第15話 事件は終わりましたか? 1


 到着するなり有理たちは車から飛び出します。


 時間的にまだ遠くへは行っていないはず。


 階段を駆け上がり、噴水を目の前に望んだところで、


「まにあ……った?」


 そこになゆちゃんがいました。


 けれど様子がおかしいのです。


 馴染間さんと亜斗さんが並ぶその先に、相対するようになゆちゃんがいます。


 そこまでは有理の推理通り。


 なゆちゃんはそのまま馴染間さんを睨み付け、そして――


 そして、


 有理の推理が正しければ――なゆちゃんがここに来た理由が有理の推理通りなら、

何もしないはずがないのです。


 何故なら、なゆちゃんはここに馴染間さんを殺害しに来ているはずなのですから。 


 けれど、なゆちゃんは何もしない。


 ただ、馴染間さんをきっ、と睨み付けるだけ。


 いや、何もしていないんじゃない。


 すでに何かしようとしているのでは……。


 睨み付けていたなゆちゃんの表情から、ふっと力が抜け、一瞬不思議そうな顔をしました。


 その瞬間、有理には全ての謎が解けたのです。


 そして、亜斗さんだから出来たなゆちゃんへの贈り物も。





 目の前の現実が信じられなかった。


 何処にもいなかったはずのなゆたがそこにいる。


「なゆた?」


 僕の声かけに一度だけ視線を向けるも、なゆたはずっと細雪の方を見つめている。


 迫力や威圧というより、何故そんなことをしているのかわからない、という疑惑によって僕たちは動くことが出来ない。


 その手には武器もなく、服装もいつもと変わらない。


 今まで何をしていたのか。


 何をしに出て来たのか。


 今、何をしているのか。


 濁流のようにあふれ出てくる疑問が、僕の動きを鈍らせる。


 その時。


「確保おおおおおおおおおお!」


 聞き覚えがあたり一帯に響く。それに驚いてか、細雪は車の方へ走り出していた。


 けれど、それよりも遙かに速い見覚えのある影――まといがどんどん距離を詰めていく。 そして追いつくなり勢いそのまま、思い切りボディを殴った。


 僕たち四人の中で、実は一番肉弾戦に強いまとい。


 その一撃は細雪の意識を飛ばすに充分だった。


 まといの後ろ姿を見送ったとき、一瞬だけなゆたの表情を見ることが出来た。


 けれどその表情から、僕は何かを察することは出来なかった。


 ――どうしてなゆたは、あんなに悔しそうな顔をしていたのだろうか。




「で、どうすんのよ。この子」


 意識を失った細雪と、僕たち四人を有理の軽自動車に無理矢理詰め込み、僕の家へ揺られること三〇分。


 細雪は鎖によって完全に拘束されていた。


 指示と鎖は有理のものだった。どうして鎖を車に積んでいたかは、この際聞かないことにした。


「どうって……えっと、考えてませんでした」


「はあ? あんたが確保おおって叫んだからその通りにしたんじゃない」


 小さくなる有理を呆れたように見るまとい。


 後先考えず、深い事情も知らず、あれだけ思い切りボディーブローを入れたまといが、改めて恐ろしくなった。


 その騒ぎを尻目に、なゆたの方を確認した。


 なゆたがこの家にいる。


 なくして初めて気づくこともある、なんて言い回しを聞いたことがあるけれど、今回ばかりは初めて気づくようなことはなかった。


 なゆたがいないと、僕には何も出来ない。そんなことは始めから知っていたからだ。


 帰宅してからもなゆたの表情は沈んでいた。また何処かへ行ってしまうんじゃないかと目を光らせていたけれど、もうそのつもりはないようだ。


「そもそも、この子となゆたに何があったのよ」


 仕切り直すようなまといの台詞に、有理はいつものようにこう答える。


「初歩的な事です」


 と。


「有理はなゆちゃんの行動にある既視感を覚えていたのです」


 有理は部屋の中を歩き回りながら話し始める。


 なお、なゆたとまといは今外にいる。なゆたに聞いて欲しくないことがあるらしい。


 まといは「あとで聞かせなさいよ!」と行ってからなゆたの手を取った。


「行動って?」


「つまり、なゆちゃんが一度姿を消して、また一度亜斗さんの元へやってきてから何処かへいってしまう。という行動なのですが――ズバリ言ってしまうと、亜斗さんが仕事へ行くとき、特に誰かの命を奪うときと同じ行動パターンなのです」


