番外01:魔王様、あっちはどんな感じでしょうかね?
――ヤーハ国。
白天教の総本山でもあるこの国は、今日も熱心な信者たちが教会に集い、祈っていた。その光景を一人、壮年の男が後ろから見守っていた。
灰色の髪を項でまとめ、黄色いラインが入った白いローブを纏った彼は「やれやれ」と言いながら腰をたたく。
ほほえましそうに祈る者たちの姿を見ていた彼のもとに、一人の若い神官が歩み寄った。
「猊下、勇者一行がお目通りを、と」
「あぁ、今いくよ」
1つ頷くと彼はゆっくりとその場を後にする。その姿を見た人々は次々に頭を下げ、慈愛に満ちた眼差しに畏敬の念を示す。
彼こそが白天教の教皇、ノスタ・ルジア3世であった。
ノスタが執務室に入ると、5人の男女が待っていた。やんわりとした笑顔で彼らへと労いの言葉をかける彼であったが、内心では5人の中にいたエルフの女性の出で立ち――露出がやや多い衣服に、へそ周りに刻まれた竜の文様――に苦虫をかみつぶしていた。
(あの野蛮な竜の信仰者……。本当ならば追い出したいのですがここは堪えましょう。それにあの娘はヤーハの友好国の姫。国際問題になってしまっては大変です)
ノスタは表情を崩さず、穏やかな声で彼らに語りかけた。
「皆さん、よく来てくださいましたね。勇者・アレックス殿、お待ち申し上げました」
「あぁ、いや……まぁ、一応」
乗り気でないだろう若者、アレックスは笑いながらもそのくすんだ空色の瞳にわずかな気だるさを湛えていた。だが、ノスタはしかたない、と苦笑するだけだ。
アレックスは普段とは違い丁寧な言葉で自己紹介をし、アイリスをはじめ仲間たちも紹介する。
エルフ族の僧兵、半狼族の魔導士、人間の盗賊と神官の双子、とメンバーを見ながらも頭の中では魔王の事を考える。
先代が討ち漏らしたせいで今ものうのうと生きている魔王に内心で舌打ちしながら、ノスタの目は勇者にくぎ付けになる。成人したばかりの若者に、厳しい事を頼むのは心苦しいのだ。
(あの忌々しい先代が姫さえ討っていれば今頃魔族のいない世界になっていただろうに……。さすれば、白竜さまも心穏やかでいらっしゃっただろうになぁ……。私があと少し若ければ共に行き魔王を直々に討ったものを……)
年月の流れを恨めしく思いながら、ノスタは笑顔でアレックスたちに口を開いた。
「君たちを私は心強く思っているよ。きっと白竜様も君たちを見守ってくださるだろう。星を掴んだ君ならば、きっと魔王を討ってくれると信じている」
「ありがとうございます」
アレックスは一礼し、一歩踏み出してからノスタと握手する。だがこの時……すん、とノスタが鼻をすんすんと動かした。不思議に思ったアレックスたちだが、ノスタはいや、と首を振る。
(魔力のにおいがおかしくなった? 忌々しい魔族のにおいがしたが……)
彼はわずかに目を細め、ため息をつきながらも意識を周囲に巡らせる。しかし、そこに魔族はいない、とあたりに漂う魔力と気配から感じ取った。魔族がいるならば、ノスタが放った殺気に気づくはずである(少なくともノスタ自身はそう思っている)。それでもノスタは穏やかにほほ笑む。
「勇者が再臨した、という事は白竜様も魔王の討伐を望まれているという事です。自覚を持ち、その使命を果たしてください」
「……そう、ですか」
あどけなさの残る若者は、その言葉に曖昧な表情を浮かべる。それは他の仲間たちも同じで、その温度差にノスタは内心苛立った。
(これだから最近の若者は……)
と、ついぼやいてしまう。だが、決して顔に出さず不思議そうに勇者へと目を向けた。
「勇者様、何か気がかりな事でもおありですかな?」
「魔王は、もう長いことこちら側に干渉していませんよね? それなのになぜ『今』、勇者として自分が認められたのか、それが不思議でならないのです。白竜様が魔王の討伐を望んでいるならば、先代が討ち漏らした魔王の娘が即位した時点でなにかアクションがあるのではないか、と」
「なるほど……。それは教会内でも長年議論されている内容です」
ノスタはその事を認め、一同を見渡す。同じように考えていたらしく、だれもがその答えに興味を持っているようだった。
「ですが、私たち小さな人間には計り知れないような理由が、白竜様にはおありなのでしょう。今のところは、これで我慢してくださいね?」
