが、勇者の進路の予想図です。この所、陛下の手を離れた魔族が勝手に人を襲っているようで、騎士団で征伐しているのですが、一部が人間の手によって把握されています」

「勇者が力をつける前に、手を下すべきではないでしょうか? 魔王様直々にでることは……」

 使用人も、密偵も、エメルを心配していた。故に、自然と自分たちで勇者をどうにかできないか、と話し始める。だが、グレエプは「静まれ!」と一同を一喝した。

「陛下は、先ほど私に自らの手で、勇者を討つと仰った。我々にできるのは、陛下の手を離れた魔族たちを沈め、勇者たちを早急に陛下のところへ連れていくこと」

 そういい、重い空気の中、彼は静かに言い放った。

「勇者を魔王である陛下の手で討つ事。それが、我々魔族の為なのだ」

 

 

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