 僕の行動パターン。


 一度対象の行動を把握しに出て行ってから、もう一度帰ってくる。そして準備を整えてからまた何処かへ行ってしまう。


 言われてみれば、なゆたと僕の視点がそのまま入れ替わったように、同じ行動をなぞっているように思う。


「じゃあ、なんでそれをなゆたが」


 その言葉に、待ってましたとばかりに有理は人差し指を立て説明する。


「まずは一つ、研究所から抜け出してこれまで、亜斗さんが出会ったのは仕事の依頼者かターゲットのどちらかのみでした。依頼者は当然事務所の方で会っているでしょうから、外で出会うのはターゲットのみ。そしてそれはなゆちゃんも一緒です」


 確かにそれもほとんど事実だ。


 だからと言って僕には、何が判明していっているのかわかっていない。


 もしかして、


「だから――あの子のことを殺す相手だと? じゃあ、なゆたの中には僕たちか、依頼者か、ターゲットしかいないっていう――」


「ないとは言い切れないのです。実際有理もそうでしたから」


 そういって有理はたわむれに指を振る。


「自分の周りにいる人間が、亜斗さん達か、敵か、どちらかにしか見えない時が有理にもあったのです」


 その言葉が僕の中に影を落とし、空洞になった体の中をまっすぐに、深く深くへ入ってくるようだった。


 僕にも思い当たる節がないとは言えない。


 なゆたがそうかはわからない。けれど一番幼いなゆたが、それこそまといのように人間関係や倫理観を一から積み上げるような精神力があるはずだ、とは到底思えない。


「世の中にはいろんな人がいて、自分に関心を持ってくれる人もいれば、敵対する人もいる、そして全くこちらに関心を持たない人もいる。なんて有理には信じられなかったのです」


 本当に最近まで。と有理は付け足した。


「そして二つ目、今回偶然、亜斗さんが依頼を受けたときと同じ状況になってしまったのです。つまり一度目になゆちゃんを有理たちに預けて、知らない人に会いに行き、二度目――その日の夜にもう一度亜斗さんは馴染間さんに会いに行く、という状況に」


 頭の中に、その時々のなゆたの表情が浮かんでは消え、浮かんでは消え、一つ一つの意味を僕に知らしめているようだった。


「そして多分、有理たちと留守番していないときは、亜斗さんにこっそりついて行ってたのではないでしょうか。ここはあくまで憶測なのですが、いつだって亜斗さんにべったりななゆちゃんが大人しく待っていられるとは思えません」


 と言うことは、その日の夜も、おそらくなゆたは僕についてきていたのだろう。


 あの時起こしてしまったとばかり思っていたけれど、一足先に帰って寝た振りをしてただけだったのか。


「けれど、亜斗さんはその子に手をかけたりはしませんでした。そこでなゆちゃんは思い出します。亜斗さんの仕事を、なゆちゃんも出来るようになりたい、という話を。けれど亜斗さんは乗り気ではありませんでした」


 そうだ。


 なゆたに汚い世界を見せたくない。好き勝手殺して、それを暇つぶしにしていた癖に、なんて勝手な事をいっていたんだろう。


 それも、ついてきていたと知った今ではもう遅い。


「いいえ、亜斗さんが手をかけたのは敵討ちだとか、そうされても仕方ない人で――」


「それでも」

「それに!」


 有理の話を遮ろうとしたが、さらにそれを遮られてしまった。


「亜斗さんには、意志次第で命を奪うことが出来る亜斗さんだったからこそ、なゆちゃんにしてあげられたことがあったのです」


 その言葉に一瞬、僕の時間が止まる。


 そんなもの、


「そんなもの、あるわけが――」

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