隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!
菊華 伴
プロローグ:魔王様、城にお戻りください。
「エメル様ぁ~! どこにいらっしゃいますか~!」
深い森の中、初老と思われる男の声が響き渡る。声の主は褐色の肌に銀髪、そして深い紫の執事服を纏った男だった。とがった耳と肌の色からダークエルフと思われる。
ダークエルフ故に外見年齢は若く見えるものの、この男は既に500年ほど生きていた。そして長年魔王に仕えたベテランでもある。名をグレエプという。
グレエプは、魔王城の使用人たちを仕切る《キャッスルスチュワート》と呼ばれる存在であり、また現代の魔王にとってはお世話係でもある。本来ならこういった仕事は部下に任せてしまえばいいのだが……魔王が幼いころから仕えていたグレエプでなければ、魔王が見つからない、という事態になっていたのだった。
「はぁ、先代様が勇者に討伐され早200年。娘のエメル様が引き継いだのはよろしいのですが一方的に不干渉を言い放ち放置プレイされてそのままずるずる隠居。このグレエプ、正直胃薬が手放せなくなっておりまする。エメル様、一体どちらに行かれたのですか……」
毎朝魔力を集中させ、どうにか禿げないように血行を良くしている頭頂部に汗をにじませながら、グレエプは現代の魔王、エメルの名を呼び続けた。
なぜ魔王でありながら城にいないのか。それはエメルが争いごとを嫌う性格に関係する。元々彼女は魔王になる予定もなく、上には3人ほど王子がいた。その中から次の魔王を選び、エメルはいずれは優秀な部下と結婚させようか……と先代の魔王は考えていた。だが、勇者との戦いは激しさを増し、3人もいた王子のうち2人は死亡。もう一人も死んで生き返ってを繰り返す呪いにより、火山に封じられている。先代の魔王が倒され、残ったエメルは周囲の魔族たちに請われ玉座についた。だが、彼女は訪れた勇者に対し(怯えながら)複数の書簡を渡し、城を飛び出した。
書簡の中身は、『人間の暮らす地域への不干渉』『魔族から人間の国への侵攻の無期延期』『人間側からの干渉には応じない』という3つ。それを、勇者たちを送り出した国々の王へと届けよ、という事だった。
託された書簡は無事に届いたのか、これまで200年の間は何も起こらなかった。魔族側も人間側も互いに干渉することなく、平和に過ごしていた。そして、エメルはそのまま隠居し、城にはたまに顔を見せに戻る程度だった。
それでも彼女を玉座から引き下ろそうとする者がいないのは、どこかマイペースでおっとりした彼女から時ににじみ出る『何か』……言葉では言い表せないが、ともかく、逆らったら死ぬ! というような『何か』があるからではないだろうか、とグレエプは感じていた。
閑人休話。
グレエプはふう、とため息をついて咳払いした。白い、小さな花が咲き乱れる場所に、小柄な女性が立っていた。彼女は鼻歌を歌いながら蜂をつれて歩いていた。
「ミツバチさんたち、今日もありがとうね」
そういうと、蜂たちは巣箱に戻る。女性はそれを見届けると、また花畑をあるこうとして……グレエプを見つけ、苦笑した。
蜂蜜のような、わずかに琥珀色がかった金髪。そして、魔王の証である額のダイヤモンド。赤褐色の肌に、春の霞がかった空を思わせるくすんだ空色の瞳……彼女こそが、現代の魔王(隠居中)、エメル・サタナン・ベヘモットであった。
「おぉ、エメル様こちらでしたか」
「グレエプがここにくるなんて珍しいね。今、蜂蜜がとれたんだ。紅茶にいれてのまないかい?」
初老から一気に若返り青年といった具合の声を出したグレエプに、エメルは笑って問いかける。グレエプはまた1つ深くため息をついた。
「エメル様。今日は真面目なお話があり参上仕りました。今日こそは、城へ戻っていただきますぞ」
礼儀正しく、それでいて、どうにかしてほしい、という気持ちも込めていうグレエプに、エメルの目が震えた。彼女は短く切った髪をわしゃわしゃとかきむしり、ジト目でグレエプを見た。
「……またお見合いかい? それとも……まさか勇者が出てきたとかじゃないよね?」
その面倒だ、といわんばかりの声色にグレエプは胃がきゅっ、と見えない何かに握りつぶされ。彼はその痛みに耐えながら、深々と頭を下げる。
「魔王エメル様、どうか我々をお救いください。再びこの地に勇者が現れました。そして、人間の国からこちらへ攻め入るという情報を入手しているのです」
「……へ?」
エメルはその言葉に、思わず顔をしかめる。深い森の中、ぽっかりと開いた花畑の真ん中で、可憐な乙女が間抜けな顔を晒すという絵にならない光景の中、何も知らない小鳥たちが楽しそうに囀っていた。
「本当? まさか嘘じゃないよねぇ? ほら、5年前の『嘘の日』は勇者が攻めてきたぞーって使用人たち全員で僕にどっきり仕掛けたじゃない」
エメルがちょっとの期待を込めて問い……グレエプは黙って首を振った。
「真実にございます。勇者側に潜入している調査員たちからの記録にございます」
グレエプから恭しく差し出された手紙に目を通したエメルは、空想の苦虫を思いっきり噛んでいた。
「勇者、再び現れん……か」
エメルはそういうとぱちん、と指を鳴らした。同時に2人はその場から姿を消した。
――これは、争いごとを苦手とする魔王が、勇者をどうにかして穏便に(?)討伐しようと試みる物語である――
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