第13話 探偵の推理中はお静かに 2

「おかしい」


 開口一番、まといさんはそう言います。


「有理もそう思ったのです」


 あれが亜斗さんの見た目をした違う人だと言われても頷けます。


 なゆちゃんを置いて他の人に会いに行くのも、あれだけ落ち込んでいたのに急に回復したのも、そしてなによりもっと深刻なものがあるのです。


 けれどまずは、なゆちゃんのことを考えるべきなのです。最悪それさえ解決すれば亜斗さんが元通りになる可能性もあります。


 なゆちゃんはどうして出て行ってしまったのでしょうか。


「家出?」


「あるかもしれないですけど、それだと一度家に帰ってきた事に説明がつかないのです」


 亜斗さんの言ったのが夢だと片付けてしまえばそれまでなのですが。


「ああ、あれは夢じゃないわよ」


 もうすっかり汗をかいたアイスコーヒーに口をつけ、まといさんは言いました。


「そうなのですか?」


「ええ――靴がね、無くなってたのよ。あの子最初にいなくなったときは靴も履いてなかったのかも」


「そうですか、ならやっぱりなゆちゃんは一度帰ってきたというわけですね」


「そうね」


 ううん、だとしたら……。


「気まぐれ」


「無いとは思うけど、言い切れないのもなゆたなのよねえ」


 ――否定出来ません。


「あとは……何かから逃げてる、とか」


「逃げてる、ねえ。となると」


「何から、ということになりますけど、タイミング的に馴染間さんしかないのです」


「何かあの子から逃げる理由でもあるのかしら」


「今になって怪しくなってきましたけれど、なゆちゃんに怪しまれる事なんて無かったと思うのです」


 ううん、ちょっと八方塞がり感があります。


「例えば、恋愛的な……こう、押して駄目なら引いてみろ。みたいな」


「あんた本当にそう思ってる?」


「だったらいいなーって」


「はあ……」


 ため息をつかれてしまったのです。


 なゆちゃんに関しては考えられることが少なすぎます。


「亜斗さんの様子がおかしかったのも気になるのです」


 あんな亜斗さんは見たことがないのです。


 魂が抜けてしまっているような、それこそ大切な何かを失ってしまったような感じです。だからといって、なゆちゃんがいないからああなった、という感じでもないのです。


 なんというか、ううん。


 なにかが、何かが引っかかっているのです。頭の中には浮かんでいるのに、それの輪郭が上手くとれないみたいな。


 もやもやします。気持ち悪いのです。


「最悪、何もわからないでもいいから、なゆたが帰って来るような方法とかないかしら」


 あんたの前で言うのもなんだけど、謎を解かなきゃいけない道理もないわけだし。


 少し投げやり気味にまといさんは言います。


 けれど確かにそうなのです。有理は頭を使って問題を解くことに、常日頃重きを置いていますが、今回に限っては別に解かれる必要もないのです。


 なゆちゃんが帰って来ること。それより大事なものはないのです。


「だから――それこそ、家の前で張ってなゆたが次にあいつの顔を見に行ったときに捕まえるとか」


「姿が見えない相手から隠れるのは、あまり賢いとは言えないのです。それに、何か理由があって姿を消したなら、また何処かへ行ってしまって終わりです」


「まあ、そうよね」


 ふー、と脱力し、天井を仰ぎ見るまといさん。


 回転している有理の頭を、まだなにかが引っかかるのです。何か、既視感デジャビュのようなものが……。


 一度いなくなって、ふらっと帰ってきて、またいなくなる。


「にしても」


 そんな有理の思考は、まといさんの一言で一旦中断します。


「科学だの魔法だの、ややこしいことしてくれたわね。普通の家出なら探しようもあったでしょうに」


「有理達のことですか?」


「そうよ」


 まといさんは一旦口を閉じ、ドーナツを一かじりしてから話し始めます。


 ちなみにそれは有理のドーナツです。


 有理のドーナツです。


「今更何を言ったって仕方ないけど、あんなにすぐ心を開いたのだって、不死性で人から避けられてたからじゃない。それだけでまるで魅了野魔法にでもかけられたみたいに――」


 魅了? 違います。確かにそれもそうですけど、その前の言葉で、えっと、そうじゃなくて。


 ひっかかっていた部分が明確な姿をかたり、パズルのピースのように繋がっていきます。


「まといさん、魅了の魔法って言うのは、かけられただけであんな風になってしまうのですか?」


「そう――そうよ、あの姿はまんま魅了の魔法にかけられた形だわ。ああ、なんで気づかなかったのかしら。今時魅了魔法なんてかけるやつがいるなんて」


 まといさんは苦い顔をしています。


「そんなに珍しい魔法なのですか?」


「使いこなせる状況がほとんど無いって言う点では珍しいわ。魅了ってのは相手が自分に好意を抱くようにするんじゃなくって、相手の思考に自分への好意を割り込ませるものなのよ。だから、よっぽどカリスマ性があるとか、事前に手回しをして好感を抱かせておくとかしておかないと、違和感ですぐ看破されるものなのよ」


「けど、今回は血の繋がった家族で、しかも亜斗さんにとってそんな存在は初めてだったから」


「そう、『そんなものなんだ』と思ったでしょうね。あいつは」


「けれど、違和感には有理たちが気づいた」


「そうよ」


 有理とまといさんの共通認識。


 亜斗さんが、たとえ血が繋がっていようとも雨乞なゆた以外の存在を妹と呼ぶわけがない。


 それは、たとえ天地がひっくり返ろうとも、亜斗さんの中身が入れ替わろうとも、あり得ない事なのです。


 なるほど。なら、話は繋がったのです。こうしてはいられません。


「早く出ましょう。亜斗さんのところに急がないと」


 有理たちは近くに停めていた車に乗り込みます。


 まといさんには何も言っていませんが、黙ってついてきてくれます。


 その辺りは道中で運転しながら説明するのです。


 エンジンをかけ、しっかりと前後を確認します。


「行きますよ! タマ三号!」


「あんたやっぱそのネーミングセンスおかしいわよ」


「うっせーのです!」


「あとハンドル握ったら性格変わるのも」


「HAHAHAHAHA!」


 そう、つまりこれから始まるのは回答編なのです。


 安楽椅子探偵を名乗るなら、歩き回りながら説明しなくてはならないのですが、今回は急ぐ必要があるのでそれは泣く泣く諦めます。けれど、この台詞は外してはならないのです。


「――さてぇ!」

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