03:魔王様、それは少々恥ずかしいのでは?

「……胸に挟まれて死ねれば本望……って」

 キキの報告に、エメルはふるふると身を震わせる。嫌な予感がしたグレエプはキキを抱きかかえるとすぐさまエメルが背を向けている窓側へと避難した。

「どんだけバストが好きなんだよ勇者ってやつは!!」

 エメルが叫んだ途端、額のダイヤモンドが輝き、彼女の影が音もなく広がる。そこからただならぬ気配を感じ、キキとグレエプは背中に冷たい汗がにじむのを覚えた。

(今回の場合はおもわずつっこみたい気持ちが暴走してうっかり発動してしまったのでしょうか。どっちにしろ、まだ本格的な始動ではないようですね)

 やるなら対勇者戦でおねがいしますね、と心から思うグレエプ。

 エメルはそんな風に考えられているなどつゆ知らず、ぐっ、と拳を握りしめた。キキはそれでも報告しなければ、という義務感にかられ震えた声で言う。

「とりあえずFカップが彼の理想で、それ以上に大きいとおっぱいとは言えな」

「それはどうだっていい! てか、バストで窒息したいならお望み通りにやってやってもいいぞ! ただし魔王の胸だがな!!」

「魔王様!」

 そう言って胸を張ろうとしたエメルだが、グレエプの一言で我に返るとそそくさと影を元のサイズに戻す。

 彼女は咳ばらいをすると姿見で自分の姿を見てみる事にした。柔和そうな童顔に、蜂蜜色ともいえる琥珀がかった金髪。そして赤褐色の肌が元気の良さをあらわしているようだった。だが、ここに違和感を覚える存在があった。そう、エメルの胸である。そこそこ大きく、童顔にはアンバランスな色気があった。

 本人からすれば、そこよりもくすんだ空色の眼を見てほしい、とおもうのであるが……。

(死んだ母さんから受け継いだお気に入りなんだからね)

 鏡を見ながらため息をつくと、一緒に揺れた胸に目が行った。

「エメル陛下、ちょっと……」

 キキはそう言ってエメルに歩み寄り、首をかしげるグレエプには「ちょっと席を外してください」と真顔で言い放つ。グレエプは仕方ない、というふうに一礼し、部屋を後にした。

「なになに?」

「恐れ多くも質問させていただきますが、陛下のバストサイズはいかほどで?」

「いや、それガチで聞いてるの?」

 エメルは怪訝な表情になりながらもこっそりキキに耳打ちする。と、キキはすぐざま部屋の隅で待機していたポーカーフェイスなメイドさんに問いかけた。

「陛下のブラのサイズってこれであっていますか?」

「……もうちょっと大きいです。カップでいえばFですね」

「ちょっ!? 何確認してるの!?」

 キキとメイドのやり取りにエメルの顔が真っ赤になる。だが、キキは自分の胸を見て静かにエメルを見る。

「陛下、失礼します。……もいでよろしいでしょうか?」

「いや、無茶言わないで!!」

 キキの真顔の言葉に、エメルは思いっきりつっこんだ。


 そしてドアの前では……。

「魔王様、防音結界をお忘れになっております……。しかし、このグレエプ、エメル姫の成長が実にうれしゅうございます……」

 と、グレエプがハンカチで感涙をぬぐっていた。長年エメルを見守っていた彼としては、まだまだエメルを『姫』と呼びたくなる。たしかに魔王として色々危ない時期だけ頑張ったから魔王として認めてはいるのだが……。

