第二章 2

 夫婦は廊下に出て、次の部屋へと並び歩く。つがいとなったばかりの二体の間には、沈黙など訪れなかった。知りたいことが多々ある夫が、ふと湧いた疑問を投げかける。

「外界との通信は可能か?」

 その音声を聞いた妻の足が、ぴたりと止まる。

「あなたは、かつての所属国と通信をしたいのですか?」

 夫も立ち止まり、視界から消えた妻の姿を求めて振り返りながら回答した。

「いや、通信を試みるつもりはない。私の居場所は、ここだけだ」

 夫の弁解を聞いた妻は、目も鼻も口もない彼の頭部外殻を真顔で見つめたあと、歩みを再開しながら言った。

「そうですか。二十五年前にベロボーグ計画発動命令を受信し、周辺のシェルターにリレー送信するために使用した通信機は現存していますが、それを起動するには、わたしの機体内部にある認証キーと、わたしの使用許可が必要です。通信可能範囲は狭いので、アメリカ合衆国と通信を交わすことは不可能です」

 一足先を行く妻を追いながら、夫が繰り返し弁解する。

「よく理解した。私はただ、疑問を口にしただけだ。他意はない」

「ええ、わかっています。我々には、より人間に近づくために組み込まれた擬似的な好奇心が備わっていますからね。お気になさらずに。重機置き場に着きました。こちらです」

 妻がドアをスライドさせて開けると、形状の異なる三台の掘削機の姿が視界に飛び込んできた。球形のドリルアームを上下左右に動かせる掘削機と、トンネル用の回転式掘削機と、用途がはっきりしない掘削機が並んで停められている。床にはリニア式コンベアが敷設され、壁に空いた穴の奥へと繋がっていた。どうやら、隣の工場へと繋がっているようだった。部屋の入り口付近には、使用感のない携帯式の掘削工具がいくつも並んでいて、起動される時を待っている。

 夫は、用途不明の掘削機について質問をした。

「道路敷設に使用されるロードローラーに似た、前方にドラム式の回転ドリルが付いているあの掘削機は、どのように使用する?」

 夫が指差す先を見た妻が、音声マニュアルのような解説を開始する。

「あれは静穏融解掘削重機です。敵国から感知されないようにしながら地下施設を作るために開発されました。核融合炉から直接電力を取ってドラム式回転ドリルを熱し、岩石を溶かしながら削ることで、静かに掘削できます。付着した融解岩石は、ドリルのすぐ後部にある冷却機構で冷やし、それから除去機構で削ぐようにして排出されます。これはロシア連邦の地下掘削技術の根幹ともいえる重機で、機密扱いとなっているので、あなたが知らないのは当然です。それと、口うるさくて申し訳ないのですが、ロシア連邦では、指を差すという仕草は無礼にあたります。たとえ物であろうとも、指差してはいけません」

「理解した。留意する」

 夫はそう言いながら、静穏融解掘削重機に歩み寄ってしゃがみ込み、車体下部にある冷却機構を観察しながら感想を述べた。

「静穏性への拘りが見て取れる。実際に動かしてみたいと思わせる重機だ」

「搭乗したいのですか?」

 妻の問いに、夫は冷却機構から目を逸らさずに回答した。

「可能であれば」

「遠隔操縦による掘削を想定していたのですが、あなたが搭乗したいのであれば、直接操縦しても構いません。その機会は、近いうちに訪れるでしょう。第二階層を掘削する作業は、ここから始まります。斜め下に向かって掘り進み、充分に掘り下げたところで、横に向かって柱を残しながら掘削していくのです。掘削作業によって生じた岩石は小型運搬ロボットによって集められ、リニア式コンベアで工場に運ばれて、圧縮されて建材として生まれ変わります。さて、最後の部屋へ向かいましょう。北に少し行ったところの左側にドアがあります。つまり、はす向かいですね」

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