第2話 それじゃあ、動物園へ行きましょう! 1
よく聞く話だ。
さる研究所では人体実験をしていた。超人とか、寿命を延ばすだとか、そういう実験だ。 大抵は夢物語で終わるそんな話――けれど珍しいことにいくつかの成功例はあった。
例えば、
例えば、姿を視認させない人間。
例えば、確率や量など身の回りの全ての数字を把握できる人間。
例えば、僕。
そしてもう一人、けれど今はその話をしなくて良いだろう。発砲しない拳銃を出す必要はない。
僕が知っている限りはその五人だ。
当然、僕たちは
その効果を試すため、様々な非人道的実験をされた。精神がまともなままだったのは奇跡かもしれない。
――いや、案外もう壊れきってしまっているのかもしれないけど。
そしてあるとき、ある事故と共にその研究所は崩壊した。
まあ事故を起こしたのも、崩壊させたのも僕たちなわけだけど。そこにはまあ、目を瞑ると言うことで。
なんとかそこの資金を頂戴し、その混乱に乗じて僕たちは
その日は酷い雨だった。
今でも雨だとその日を思い出して、憂鬱な気分になる。
その後僕らはそこらに紛れ、さも一般人のように暮らそうとした。
それから数年が経つ。かつて実験動物であった僕たちの、その後の生活というのは想像に
僕たちはその数年の間に住居を手に入れ、どんなに汚れていようと、仕事をそれぞれ手に入れた。
そうして、元実験動物は無様にも暮らしている。
今だってそうだ。
個室の中から悲鳴が聞こえた。僕はそれから耳を背けている。
「ああ、またか」
現実から目を逸らせ、悲鳴の主との対面を避けようとしてしまう。けれどそれでも
彼女も僕の仲間なのだ。置いていくわけには行かない。
中から出て来た彼女は、腰まである髪をぐっしょりと濡らし、目からは光が失われていた。
僕は絶句してしまう。が、なんとか言葉を絞り出す。
「トイレは水浴びする所じゃないよ」
「びしょびしょー」
僕と妹からの応酬に、彼女は切れ気味にこう言う。
「くしゃみをしたらスプリンクラーにやられたの!」
「ああ、なるほど」
僕にとってはうららかな春の日だけれど、まといのようにアレルギーのある人間には少々地獄なのだろう。
さて、僕たちがいるところはというと、何の変哲もない駅構内にあるただの公衆トイレである。
久しぶりに遊びに行こうと彼女に誘われ、今日は動物園へ行くことになっていたのだが、その途中で彼女が催したので立ち寄った。
とまあ、ちょっとしたアクシデントはあったけれど、こんな風に僕たち実験動物は、のんきな生活をしているのである。
そんなわけで、洗われた猫のようになってしまっている彼女と僕、そして僕の妹は魔法街へ向かっている。本来ならば通り過ぎるだけだったけれど、寄り道の必要が出来てしまった。
「ねえ、やっぱりあんたが火種になったら簡単に乾くんじゃないの」
物騒極まりない発言と共に彼女は言う。
「さっき却下したじゃないか」
「いいでしょ別に、操作失敗してこの服が燃えちゃったらどうすんのよ」
と、いつもよりも気合いの入ったよそ行きの格好――といっても今はすっかり濡れてしまった残念な服を見ながら彼女は言った。
さて――何を隠そう、彼女こそが先述のパイロキネシスを起こせる人間である。なんて言うのかは知らない。パイロキネシサー?
意思によって、火花から建物を一瞬で全焼させる
なお、今まさに起きたように、くしゃみなんかの拍子で
「この服が燃えちゃったらの前に、僕が燃えちゃってるんだけど」
「十分で良いから、お願い」
ぱん、と顔の前で手を合わせ、いつもの彼女らしからぬおねだり攻撃をしてきた。
ちなみに人が焼け死ぬまでにかかる時間は、
「焼け死ねって事じゃないか」
「大丈夫だって、どうせあんたは死なないんだし」
そう、そして僕。
焼死だなんだ言っていたけれど、簡単に言うと死ねなくなった。
そして死神となった。
僕の意志で人が死に、僕の意志で僕は死なない。
だからといって、焼かれても痛みを感じないというわけじゃない。もちろん死ぬほど苦痛を感じることになる。
「あんたの苦しみとあたしの服とどっちが大事なのよ!」
ぴしゃりと切り捨てられた。マジですか。
「おにいちゃんをいじめちゃ、やー」
ふるふると首を横に振りながら、妹は僕をかばうように彼女と僕の間に割って入る。
そうなると彼女も強くは言えない。ぐぬぬ、と声に出しそうな表情を見せてから、大人しく引き下がることにしたようだ。
「楽しみにしてたのに……」
と、見ていて可哀想なくらいしぼんでしまった。
楽しみにしていたのは僕も同じだった。
今日は動物園に行こうという話だったのに、その結果僕が燃やされようというのだから、人生とはままならないものである。
ふと、僕はアコーディオンのような不思議な音楽を耳にする。
この辺りに来ると徐々に街の雰囲気が変わってくるのだ。
先ほどまでいたところは、ほとんどを科学によって発展させ、高層ビルは建ち並び、車やバイクが何十台も通り、いつだって人工の光が街を照らしている、そんな街だった。
正方形のみで形作られた、タイル張りのように几帳面な雰囲気から、歩を進めるたびにでこぼこ隙間もなんでもござれ、な街へと変貌していく。
あと十分も歩けばそこは魔法が台頭する街だ。
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