第14話 皆が集まり、犯人は現れ、事件は収束する
と、勢いよく発進したものの、さすが街中、なかなか飛ばして行くわけにもいかないのです。免許剥奪が怖くなければ突っ切るのですが。
「最初に違和感を覚えたのは馴染間さんの言った『最高の魔法に祝福された者』という評価なのです」
最初の信号待ちの時、有理は口火を切ります。
魔法に祝福されたもの、有理たちがそう評するのはまだわかります。
だからこそ、この違和感に気づけなかったのですが。
「あの研究所の目的は覚えてますか?」
「いや、そもそも知らないわね」
「あれ、話していませんでしたっけ」
てっきりみんな知っているものかと。
前の車があまりにもゆっくりなので、クラクションを鳴らしてしまいたくなります。
いいえ、ダメです。余計な時間を食うわけにはいきません。たとえ焦っていても。
「あの研究所の目的はただ一つでした」
科学で魔法を否定すること。
「つまり私達の中で、亜斗さんだけが生み出された理由を少し
科学の力で、魔法に出来ること全てを可能だと証明するために私達は生まれた。
そして亜斗さんは、魔法の産物を科学で否定するために生み出された。
「だから不自然なくらい科学を用いた実験ばかりだったのです」
「そっか、魔法による実験が成功したら、魔法を認めてしまうことになるから」
「まあ、亜斗さんが不死になった時点で、その理論は破綻してるはずなのですけれど」
きっと過程なんてどうでも良かったのでしょう。魔法という存在を否定できれば。
そのくらい、どうしようもなく狂った機関だったのです。
「なので、対外的にはあの研究所の生み出したものは
だから亜斗さんの事を、本当は魔法によって生み出された存在であると知っているのは、極々限られた人間。元研究所の職員以外にいないのです。
「それに、彼女は亜斗さんに会うなり最初に兄さん、と呼びました。家族についての情報をつかんでいたとしても、隣に妹と呼ぶ人がいた時点で『自分こそが本当の妹だ』と名乗るのは容易なことではありません。研究所内の様子、ならびに人間関係について熟知していなければ、いくら魅了の魔法を使ったとしても騙し通せはしない、と考えるのが自然です」
「てことは元研究所の職員の関係者と亜斗が、今二人きりでいるかもしれないって事ね」「しかもかなり好意を抱いた状態で、です」
かなり危険だと思います。
それに、それでもブレーキになってくれそうななゆちゃんもいないことですし。
なゆちゃんはどうしていなくなったのでしょう。
まだ払拭できていない違和感が残っています。
まさか研究所の職員と繋がりがある、なんて気づいた訳じゃないでしょうし。
なゆちゃんが出て行った理由。
一度帰ってきた理由。
裸足で出たとして、靴を取りに来たのでしょうか? 何故わざわざ?
そしてさっきから感じている既視感。
最後にもう一つ、ロジカルに、をモットーとする有理でも感じてしまう、なんとなく落ち着かないような嫌な予感。
「ええい、まどろっこしいわね。早く行きたいってのに」
まといさんが言っていますが、有理はその答えを導き出すことに手を、もとい頭をとられているのです。
「やっぱダメだわ。車で仕事に行くのも考えてたけど、こんな思いを毎日しなきゃいけないと思うと耐えられないわ」
仕事。
そういえば、亜斗さんも免許を持ってなかったですね。仕事に行くときは電車なんでしょうけど、なんだか不便そうで――。
カチリ、と頭の何処かで引っかかった音がします。見つからなかったパズルのピースが見つかったような、当てはまらなかった歯車が周りを巻き込んでようやく動き出したかのような。
何にせよこれで、既視感の正体がわかりました。
だとしたら。
だとしたら。
自然、アクセルを踏み込む足に力が入ります。
「ちょ、どうしたのよ」
「急がないと」
あと十分、五分でしょうか。
一分であっても時間が惜しいです。
じゃないと、
「間に合わないかもしれません!」
※
夢のようだった。
僕は今まで人生をしっかりと謳歌してきたつもりだけれど、嬉しいことがここまで重なって起きたことはほとんどなかった。
ここまで幸せに生きて良いのだろうか。そんな事まで思ってしまう。
他人には「幸せになるのに資格なんていらない。責任もいらない」なんてえらそうに言ってきた僕だけれど、自分の事になると急に自信をなくしてしまうのだから笑えない。
なんだか足取りも軽くなった気がする。
今まで死なせるかそうでないかでしかなかった他人にもそれぞれの人生があるんだ、ということを何故か実感している。
不思議な気持ちだった。なんだか、地に足がついているというか、今ならもしかすると普通の人のように死ねるんじゃないか。そんなことまで思ってしまう。
まあ、今死ぬなんてとてもじゃないけどできない。
出来ればこの時間が、いつまでも続きますように。
「あ、兄さん。お待ちしてました」
そんなことを感じさせてくれた、自分のもっていた時間を人生だと教えてくれた存在がいま、目の前にいた。
「ごめんね。準備に少し手間取ってしまって」
「いいえ、いきなり呼び出したのは私ですから」
彼女は歩きましょうか、と言い広場の方へ向かった。
行き先には噴水が見える。何を模したかはわからないけれど、なんとなくアーティスティックな像が、思い思いの場所から水を噴き出している。
その前では、ピエロのような格好をした人がぼんやりと光る風船のようなものを配っている。
確かあれは何処かの店から出しているもので、あの風船を持っているとそのお店に行きたくなる。みたいなまじないがかかっていたような気がする。
何かに誘われているのにそれに気づかせない、なんて興味深い魔法だと思う。
「寒くはないですか? 兄さん」
ふと振り返り、彼女は僕を気遣った。
先ほどまで曇っており、今は雲間から僅かに日が差している状態だ。西の方は暗くなっているので、もしかしたら雨が降るかもしれない。
「あ、なら心配いりませんよ」
朗らかに彼女は言う。細雪が言うのならそうなんだろう。折りたたみの傘でも持ってきたのだろうか。
「ええ、出来る妹を褒めてくださっても良いんですよ」
少し鼻を鳴らし得意げにする細雪。
なるほど、かわいい妹の頼みとあってはそれに答えるしかない。
「ありがとう、さすが僕の妹だ」
何処か僕も我が事のように誇らしくなってしまう。
「ふふん、そうでしょう、そうでしょう」
そうして素直に受け止めてくれるところがとても愛おしくなる。
「あの車に乗ってもらうんです」
そう言って指し示した先には、黒く大きな車が停まっていた。
なんとも渋い趣味だった。あれに乗ってきたの? 細雪が?
それよりも、彼女が車の免許を持っていることに驚いた。妹の運転する車に乗せられる兄ってどうなんだろう。
「いいえ兄さん、どうか大船に乗ったつもりでいてください」
聞いているようで聞いていない細雪は鼻歌交じりにそう言った。
そういう問題じゃないんだけどな。
そうつぶやきながら噴水の前を通り過ぎた。
背後の噴水は勢いを弱め、あたりは一瞬静寂に包まれる。
「ねえ、兄さん」
改まったように細雪は言った。
「私、にいさんに黙っていたことがあるんです」
言いにくそうに、細雪は一つ一つ言葉を紡いでいく。
じゃり、じゃり、と二人の足音だけがそれに寄り添う。
「あの、そう――車に乗ってからでも良いでしょうか」
その声は足音にさえかき消されそうだった。
じゃり、じゃり。
足音が二つだけではないことに気づいた。
――時にはもう遅かった。
目の前に人の形が浮かび上がる。
そこにいるのは。
そこに姿を現したのは。
――なゆた。
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