第4話 それじゃあ、動物園へ行きましょう! 4

 少し前、まといと最近のドラマについての話をした。


 この時期にやっているドラマの中で職場内の人気が最も高いのが、生き別れの父親を探しに行くという話らしい。


 まといは感動ものに弱いので、かいつまんでしか見ていないみたいだ。


 さて、家族同然に仲のいい僕らだけれど、本当の家族というものを誰も知らない。


 これからするのは、そんな僕が彼女に出会った話。


 年齢はなゆたと同じくらい。


 目を見開いた彼女は、一言目にこう言った。


「兄さん?」


「…………誰かな」


 広場の中で僕の声だけが響いた。


 ――話は少し遡る。



 僕の予想に反して、車内に乗客はあまりおらず僕ら四人は並んで座ることが出来た。


 規則的に来る電車の揺れが、自然にこうらく気分を盛り上げてくれる。


「電車に乗るのは久しぶりですけど、落ち着くというか、なんというか、眠くなりまぅん」


 世間話を始めつつ、有理はそのまま眠りに落ちた。話題提起だけをしてそのまま去っていかれたのは初めてだ。


 まあ、降りる駅はさっき教えてもらったからそこで起こせばいいだろう。


 枕にされているなゆたは、全くそれを気にする様子がない。


「はあ、電車の席に座ったのっていつぶりかしら」


 いつも通勤ラッシュに飲まれているまといはそんなことを言う。


「毎朝お疲れ様ですよ」


 まといと同じく人混みが苦手な僕は、毎朝電車通勤が出来る彼女を心底尊敬している。


「いやまあ、あたしも得意じゃないっていうか、むしろそれだけで車を買おうか悩んでるくらいなんだけど」


 おお、車。


「まあ、あくまで悩んでるだけなんだけどね」


 そう言い、まといは目をそらした。


 まといが乗るとすればどんな車なのだろう。案外可愛いものが好きなので、丸っこいコンパクトカーなんかを選びそうだ。


 車か……あったら僕みたいなのでも使うようになるのだろうか。


 仕事なんかでもあったら便利――なのかなあ?


