02:魔王様、勇者が判明した模様です。

 エメルが城に戻ったのは、その日の夕方だった。エメルは拠点からいくつかの荷物を持ち出し、音もなく執務室へと姿を現す。

「おぉ、お帰りなさいませ魔王様。して、その荷物は?」

 部屋の掃除をしていたグレエプがエルフ族特有の耳を震わせながら出迎える。と、エメルは机に荷物の中身を取り出した。

「とりあえず何か役立ちそうなものを持ってきた。勇者の胃袋をつかんでみようと思うんだ」

「なぜそこに行きついたのです」

 エメルの発言にグレエプがジト目を向ける。だが、エメルは真面目な顔で資料を取り出した。

「無駄に争っても人間、魔族双方疲弊する。父と先代勇者との戦いでも多くの同胞と人間が死んでいる。……正直、いただけない」

「人間同士でも戦争をすればたくさん死にますよ。魔王様、考えが甘いですぞ」

 グレエプがきっぱりとそういうも、エメルは資料に目を落としながら言葉を続ける。

「わかってないな、グレエプ。倒すべき敵だけに的を絞れば予算をたくさん使わずすむじゃないか」

 そういいながらエメルが資料から顔を上げると、いつのまにか小柄なダークエルフの少女がいた。グレエプもそれに今気づいたらしく、「すみません」と一歩下がる。

「君は、密偵の子だね」

「はい。陛下にご報告をと」

 少女はそういうとエメルの前に跪き、頭を垂れた。そして資料を渡し、説明を始めるのだった。


 *:*:*


 少女の名は、キキ。ダークエルフで、密偵の一人である。一見15歳ほどの少女に見えるが50年は生きており、人生の大半を密偵として過ごしている。

 だが、ここ200年は平和な状況が続いていた為、密偵たちの主な仕事は近隣の国の状況を探る事がメインとなっていた。

「平和な時代が続けば、それだけ人間の国も魔族の国も豊かになって争う必要がなくなると思いたいんですがね」

 キキがそんな事を小さな声で呟き、振り返って内心で「やべっ」と思った。彼女の近くには白天教の教会があったからだ。

 ヤーハは白天教のおひざ元でもある。そこで魔族との共存なぞ口に出せば袋叩きだけでは済まないだろう。得られるものも得られなくなるのは、本意ではない。キキは平静を装ってその場を離れた。


 街を歩きながら、そつなく話を聞いていくうちに、今いる街の事や勇者の話などを聴くことができた。

 なんでも、噂の勇者というのがこのあたりにいるらしい。そして、ヤーハの王女と白天教の枢機卿がもうすぐ会いに行くという。

(好都合ですね)

 もし見ることができれば勇者も判明する。運が良ければ能力とか知ることもできるかもしれない。キキの近くでは町の娘たちが勇者がどうこう、と話をしている。

「ねぇ、ちょっといい?」

「ん? なぁに?」

 キキが呼び止めると、町娘の1人が気軽に答えてくれた。まぁ、今のキキは幻術とメイクで『ハーフエルフの旅人』のように見えるだろう。

「今代の勇者様って、この町出身って聞いたの。貴女たち、何か知ってるかしら? 聞けたら里の友達の土産話になると思って……」

 キキがミーハーに見える演技をすれば、町娘たちは警戒することなく話してくれる。

「そうよ。でも、アイツが勇者様かと思うとちょっと不安よね」

「まぁ、けっこう強いし悪い奴じゃないんだけど……ねぇ」

 ねぇ、と顔を見合わせて苦笑する娘たち。キキが不思議そうに首をかしげていると、町娘の一人がキキの肩をぽん、と叩く。

「アイツ、ちょっと……その、まぁ、悪い奴じゃないよ」

 そういうと、娘たちは立ち去って行った。

(まさか、女好きじゃなかろうな)

