第3話 それじゃあ、動物園へ行きましょう!

一応、科学と魔法ははっきりと分かれている。それは所属する人間の仲がどうこうというわけではなく、技術やそれを扱うノウハウが全く違っているからだ。

 

 研究の結果生まれた五人の中では、僕だけが魔法や魔術によって生まれたらしい。

 

 科学が取り扱うのは再現性のあるものだけだ。

 

 同じ条件下で同じ数値が出るものだけが、科学の分野で取り扱うことができる。

 

 けれど魔法における条件は数値で測れる物だけではない。

 

 例えば環境、例えば本人の資質。属性や媒体、ものによっては力を貸してくれる精霊まで、科学的に観測できない条件が絡んでくる。

 

 だから僕みたいな突拍子のないのが生まれる。

 

 つまり、科学技術を扱う人間にとっては、魔法はいつ失敗してもおかしくない不正確な物であるし、同じく魔法側の人間にとっては、人間の限られた力だけで無茶をしようとする不確実な物だと聞いたことがある。

 

 お互いに「扱いづれーなー」と思っている、というわけだ。

 

 例えば、科学の粋を集めればさっきまでいたビルのように何十階建てでも倒れないような建物を作ることができる。

 

 あんな大きな建物、下の方がいつ潰れてしまわないかと心配になってしまうけれど、その辺りは化学繊維だとか、特殊な材料を使っているのだろう。

 

 ただこの辺りになると、そういった高層ビルは徐々に姿を消し始める。

 

 魔法の粋を集めれば、何十ものフロアを一階建ての中に納めることができるからだ。

 

 今向かっている魔法街の方が田舎に見えるのはそのためだろう。そもそも高い建物を建てる必要がないのだ。


「あー、もうなんか気持ち悪いわ」

 

 歩くたびにブーツをぎゅこぎゅこ鳴らしている彼女は、一層低いトーンで言う。


「もうちょっとで着くから」

 

 景色を見回しながら僕は言う。建物が低いので遠くの空まではっきりと見える。

 

 僕はどちらの雰囲気も好きだ。

 

 二つの文化が国のようにはっきりと分かれているというわけでは無い。今歩いている歩道の模様みたいに、まだらにお互い存在しあっている。

 

 けれど、僕らのような若い人間にはピンとこなくても、少し世代が上だったり、そう言った教育を受けてきた人間にとっては、まだまだお互い忌避すべきものだったりもするらしい。

 

 何年か前にもそのあつれきから大きな事件に発展した事があったとか。

 

 幸か不幸か、僕たちは研究所で箱入りと化していたので詳しくは知らない。

 

 ちょうど僕なんかは、その時様々な実験を繰り返される日々だったように思う。もちろん、倫理は遙か後方へ置き去りにしたようなものだった。

 

 科学的な見地による僕の能力は――


「はっきり言ってわからない」

 

 らしい。まあ、音の高さを定規で測るようなものだから、根本が違う。

 

 頑なに魔法による実験を行わなかったのも少し疑問だったけれど、今となっては上の人がそういう人だった、ということなのかもしれない、と思っている。

 

 ともあれ、実感したのは「とにかく死なない」ということ。

 

 そして、首一つにされたり、全身を焼かれたり、酸で溶かされたりするととてつもなく苦しいと言うことだ。

 

 老婆心ながら申し上げると、もしそういう目に遭いそうになった時は覚悟した方がいい。

 

 ぽたりぽたりと、彼女の長髪から垂れていた滴も大人しくなった頃。

 

 すれ違うものが、散歩している犬や自動車から、ごちゃごちゃとした看板の奥でふんわりと漂う光球だとか全身真っ黒な人間らしき影になり、一気に怪しくなってきた。

 

 入り口付近で僕の膝丈ほどの子供が何かを撫でている店や、強烈な――僕自身は少し癖になると思っている、煙の匂いを吐き出す店の並びを越えた辺りにそれはある。


「ここなら乾くんじゃない」

 

 僕らが来た広場の中央には四六時中燃えさかる、かなり大きなかがり火が置いてある。

 

 火事になるんじゃないかと不安にはなるけれど、その辺りの安全は確保してあるらしい。

 

 実際、触れても火傷しないんだとか。

 

 そんなかがり火の前に、見覚えのある人影が。

 

 あ、違う。目を見張るほどの美少女が一人――といっておかないとあとですねてしまう。


「ふっふっふ、やはり来ましたか。有理の推理通り」

 

 不敵な笑みを浮かべて眼鏡を上げる彼女――目を見張るほどの美少女は、有理ゆりと言う。

 

 ある程度のデータさえ揃っていれば、視認できる身の回りの数字、例えば人間の体重だとか雨が降る確率だとかを把握できる、演算装置である。

 

 明るめのショートボブに、整った顔立ち、見た目は完全にちょっと抜けた女子高生なのだが、中身は好んで頭を使いたがる奇人変人だ。

 

 ただ、ちょっとしたアクシデントがあったみたいで、集合時間に間に合いそうにないから先に行っていて欲しい。という連絡が入っていたのだ。

 

 まあ、十中八九寝坊だろうけど。

 

 なので、てっきりタクシーなんかを使って現地にいるものだと思っていたのだが。


「何でここにいんのよ……」

 

 腰まである黒髪に意志の強そうな目、橙に近い瞳をしたそめまといはうんざりしたように言う。

 

 そんなことを聞いても、きっと無意味だろうに。

 

