第10話 ワールド イズ マイン!!


 三日が経ちました。

 

 有理は毎日のように考えていますが、その成果はあまりかんばしくありません。


 全然足りていないのです、データが。何を考えるにしてもデータが少なすぎて、このままではただの妄想でしかありません。灰色の脳細胞なんて聞いて呆れます。


 大切な人がこんなにも悲しんでいるのに、困っているのに、なにも出来ないなんて。


 大切な人が何を考えてそうしたか、全然わからないなんて。


 これはもしかすると有理の悪い癖なのかもしれません。なんでも頭で考えようとしてしまう。これが数字なら、データがある程度揃っていれば何も考えなくても算出できます。だから有理は自分の頭を使うためにいろんな事を思考します。


 けれど、それも本当なら必要ないのかもしれないのです。というか、必要ないのです。人間関係を構築するにおいては。


 けれど有理は不安になってしまいます。本来ならばそういった論理ロジカルの外にある人間の想いや感情を、どうにか理論的に求めてしまうのです。


 こうすればこの人はこんな行動をするだろう。そんな推論が当たったときに、初めて有理は不安から解放されるのです。


 そんな、ある意味冒ぼうとく的な人間関係を築こうとしてきた反発が、今こうして有理に返ってきているのです。ええ、そうです、有理は悪い人間でした。それは反省します。次からは二度としません。


 だから神様――いいえ、誰でもいいのです。なゆちゃんを、どうにか返してください。


 その時。


 ガン! と、扉を蹴破らんばかりに叩かれる音がしました。今ちょっと有理は人に会えるような顔をしていないのです。どちら様でしょうか。


「うっさいわね、ごちゃごちゃ言ってないで早く開けなさい」


 扉を開けると、友達の家を訪ねるには全然全く不適な、眉間にしわを寄せたまといさんの姿がありました。


 まといさんは私の顔を認めると、打って変わって不敵な笑みを浮かべました。


「あんたの泣き顔なんてこちとら見慣れてんのよ。いいからさっさと入れなさい」


 なんだかんだ言ってまといさんには敵いません。有理はすごすごと体を避け、我が物顔で廊下を進むまといさんを見送りました。


「あたしこの間この部屋片付けたわよね? なんでこんなに散らかってるわけ?」


 扉を開けたまといさんは、部屋を見るなりそんなことを言います。


「そんな、そんなに散らかっていないのです。散らかっているように見えたとしても、これはせいぜんと物が広がっているだけなのです」


「うっさい」


 有理の理屈はまといさんによって一蹴されてしまいます。


 有理的には何処かに収納するよりも、使ったところに置いておくことで、いずれもっともよく使われる平均位置へ自動的にそれが移動する。という理論を提唱し、実践しているだけなのです。


 ほら、実際使われる位置と使われない位置が上手く干渉し合い、宇宙の大規模構造のようになっているのです。有理はいま、ボイドを足の踏み場にして生活しているのです。


「まずは片すわよ。こんなんじゃ落ち着いて話も出来やしない」


 そういって鞄の中に入れていたゴミ袋を広げるまといさん。


「ああ、やめてください! 有理の宇宙が! 銀河群が!」


「はいはい」


 有理の意見など意にも介さず、まといさんはゴミを捨て続けます。


 ……正直助かります。


 有理がやると三十分はかかるであろう作業を、まといさんは十分もかからず終えました。このあたりはさすが、慣れたものです。


 有理はさながら監督しているかのように、うんうんと頷きます。


「あんたも他人事みたいに言ってないで手伝いなさいよ、というか、全部自分でやんのよ」


 そんな有理に厳しめの目を向けるまといさん。


 けれど有理には伝家の宝刀があるのです。


「まとい姉えは厳しいのです」


「あんた――だから、そういうさあ!」


 効果は抜群だったようで、いきなり手のひらをこちらに向け、ばたばたと動かします。


「まといねえねの妹でいられて嬉しいのです」


 自分で言うのも悔しいですが、有理の見た目におけるロリ具合はなかなかの物なのです。だからこうしてまといさんを落とすことなんて、それこそ朝飯前なのです。


「ほんとそういうとこずるいわ」


 歯を食いしばりながら、憎々しげにまといさんは言います。


 ふふ、計算通り。有理は眼鏡を押さえるのです。


 さて、部屋が片付いたところで本題。


 有理はコーヒーと紅茶をもってきます、ようやく話がスタートするのです。


「さあ、どっから話したものかしら」


 コーヒーを一口含んでから、ため息交じりにそういうまといさん。


「亜斗さんは今どんな状態なのですか?」


 なゆちゃんがいなくなった、と半狂乱になった亜斗さんから辛うじて聞いたのが三日前。


「ああ、いや、あんまり変わんないわね。昨日見に行った感じじゃ」


「そうですか……」


 唯一、絶対に死ぬ事が無い、ということだけが不幸中の幸いといえるのでしょうか。


 亜斗さんがどの程度死なないか、というのは実際の所明らかにされていません。寿命が来れば死ぬのか、死の呪いは効くのか、不死の力を無効化する魔法はあるのか、私達も知らないし、研究所でも実験されていないのです。


 なぜ実験されていなかったかというと――


「ねえ、きっかけは何だと思う?」


 有理の回想はまといさんの一言によって中断されます。


 きっかけ、といっても考えられるのはやっぱり――


「そうよねえ、やっぱりあの子よねえ」


「そうときまったわけではありませんけど、全く関係がないとは言えないのです」


 動物園で出会った亜斗さんの妹を自称する彼女。


「あの子、本当に亜斗の妹だと思う?」


「だったらいいな、と思いますけど」


 人生がそう上手くいくのでしょうか。


「あんた、遺伝子の一致率とかわかったりしないの?」


「もしDNAが視認できれば可能なのです」


「無理って事ね」


 電子顕微鏡なんかを使えばあるいは何とかなるのかもしれないですけど、有理の場合も同じく、自分がどこまでの数字を計算し、測ることが出来るのかわからないのです。


 はあ、とまといさんはため息をつきます。有理もそんな気分なのです。


「幼い頃に生き別れた兄妹が、兄は研究所に連れて行かれた後に数年を経て出会う確率って何パーセントくらいだと思う?」


「計算は出来ないですけど、めちゃくちゃ低いと思うのです。それこそ春真っ只中のいま雪が降るくらい」


「雪見桜ねえ、ドラマチックで綺麗な光景だと思うけど」


 現実にあったなら、という前置詞がそれを見るのを邪魔します。


 なゆちゃんが何処へ行ったか、あの人が本当に妹なのか、考えなくちゃいけないことが多すぎるのです。普段の有理なら狂喜乱舞していたでしょうけれど、今回は背負っている物が物だけに、そういうわけにもいかないのです。


 けれど、有理から頭を使うことを除いてしまったら、ただの可愛らしい少女なのです。もっと回転を上げていかないといけないのです。


 有理は立ち上がって、戸棚の中からかりんとうを出します。普段はラムネをかじるのですけど、今日は切らしてしまっています。


 有理は両手を目元に当てて、軽く下を向きます。ぐりぐりと眼球を揉むように圧迫して。


 一緒に考えてくれるまといさんにはかなり失礼な姿勢なのですが、今までもこうしてきたので、まといさんから文句が出ることがありません。


 カチカチと脳内の歯車を1つずつ合わせていきます。


 さあさあ、回しますよ。灰色の脳細胞をどんどん回していきます。世界を回していきます。


 世界は有理を中心に回ってるワールド イズ マイン! なのです。


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