 この四人の中で免許を持っているのは、意外にも有理一人だけなのである。取った理由はただの暇つぶし。


 有理は何処かへ勤めているわけではなく、その頭脳を使ってトレーダーのような事をしているらしい。それもきっと同じくただの暇つぶし。


 けれど彼女の場合、それとプラスしてその頭脳を持て余さないようにしている側面もある。


 考えずとも計算、測定が出来る彼女は普通の人間の半分ほどしか考える必要がない。

 そして生来、彼女は何かを考えている時間が好きだったようで、それが大幅に短縮されてしまった結果、計算の必要がない哲学や文学、心理学などに興味をもつようになった。


 トレーダーもそうらしい。目に見える数字以外の様々な条件がその昇降を決める。それが今のところはとても楽しいんだとか。


 そんな有理は今、口をぽかんと開けて爆睡中であるが。


 僕もそんな似たようなところはあるかもしれない。


 僕はなんでも屋のようなことをやっている。依頼によっては命の危険にさらされることもある。


 死ねないからこそ、死ぬかもしれない危険に身を投じようとしているところは否定できない。


 僕たちはどうしようもなく普通の人とは違う。だからこそ自分にないものをずっと求め続けているのかもしれない。


 そう考えると、僕たちの中で一番社会に溶け込んでいるのがまといだったりする。


 たしか、何処かの会社の受付嬢をやっていた気がする。多分、一番のエリートだ。

 遊びに行ったら怒られると思うので、どんな姿で働いているかは永遠の謎となるだろう。


 一旦会話は途切れ、僕も窓の外に目をやる。


 トンネルを抜ける毎に、徐々に目の前の景色には緑が増えていった。


 ほとんど山の中を走っている感じだ。車内の乗客もまばらになり、いくつかの家族連れと旅行者とおぼしき人しか乗っていない。


 またトンネルに入る。正面の窓には並んだ僕らが写っていた。


 数年前まで自分がこうしてみんなと何処かへ行くだなんて想像できただろうか。僕にはもちろん、他の三人にだって思いも寄らなかったことだろう。


 普通だった。


 あまりにも普通だった。


 今までどれだけ手を伸ばしても、絶対に手に入らなかった普通がここにはあった。


 たとえかりめだとしても。


 ふつふつと喜びがわき上がってくる。

 こんなに柔らかい表情をするまといがいるなんて。

 こんなに楽しそうにしているなゆたがいるなんて。

 こんなに安心しきった顔をする有理がいるなんて。


 そんな彼女らを見て、こんな穏やかな気持ちになる僕がいるなんて。


 なんとなくなゆたの方を向いてみた。


 有理で固定されながらも、変わりゆく外の景色を楽しそうに見ている。


 こんな風に少しでも僕以外の何かに興味を持ってくれるのは嬉しい。だから今日も出来るだけ自分が行きたいところに行ってくれたらなあ、と思う。


 いずれなゆたも自分で考え、自分の力で行動する事になるんだろうか。いや、なるんだろう、なってもらわないといけない。


 けれど、いずれ来るとわかっているその時に、僕はどうするのだろう。ということは全く想像もつかない。


 ある日なゆたがいなくなったら、考えただけでもぞっとする。


「……?」


 こちらの視線に気づき、不思議そうな顔を向ける。


 僕となゆたは血が繋がっていない。血の繋がっていない義理の妹というと、一部の人間からは絶大な支持を受けると共に、強い羨望の眼差しを受けるであろう関係だが、僕は妹をそんな目で見ていない。ちゃんとした家族愛だ。多分きっと。


 そして、幽かな――本当に幽かな僕の記憶が正しければ、本当の妹もいた気がする。


 と言っても、物心ついたときには研究所にいたので、夢だと言われればそれまでなのだけれど。


 もし本当に血の繋がっている妹がいたとして、僕はその子にあったときに、その子だと気づけるのだろうか。やはり、血の繋がりというのは感じ取れるものなのだろうか。


 いつか出会ったときには、その子を本当の妹として扱うことが出来るのだろうか。


 ――その時、なゆたは?


 ふと、思考に影が落ちる。


 まあ、今の段階ではただの想像に過ぎない、というかこれから一生考える必要の無い悩みかもしれない。それに、自分のことばかり考えたが、よくよく考えれば相手も自分のことを兄だと思わないかもしれない。というか、思いたくないだろう。


 自分の兄は、殺しても死なない。なんて、そんな生物としての欠陥を持つ人間を受け入れられるとは思わない。


 まあ、なんというか。


 自分の境遇を悲しんだことはないけれど、というか、目を逸らし続けてきたけれど、いざ普通の人と関係を持つとなると、それが科学側であれ魔法側であれ、相容れなさそうだなあと思ってしまう。


 どちら側の人間にとっても、不死の人間は未だ理解のはんちゅうにない。双方がお互いに違うところに立っているとすれば、僕はそのどちらにも立っていないように思う。


 なんてことを考えていると、ただただ深みにはまってしまう気がするのでここら辺りでやめておこう。


 起きてもいないことを心配しても仕方が無い。


 本当の兄妹ではないのだ。絶対に離れなくてはいけない、ということもない。むしろ僕はなゆたの兄であり続けると、あの時強く決心したのだ。もしも本人が離れたい、とそう望んだとしたら、甘んじて受け入れるしかないだろう。けれどそうでない限りは、いや、たとえそうであっても出来るだけ彼女の近くにいる。それが僕の責任だ。


「なゆたもいずれ、何処かで働いたりするのかなあ」

 ふと呟いた言葉に、なゆたは強く反応する。


「なーはおにいちゃんと同じ仕事する」


「同じ仕事か……うーん、複雑な気持ちだなあ」


「いや? なーと同じ仕事いや?」


「いや、じゃないんだけど……」


 色々と思うところはある。


 といったところで、アナウンスが停車駅を告げる。


「早く立って! 遅れる!」


 しゅばっ、と勢いよく立ち上がり、なゆたは僕らを急かす。その際肩に乗せていた顎が吹き飛ばされ、有理はもんぜつしている。


 移動疲れなどなんのその、むしろここからが本番と言わんばかりの勢いに僕の疲れも吹き飛ぶ。


 電車の扉が開くのを待っていたところで気づいた。


「あ、これボタンで開けなきゃいけないやつか」

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