01:魔王様、これはむしろ懇願です。

 ――魔王の帰還。


 勇者再来の情報がもたらされてから、魔族たちは落ち着かない様子だった。魔王の命令で『人間には手を出さない』事になっている為、定期的に人間の領域へと密偵を放ち、情報を得ていたのだが3日前にその情報を得てから、魔王の帰還を願う声が高まっていた。その一方で数名の高位魔族が対策を考えていたのだった。

「……これ、僕がいなくてもやれるんじゃない? 僕は養蜂で忙しいんだよ。ほら、人間側に手紙を書いたり会談したりしてさ」

「魔王さま、それは甘い考えでございます。天にいるという聖なる白竜を信仰する人間たちは魔王を『この世に悪をばらまく存在』と定め勇者によって討たれて初めて平和が訪れる、と説いているのです。おそらく、ヤーハの堅物どもが勇者を送り出すに違いありません」

 グレエプは首をふり、やれやれと腰をたたきながら答えた。見た目が若いだけあって違和感を覚えるものの、グレエプの腰には古傷があるのだ。

「グレエプ、大丈夫? グレエプも隠居して一緒に蜂蜜とろうよ。そしたら古傷も傷まないですむよ?」

「ワタクシは大丈夫です!」

 心配そうに顔を覗き込むエメルに、グレエプはむだにきりっ、と引き締まった表情で言ったのだった。


 ヤーハは人間側の国の1つ。《白天教》(主神が天に住む白竜)を国教とし、人間側の諸国を纏めている。天の竜からお告げを聴くことができる存在、『天竜の巫女』は人々の尊敬を集めている。


 密偵からの連絡には、その巫女たちが勇者の到来を告げた、とあった。

「予言内容は?」

「ガラスの都の北、狼と共に生きる少年が星を掴む。彼こそが白竜の加護を受けし勇者なり、だそうです」

 エメルが資料をめくりながら問えば、グレエプがすらりと答える。彼は嫌な予感を覚えながら、ちらり、と自分の主の様子をうかがった。

 くすんだ空色の眼をしぱしぱさせたエメルは、深いため息をついた。その眼を見た者は十中八九彼女が面倒に思っていると気づくだろう。

「帰る」

「それじゃ困ります、魔王様」

「第一に当時僕の他に魔王の血を引いた人がいなかったからってだけで僕が魔王を継いだんでしょうに。もう200年たっているんだ、貴族の中から有望で有能な人を選べばいいじゃない」

 エメルが指を鳴らして転移しようとするのを、グレエプは手を握って止めた。だが、エメルの言う通りであったりする。

 エメルは隠居していたが、人間側に不干渉というスタンスを魔族たちに言っていたため今日まで平和で、魔王が不在でも部下たちがいればうまく回っていた。だが、勇者が再び現れた今……、この平穏は壊されることがほぼ確定している。魔軍の要であり、士気にもかかわる魔王の存在は案外大きい。

「ですがね、魔王様。貴方さまの愛らしい姿のおかげで忠誠を誓う者もいるのですよ。このまま頼みますから玉座におとなしく座って勇者討伐について考えましょう」

 そう言って宥めるグレエプだが、その眼には涙が浮かんでいる。

 グレエプはエメルを『愛らしい』と形容したが、それに関してエメル自身は気に入っていない。童顔に低身長なところがコンプレックスなのである。だが、胸は色々挟めそうなほどボリュームがあった。人間の社会で使われるスラングでいえば『合法ロリで巨乳』であった。

「いや、この外見で忠誠をって中身みているか怪しいじゃないか。僕ぁ、そんな部下はお断りしたい」

「我々は外見で判断しているのではない!」

 エメルがため息交じりに吐き捨てたその時、ドアが開いた。現れたのはごつい鎧姿の男だ。ただ異様なのは頭を小脇に抱えている点である。というのも、彼はデュラハンで、名をアレクといった。

「先代の血を引き、この地最強の魔族である貴女様にいていただきたいのです。それだけで、我らが軍の士気はうなぎのぼりです」

  彼の後ろには、がちゃがちゃと動くスケルトン兵やら、ふわふわ浮いている幽霊の術士などがそろっていた。普通の魔族の戦士もいるが、半分以上は神聖魔法を唱えたらそのまま天国へ召されそうなメンツである。

