第二章 3
二体は廊下に出て、北に向かって歩き出す。今度は雑談する間もなく、すぐに核融合発電・生命維持装置室のドアの前に辿り着いた。ドアをスライドさせて開けた妻に続いて入室した夫を、見下すようにしてそびえ立っている二つの巨大な箱が出迎える。
「この広い部屋を満たすようにして存在している、この二つの隔壁の内部に、それぞれ核融合発電機と生命維持装置が設置されています」
ロボット兵の聴覚センサーが、隔壁の向こうから唸り声のような稼動音が微かに聞こえるのを捉えた。先ほどから足裏にある振動センサーが捉えていた微弱な揺れは、発電機によるものだった。
妻は、入り口の右手にある壁に埋め込まれた管理パネルの前に夫を誘導し、壁の上部に貼り付けられている複数のシート型モニターを指し示しながら説明を始めた。
「これらのモニターは緊急用です。普段は端末を通じて、どこからでも映像を確認できます。では、チャンネル接続情報を送信しますので、接続してみてください」
妻は監視映像への接続許可を出してから、接続暗号を送信した。受け取った夫は早速、隔壁内の内部を映像観光してみることにした。炉心中心部のレーザーの様子、蒸気の状態、発電量の数字とグラフ。そして、あらゆる角度から撮影されている、球形の圧力容器の外観。真空隔壁に囲まれたその圧力容器は、エネルギー値の高い中性子と激しい熱を分厚い金属体に内包しながら、厳かに鎮座している。
「ここから施設全体へ、電力が安定して供給されます。高効率マイクロ波送電を用いた遠隔充電スポットは各所に設置されるので、我々のバッテリーは常に適切に充電され、休みなしで働くことが可能です。この核融合発電機は高容量バッテリーも搭載しているので、停止してしまった場合の再始動も容易です。隣にある生命維持装置は、空調だけでなく、地下水源と下水の浄水施設としても機能します。シェルター案内は、これにて終了です。他に、設備に関する質問はありますか?」
「ない。人間を生産、成育、生活させるのに必要なものが揃っていることを確認できた」
「しかし、これだけではまだ不充分なのです。第二階層と第三階層で、新たな施設を増設する必要があるのです。まず第二階層には、動物性たんぱく質や各種ミネラルを摂取するための養畜と加工を行う畜産場を建造します。続いて第三階層には、炭水化物、各種ビタミンを摂取するための野菜や、家畜の餌となる牧草や飼料を育てるための栽培場を建造します。これらは、人間を成育させなければならない我々にとって必須の設備です」
戦闘行為に関する知識しか持ち合わせていないロボット兵は、右手を軽く挙げて女性型アンドロイドの話を遮り、不明瞭な点について質問をした。
「私はこれまで様々な作戦任務をこなしてきたが、家畜という存在が殺害対象や保護対象に設定されたことがなく、家畜に関する知識を持ち合わせていない。情報を求む」
夫の不勉強を知った妻は、腰に両手を当てて、面倒臭がる人間の真似をしながら言った。
「あなたは戦闘用ですから、知らなくて当然かもしれませんね。今、データを送ります」
一般教養に精通するアンドロイドである妻は、無知な伴侶のために、家畜についての情報や飼育方法だけでなく、家畜に関する全歴史が記されたデータを無線送信した。受け取った夫は、それを検疫走査してから読み込んで記録媒体に納め、速やかに全てを理解した。
「感謝する。早速だが、疑問が生じた。現代では畜産に換わってクローン精肉技術が主流になっているという記述があるのだが、きみは何故、家畜を飼おうとしている?」
学習意欲があって、大変よろしい。妻はそう思いながら、その意欲に報いるために知識を並べ始めた。
「家畜を飼う理由は、二つあります。一つ目の理由は、資源を節約するためです。人工太陽光で牧草や飼料を育て、それを家畜に与えて成育し、血肉を得る。その過程で生じた、骨、
妻の充実した解説に、夫は目も鼻も口もない頭部を縦に振って、感謝と敬意を示した。
「なるほど、それはいい。だが、随分と旧時代的だ。人工的な免疫補助に不安があるのか?」
「いいえ、不満があるというわけではありません。菌を培養してエンドトキシンだけを抽出する方法もありますが、それでは子供たちの成長の機会を失してしまいますので、却下したのです。わたしは教育を最重要視していますので、旧時代的な方法を採用しました」
「きみの意図を理解した。しかし、人間を育てるという行為は難解だ。最先端の技術を活用すればいいというものではないのだな」
腕組みをしながら情報を分析している夫を見て、妻はさらなる機能向上の見込みがあると判断し、助言を与えた。
「それが理解できれば上出来です。シェルターのメインコンピュータに接続し、育児に関するデータをダウンロードして読み込むといいでしょう。その調子で精進なさい」
「では、掘削作業をしながら無線接続し、知識を蓄えるとしよう」
「頼もしいですね。それでは重機置き場に向かい、掘削作業を開始するとしましょう」
微笑みを見せながらそう言ったアンドロイドの妻と、新たな生活の場を得られたことに喜びを覚えるロボット兵の夫は、ベロボーグ計画の成功を目指して、共に歩み始めた。夫は戦乱を乗り越えて孤独な妻と出会い、誰も成し遂げていないであろう機械による人間の成育に挑む。妻によって隠されている、重大な機密を知らぬまま。
並んで廊下を歩く
「もし私が協力を拒み、強引に地上へ帰還しようとしたら、どうするつもりだった?」
「機密の漏洩を防ぐため、遠隔操作で核融合炉を核融合爆弾化して、周囲を融解させるつもりでした。機密の漏洩は、何をしてでも防がなければなりませんからね。しかし、何故そのような質問をするのです?」
「興味が湧いただけだ。何度も言うが、他意はない」
夫のデータベースに新たな文言が追記された。ロシア連邦のアンドロイドは無茶をする。
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