 彼女は推理を披露するとき、決まってこう言う。


「さて」


 ――と。



 まといはかがり火に近寄り、暖を取るかのようにその身を乾かしている。ぱっと見はかがり火を操っているみたいだ。まあ、パイロキネシスを使えるので、あながち間違った表現でも無いのだけど。


 僕らの他にも何人かはこの広場でかがり火を見ている。


 聞いた話によると、恋人達のデートスポットとしてたまに利用されるんだとか。言われてみると確かにカップルが多いように思う。みんな揃って火を見ていると思うと、なんだか妙な気分になるけれど。


「ポイントは、久しぶりのお出かけとまといさんのアレルギーの時期です」


 人差し指を立て、てくてくと歩き回りながら説明する有理。僕は暇つぶしにそれを聞いている。


「昨日までの天気と気温から、今日まといさんの症状がひどくなる確率を算出しました」


 有理のブーツの音が、メトロノームのように規則正しく鳴り、徐々にその話の輪郭を滲ませる。


 ぼーっとしていると、さっきの光球らしきものがついてきていた。


 彼? は妹に興味を持ったみたいだ。


 妹も楽しげにそれが左右に行き来するのを眺めている。僕は妹にいとも簡単にそんな可愛らしい仕草をさせたその光球に、少し嫉妬心を覚える。


「つまり、まといさんがここで濡れてしまったおニューの服を乾かす確率は、実に九割を超えていたのです!」


 きゅぴーん、と口で効果音をつけつつ、有理は眼鏡を押し上げる。


 前面を乾かし終わったようで、火に背中を向けながらまといは言った。


「あんた、ちゃんとなゆたのこと見ときなさいよ」


 確かにそうだ。僕はしっかりと妹の手を握り直す。目を離すとすぐに何処かへ行ってしまいそうになるんだ、この子。


「ええ! 有理のことは無視ですか! いいんですか! 有理は寂しいと爆発するのですよ!」


 どたどたと全身で存在をアピールしながら有理は言った。


 まといはそれにうんざりするように返す。


「死ぬんならもうちょっと静かに死になさいよ」


 そんな漫才を横目に、僕は妹の方を見やる。


 特に僕の妹、あまなゆたは、見失うとそれ以降見つけられなくなる可能性が充分にある。


 というのも、僕の妹は姿を消すことができるからだ。比喩表現でも何でも無く。


 人間の可視光の中にも、それに紛れ込むように見えない光の波長というものが存在する、らしい。なゆたは自分から反射した光を調節し、目の前からだって消えてしまう。


 透明になるわけじゃない。機械には見つかってしまうし、影はできる。けれど、服だけが浮いていることはないし、こうして人混みの中や、薄暗くなってくると、まあ見つけられなくなる。


 それを知っているから、今まで彼女を見失ったことは無いけれど

――また不安になって、握る手に力が込められる。


 この辺りは妹の興味を引くものが多すぎる。


 ひらひらと舞う一メートルくらいの半透明な蝶。


 マリモを三つつなげたような何か。


 燃えさかる炎も先ほどから勢いを増している気がする。


 道ばたを歩いている蟻にさえ長編映画の如く見入ってしまう妹が、こんな光景を見て耐えられるはずもない。


 僕だってこの光景に少し見惚れているし、仕方の無い事だとも思うけれど、でももうちょっと落ち着きをもって欲しい。


 キラキラしたものばっかりじゃないんだ。


 あの左奥に見える同じ黒服、同じ顔に見える三十人くらいの集団は子供を連れ去って怪しい儀式をしているなんて噂がある。

 あの幻想的な蝶だって実は触れると死ぬこともあるそうだ。

 いろんな空間をつなぎ合わせているから、一歩横の通りに出るだけで県外に出ることもある。


 迷子になって欲しくないところナンバーワンがここである。それはもう、小さい子を連れている人間の共通認識だ。


 親によっては、「あそこに行くと鬼に食べられる」なんて言って躾ける所もあるらしい。


 可能性がゼロじゃないのがまた恐ろしい所なんだけど。


 仕事柄、ここに来て何本か腕をとられた事もあった。

 僕から無くなったパーツだけで三人くらいの人間が作れると思う。

 引っこ抜かれて一番痛いのは案外手首だったりする。覚えておいて損はないだろう。

 首とか足になると、案外痛くない。というかそれどころではなくなる。


 かんきゅうだい


 言い合いをしているうちにすっかり乾いたであろう服をぼふぼふとはたいてから、腰のあたりに手を当て彼女は言う。


「嫌いなのよね、この町」


 服についた匂いを気にし、顔をしかめる。


 服を乾かすという恩恵を受けておいて勝手な事を、と思わないでもない。


 けれど、それも仕方の無いことなんだろう。


 彼女はその力のせいで魔女扱いされることもある。

 この近代で魔女裁判が行われることはないが、それでも謂われのない疑いをかけられるのは良い気分ではないだろう。


 大きくため息をついてから、彼女は外へ向かう。


 有理と僕たちも、置いて行かれそうになりながらもそれに続く。

 直後。


 あたりがにわかにざわついたような気がした。僕らを捉えるようなねっとりとした視線を感じる。


 まといと有理もそれに気づいたようで、上手くそれらをかわすように歩いて行く。


 そうして僕らは動物園への道を改めて歩き始めたのだった。


 とまあ、こうして四人がちょうど出揃ったので、もう一度紹介しよう。


 超自然発火現象パイロキネシス使い、染野まとい。


 演算装置、数寄屋有理。


 人間消失、雨乞なゆた。


 死神こと僕、雨乞亜斗あと


 そんなモルモットこと四人は、こんな風にそれなりに楽しく暮らしているのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る