8.ヒーローだって


祭り当日。



俺は神社に来ていた。

いつもより十分早くだ。いつもより。


日はすっかり暮れていて、屋台のライトの灯りが目に眩しく映る。



ふと、俺の横を、幼い子供連れの家族が通った。



「パパ!ママ!僕ね、金魚すくいしたいなー」



愛らしい子供の笑顔。

その表情を見た、親は優しく微笑んだ。




どこにでもある家族の姿。

何気なく見ていたはずのその姿に

誰かを写すようになったのは......




「......川ちゃん?」




いきなり覗き込まれ、俺は驚いた。




「ま......真空......」




約一週間ぶりに見た真空は、いつも通り明るくて元気で嘘一つなくて。

今日のために着てきたという浴衣は、申し分の無いくらい似合っていた。




久しぶりの再会に少し恥ずかしくなる。





「げ、元気してたか?まったくいきなり居なくなるから、びっくりしたぞ」



「川ちゃん、もしかして......寂しかったの?」



「そ、そんな訳あるか!」



ニカッとイタズラっぽく笑う真空。

まったく、今日が最後に会う日なんて考えて無いみたいだ。



「あ!そうだ!僕には時間がないんだよ!

花火が上がるまでなんだ!

はやく!はやく行こう川ちゃん!」




そう言って強引に俺の手を引っ張る真空。

一週間前より幾分、力強くなっている気がした。










「川ちゃん見て!金魚七匹釣った!」



「すげぇな」



「見て見て!くじ引きで一等だった!」



「運いいな」



「ねぇ!射的で、ぬいぐるみ取ったよ!」



「どうなってんだよ!?」






真空の運の良さと、射的の上手さに驚いていると俺の目の前にさっき取ったという狸のぬいぐるみを出してきた。




「これ!川ちゃんにあげる!」



「おいおい、二十歳超えたような男がぬいぐるみ持ってるってだいぶ......」



「貰ってくれないの?」



「あー!ごめんごめん!貰うよ!ありがとう!」





うさぎの様な大きな目を潤ませられては、

俺は降参だ。










ずっと食べてみたかったという、イチゴミルクの様な色の綿あめを買ってやると

手を上げて喜んだ。





そのまま俺たちは人の気のない丘に行くと(真空が行くと聞かなかった)

花火が上がるのを待った。




「うわー!ずっとこの丘の上から見たかったんだよね!」



「それは......良かったな......」




意外と長い、丘までの道のり。

二十歳超えた大人には少し厳しかった。



真空は柵に手を掛けて夜風に目一杯当たっている。



「なあ、真空?」



「ん?」



「なんで消えたりしたんだ?」



「それはねぇ.....僕と川ちゃんがこのまま一緒にいるといけない気がしたから」



「なんでだ?」



「いつかは、離れるのにずっといると辛いでしょ?」



悲しそうに、悟った様に、笑った。






......そうじゃないよ、真空。

人は離れる事を考えて、出会っちゃダメなんだ。

出会うのは離れる為。

だけど、本当に大切なのは今。

今をどれだけ生きてるか。




「それに僕は、この世界に生きちゃいけないんだ」




それだ。俺が聞きたかった事。




「真空、お前の正体って.....」




言及しようとした俺の口の中に優しい口どけ。



「へへへ、それだけは秘密」





......綿あめか。





「それだけは教えてくれ、真空」




「あ!花火だ!」




また遮られた。

諦めて空を見上げると、色とりどりの花火が打ち上がっていた。

この前にした手持ち花火とはまた違った美しさだった。





「あーぁ、始まっちゃったね」






寂しそうな真空。

俺だって寂しい。






「あぁ」






「もうそろそろ行かないとね」






「あぁ」





「川ちゃん?」





「なんだ」





「どうしてそんなに泣いてるの?」







それは、怖いからに決まってる。

思い出が消えることも。

真空の事を忘れてしまうことも。

怖い。







そんな俺を見た真空は笑顔だった。





「やめてよ、泣かないでよ。

もう行かなくちゃだから」




「分かってる!」




「最後に言うことない?」




「ない」




「そっか......

でも僕はやっと出会えた」




「なんだ」




「僕の中のヒーローに」





俺がヒーロー?

言いたいことも言えない様な俺が。





「川ちゃん、僕はここにいるよ。

川ちゃんから歩いて」




「どういうことだ?」




「川ちゃんが丘から降りて。

でもその時振り返ったらダメだよ。

川ちゃんに振り返るのはふさわしくない」












俺は重い足どりで歩き始める。

時々振り返りそうになるけど。






......また何も言えないままか。



何回、何回こんな自分に落胆したか。



色雨。君はこんな俺を、見てどう思う?



たぶん、切なそうに微笑みながら



「本当はもっと......」



なんて言うんだろうな。











俺は、俺は

こんな自分でもヒーローだなんて言ってくれた真空に何も!




「何も返してない......!」







俺は気付いたら、その足取りをやめていた。





「真空!!!」




振り返れないから、見ているかどうかも分からない。


だけど、それでも伝えておきたかった。






「俺は!お前と出会えて幸せだった!」






そうだよ、幸せだったんだ。

とてつもなく。

毎日が輝いてた。






「ありがとう!真空!!」






本当に伝えたかったのは、その五文字。





ありがとう。

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