「グレエプ様、今、よろしいですか?」

 ふと、その声で我に返った。声をかけたのは黒にほどちかい群青のスーツを纏った若者だった。この城を守る使用人の一人である。

「ネイブルか。……民の様子に何かあったのか?」

「魔族たちはこの200年間、人間側への干渉を避け続けていました。しかし、勇者判明時より1、2か月前より人間側への干渉を行った者が居ることが判明しました」

 その報告に、グレエプは歯を食いしばる。そして、深くため息をつきながら低い声を放つ。

「その情報を持ってきた者を全員、私の部屋に連れてきてくれ。……詳しい話を聞こう」

「はっ」

 ネイブルは一礼し、速やかに姿を消した。グレエプはいつになく気だるそうな表情で誰もいない廊下を見つめる。

「魔王様。どす黒いモノはすべてこのグレエプが致します。貴女さまは、ひとまずの所勇者討伐の事だけお考え下さいませ」

 瞳を細め、表情を引き締める。そこにいたのは、普段は魔王に振り回されてばかりの執事ではなく……一人の密士だった。


 *:*:*


 ひとまず落ち着いたところで、メイドがお茶の準備をする。白いレースのクロスがかけられたテーブルの上に花のワンポイントが入ったカップやら、色とりどりのお菓子が乗ったケーキスタンドやらが乗せられ、とても華やぐ。

 エメルはこういう時、いつも部下や使用人たちも席についてもらい、共にお茶とおしゃべりを楽しんでいた。今日もキキやメイドたちとテーブルを囲み、わいわいとお菓子を食べる。

「ところで、勇者討伐はどんな方法で行うおつもりですか?」

 入れられたハニージンジャーティーをのみながらキキが問いかけると、エメルの目が細くなる。

「とりあえず、胃袋をつかもうかと」

「胃袋て……陛下、勇者の胃袋を破壊するつもりですか?」

 あまり魔王らしいとは言えない方法に、キキが額を押さえる。エメルはシュークリームにかじりつきながら資料を見せた。

「勇者が判明してから彼の身辺調査を行った。それでわかったのだが奴は僕と一緒で蜂蜜が大好きなんだそうな。そこでだ」

 そこまで言うと、彼女の前に蜂蜜の瓶が出現した。丸い瓶の中には琥珀色をしたおいしそうな蜂蜜がたっぷり詰まっていた。

「僕の世話しているミツバチさんたちが集めてくれた蜂蜜をつかってみようかと。マホロバユリの一花蜜だよ」

「マホロバユリって魔力の低い人が近づくと脱力させてしまうのでは?」

 クッキーを食べながらキキが問えば、傍らのメイドもまたこくり、と頷きながら瓶のふたをあける。スプーンで掬い、ブリオッシュにかければ陽光にきらめきながら流れていく。その様をうっとりと眺めるエメル。そんな平和な姿にキキとメイドはほっこりするも、勇者討伐の方法は気になるところである。

「勇者の種族は人間だそうな。効果はあるだろう。これをつかったお菓子をたらふく食べさせて、幻を見せて、こっちに寝返らせたり、最低でも魔王を倒すことをあきらめてもらう。まぁ、甘いだろうけど試すだけ試したい」

 エメルの真面目な声色と眼差しに、キキは小さく微笑む。確かに考え方としては非常に甘いだろう。父王にくらべて蜂蜜のように甘すぎる。

「僕はね。目の前で父様を勇者に殺されたんだ。3人の兄も、奪われたしたくさんの魔族が死んだ。でも、勇者軍が来たことにより我々だって身と国を守るために人間を殺している。僕ら王族の知らないところでは、人間に手出ししてた魔族もいるし。正直なところ、そういう血で血を洗うってのがもういやなんだ」

 ため息交じりに言いながら、エメルの瞼が閉ざされる。過去を思い出したのだろうか、その横顔はとても悲しげだった。

 自分が勇者に討たれて死んだら、魔族は力を喪い、やがて消滅する。なぜそのような仕組みになったのかは未だわからないが、世界を呪ってもしょうがない。エメルはぽつりと呟くと、冷めた紅茶をくっ、と呷った。

 そこまえ話を聞き、キキはふと首をかしげた。

(あれ? 魔王が勇者に討たれたら魔族が滅びるのよね。じゃあ、逆をやったら何か世界に影響がでるのかな?)

 胸に沸き起こった疑問。それが急に気になりだした彼女は、それとなくエメルに提案する。

「エメル陛下、そういえばですがこの城の地下書庫はあたりましたか? かなり古い資料もある、と聞き及んでおります」

「離れの書庫を今当たっているとこだけど、結果は芳しくなくてね。確かに地下も同時に攻めたほうが、いいかもしれないな」

 エメルは1つ頷くとシュークリームの残りを食べてしまうのだった。


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