 彼らの集合にエメルは小さく苦笑した。

「久しぶりだね、アレク。……そして、月影騎士団の皆さん。もしかしなくても、勇者討伐についての話、ですかね?」

 エメルの言葉に、彼らは全員跪くか、もしくは深々と一礼する。

「我々月影騎士団一同は、貴女様の命令さえ下ればいつでも勇者を打ち取りに行く所存です。ぜひ、我々に進言を」

「あのねぇ、勇者次第じゃ自滅してくれるかもしれないよ? と、とりあえず動向をチェックして様子うかがってそれ次第で……じゃダメなの?」

 エメルがアレクたちの様子にタジタジとなっていると、グレイプは目に涙を浮かべて天を仰いだ。

「あぁ、先代魔王デュランダル様! エメル様は我々魔族をお見捨てになろうとしております……! 魔王が勇者に打たれれば魔族は力を喪い、いずれは消滅してしまう運命だというのに……!」

「あぁぁあああぁ、グレエプ! 泣かないで! お願いだから泣かないでってば!!」

 グレエプの嘆き悲しむ姿に慌てるエメル。月影騎士団の一同はそんなエメルに「我々に命令を!」とすがるような眼差しを向ける。傍に控えるメイドたちも、熱いまなざしを向けていた。

「そもそもさぁ、なんで魔王と勇者が存在し、魔王を倒さないと人間側に平穏が訪れない、魔王が討たれたら魔族が力を喪う、なんてだれが決めたのよ。そういう仕組みができたから父は討たれ、私は理想の蜂蜜を追い求められないんじゃないか」

「それを言ってはなりません! 物語が成り立ちません!!」

 ため息交じりにぼやくエメル。だがグレエプが泣きぬれた顔で叫ぶ。アレクが「物語って何だよ」と突っ込んでいるが、まぁそこは気にしてはいけない。

「勇者という存在は、我々魔族の敵なのです。討伐しなければいけない存在なのです。魔王様、どうか、どうか……!」

「あああ、わかった! わかったからグレエプ泣かないで!!」

 おいおいと涙を流しつづけるグレエプにエメルは抱きついてがくがくゆすったのだった。


「では、魔王様。勇者討伐の号令をかけてくださるのですね!」

 さっきまで号泣していたとは思えないほど、すっきりとすがすがしい笑顔を見せてグレエプが言う。エメルは疲れた顔で頷こうとして……そこで止めた。

(勇者について、そういえば僕はあまりしらないんだよね。この世界における勇者と魔王の関係とかもなぁ。なんかこう、穏便?に済ませたいんだけど……)

 エメルはふぅ、と深呼吸を1つすると、その場にいる者たち全員を見渡した。いつのまにか大臣とか宮廷魔導士とか、その他城に勤めている魔族たちが集まっていたが、そこは気にしない。

「勇者を引き続き観察せよ。同時並行して勇者と魔王の関係性について洗いざらい調べ、勇者対策を導き出せ。私も行動する」

 普段とがらりと口調が変わり、姿勢を正して指示を出す。グレエプはわずかに息をのみ、周囲の魔族たちもまたざわめいた。

「魔王様、勇者をすぐさま討伐するのでは……」

「未だ、だれが勇者か判明していないのであろう? 現時点では巫女たちが予言したのみ。ならば、今のうちに対策を練って備えておけばいい。密偵部隊に引き続き調査するよう伝えよ」

 意見した魔族にそれだけいうと、エメルは指を鳴らし、今度こそ森の中の拠点へと帰還した。


 * * *


「はぁ。争いごとってまた仲間が死んじゃうじゃん。怖いよ……」

 そうつぶやきながら、エメルはベッドの上で泣きそうになるのを堪えていた。正直なことをいうと、勇者や争いごとが怖いのだ。

「なるだけ戦わずに勇者たちを討伐できる術はないかなぁ……」

 そういいながら、彼女はベッドから降りて本棚へと手を伸ばした。なにかいいアイデアはないかと願いながら。

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