ノスタはそういいながらも視線に「二度と問うな」という意思を滲ませてほほ笑む。アレックス達はそれに口を閉ざし、なにかもやもやとしたものを抱えながらも彼に一礼し了承を現した。
そこからノスタは勇者一行と他愛もない会話を楽しんだ。魔王の事や宗教がらみの事をは抜かし、季節の話やら最近はやっているお菓子についてなどリラックスできるような内容を話した。
ノスタは最後に笑顔で
「皆さんの活躍に、期待していますよ」
としめて彼らを送り出そうとした。……が、しかし、勇者がわずかに不思議そうな顔でノスタを見つめていた。
「どうしましたかな?」
「いえ、なんか猊下の顔色が悪いように見えたもので」
勇者の言葉に、ノスタの目がわずかに細くなる。ノスタは苦笑しながら勇者の目を見た。
「最近忙しかったから、疲れているのでしょう。幸いこの後は仕事もありませんし、ゆっくり休ませていただきますよ」
「みんながゆっくり休めるよう、がんがん魔王軍とたたかいますね!」
勇者の仲間の一人が片腕に力こぶを作って笑い、頷く。ノスタはそれを心強く思いながらゆっくりと頷いた。
勇者一行が帰った後、ノスタは一人部屋の中で「ふぅ」とため息をついた。同時に意識を集中し、周囲に気を巡らせる。
「……魔族の痕跡はなし、と。おかしいですね。確かに、魔族が発する力とにおいを感じたのですが」
一応清めておこう、と懐から塩を取り出すと呪文を唱えながら部屋中にばらまく。虚空を舞った塩は青白く輝くと部屋に残った力を振り払った。
「まさか、勇者一行の中に魔族が? それにしては力が薄かった。……もしや、混血か……?」
ノスタは呟きながらもう一度「ふぅ」とため息をついて部屋を後にした。
それからしばらくして。アレックスたちの姿は、にぎやかな酒場にあった。大きな木を使ったであろう頑丈そうな柱はつやつやと輝き、手入れが行き届いているのが分かる。天井から吊るされたランタンの輝きを反射し、より酒場が明るく見えた。
これまた太い樹を利用して作られ、年期の入った琥珀色のカウンターに、彼ら5人は陣取っていた。
「とりあえず、猫かぶり成功!」
「うるせぇ、そんな事を大声で言うな」
アレックスはぐっ、と手を握りしめて喜ぶ。エルフの僧兵はそんな彼に思いっきりげんこつを落とした。他のメンバーは思わずそんな2人に笑ってしまう。
「あー、余計な事を言わないようにするの、大変だった―」
半狼族の魔導士らしき男性が、そういいながらゴブレットになみなみと注がれた蜂蜜酒を口にした。かしこまった場所が苦手な彼、オーキッド・サウラは「もうこれっきりにしーたーいー」と言いながら蜂蜜酒を飲み続ける。それに対し、口を開いたのは金髪を揺らした金目の少女だった。
「オーキッドさん、それ、無理無理」
「アレックスが勇者になった時点で無理無理」
少女に頷き、反対側から顔を覗き込んだのは金目の少年。この二人は双子で兄の方が盗賊のスナフ・ランター、妹の方が神官のミナフ・ランターだ。
「今後も、各国の王様に呼ばれたりするだろうよ。明日はこの国の国王夫妻と謁見だとさ。……魔王討伐に出発するのはいつになるのやら」
「挨拶周りが終わり次第じゃないですか?」
アリシアがため息交じりにそういえば、スナフが頭をかきながら答える。と、ミナフは一筋だけ赤褐色に染めた三つ編みを揺らしながら首を傾げた。
「それまで魔王が待ってくれるといいのだけれど。でも、200年も音沙汰がない、という事は魔王側は何か企んでいるのかしら?」
「200年も勇者がくるのを待っていたりして」
オーキッドは蜂蜜酒を飲み干すや否やぽつり、と呟き、思わずアリシアが噴出した。
「じゃあ、何か? 魔王はずーっと勇者が出るまで準備していたってことかよ?」
「だとしたら侮れないんじゃないか? 今の俺たちは魔王に敵うのか?」
彼女の考察にアレックスが急に真面目な声を出す。だが、オーキッドの一言はだらけそうになっていた5人の気持ちに少しだけ冷や水をかけたようだった。
だが、アレックスは内心でこうも思う。
(魔王は、200年もこちらに干渉しなかったんだ。魔王側としてはほっといてくれ、と言っているように思えるな)
それでも誰にも言えず、黙って蜂蜜酒を呷るのだった。
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