 と町娘たちの様子から察したキキなのであった。


 キキが勇者に会ったのは、その直後だった。


 *:*:*


「それで、その勇者様とやらには会えたのか?」

 エメルがそれとなく問うと、キキは小さな声で「はい」と答えた。妙に緊張した声に、グレエプもエメルも首をかしげる。

「どんな人なの?」

「とりあえず、思考が思春期です」

 キキの報告に、エメルとグレエプは仲良く石化した。『思考が思春期』という表現に腹筋がいたくなるほど笑いたくなった。

「勇者は……単刀直入に言えば……」

「言えば?」

「おっぱい星人です」

 その一言に、エメルとグレエプはついに吹き出してしまったのだった。


 *:*:*


 結論から言うと、キキは勇者に会うことができた。偶然にも魔物が現れ街を襲おうとした。それを救ったのが、件の若者だったのだ。キキは人に見られる中での戦闘を危惧し、武器であるダガーを取り出すのを一瞬躊躇ってしまった。その隙にトカゲのような魔物にかまれかけたのだが……狼のようなものに突き飛ばされてこと無き終えた。正体は、若者の影からでていた狼だった。

 巫女の予言により判明した勇者は、一見なかなかの美丈夫だった。青黒い髪と滑らかに鍛えられた肢体、それにくすんだ空色の瞳が野生の狼を彷彿とさせた。

 狼たちを従え、魔物に立ち向かう姿は勇者という言葉が似あうだろう。魔王の管轄から離れた魔物たちは、人間を襲う。そして、人間側の冒険者と呼ばれる者たちがそれをたおして一般人を守ったり、富を得たりしている。彼もまた、その一人なのだろう。

(魔王様と同じ瞳の色か……。まぁ、そういう事もありますよね)

 なにかひっかかるものを覚えながらも、思わずキキは見入る。だが、狼ほどの大きさを持つトカゲの魔物を倒した彼は剣についた血を払い鞘に納めると……近くで見ていたキキにウインクしてきた。

(はっ?!)

 思わずそう言いそうになり、どうにか堪える。が、若者はキキへと歩み寄ってきた。

「けがはない? もう大丈夫だよ、俺が倒したから! だから、このあとお茶しない?」

「お断りします」

 いきなりナンパしてくる若者に、ジト目で答えるキキ。若者は苦笑して肩をすくめる。

「キミ、言うねぇ。まあいいや。今度から気を付けてね」

 そう言って手をとり口づけを落とそうとした瞬間、彼の首根っこを掴んで投飛ばすものがいた。背の高いエルフ族だろう美女だ。

「バカヤロウ、またナンパしてんじゃねーよ! ほら女の子どん引きってんじゃん!」

「だってさアイリスちゃん。こんなにかわいいんだ、胸は君といっしょで平坦だけど」

「「胸は関係ない!」ねーよっ!」

 若者の言葉に美女とキキの言葉が重なる。若者は「はいはい」とだけ言って指笛を拭き、散らばった狼たちを己の影に戻していた。

「あぁ、すまない。オレは華竜神官のアイリス。で、こっちのバカがアレックスっていうんだ」

 そういって、アイリスと名乗った女性は拳にした右手を心臓の上あたりにおいて一礼した。華竜神を信仰している人々は、『魂は心臓に入っている』と考えており、それを手で表している、と言われている。

 アイリスはがしがしと乱暴に頭をかくと、アレックスと呼んだ若者の首根っこを掴んだ。

「ほら、さっさと行くぞ。今日は王女さまだけじゃなくて白天教の教皇までくるらしいじゃねぇか! ちょっとでも身支度整えねぇと」

「面倒だし、勇者って役目をぽいっ、としたいんだけどな。可愛い女の子に声をかける時間が無くなっちゃうじゃないか」

 アレックスはやれやれ、とでもいうような表情で肩をすくめあくびをする。そんな様子をキキはくすくす笑いつつも心の中では冷めた目で見ていた。

(ずいぶんやる気のない勇者様ですね。これは魔王様が直々に討伐する必要はなく、私のような者でもいけるかもしれません。しかし、油断禁物です)

 やる気がないなら、それはそれでよい。停滞している間にこちらが準備を進めておけばやる気を出したときに対処しやすい。

「そもそも華竜教は『命短し、心の炎を燃やし己が信念を貫け』って教義だよね? だったらボクの信念は『かわいい女の子には声をかける』と『おっぱいに挟まれて死ねれば本望』だよ! あの丸くて眩しい天国には夢がいっぱい詰まってるんだよ!」

「どさくさに紛れて何ぶちまけてんだ!」

 脈絡なさすぎる! おまけにはしたない! と叫びながらアレックスの脳天にげんこつを見舞うアイリス。さすがにここで止めねば怪しまれる、とキキは声をあげるのだった。



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