7.優しさとクライ


今日は、いつにも増して蒸し暑い日だ。

俺は寝不足と暑さで、フローリングに横になる。

ひんやりとした床が火照った体をゆっくり冷やしていく。



「ちょっとー、いつまでここにいるつもりなの?川野くん」



そう言って俺の顔を覗き込むのは、呆れた顔の美紗子さんだ。



「んー、俺の睡眠欲が消えるまで」


「それ三日前も聞いたわよ」



美紗子さんがキッチンの方に行くと、次は心配そうな修司さんが俺を覗き込む。



「真空くんがいなくなってから寂しいとは思うけど、あの日からまったく家に帰ってないんだろう?

そろそろ帰った方がいいんじゃ......」



「ダメなんです。帰る気になれないんですよ。

あそこに帰ると、真空がいる気がして落ち着かないんです」



「そっか......まぁ、ゆっくりしていって。

美紗子もあんな感じだけど、川野くんのこと心配してたから」



.......俺がこの人達にお世話になるとは思ってもみなかった。


真空が消えてからなんとなく

家に帰る気が無くなった。


あの電話があってから、俺はあそこにいれなくなった。

そしてそのまま、隣の部屋の修司さん達にお世話になってるってわけだ。






そうして、四日目だ。

刻一刻と祭りの日が近づいて来る。

優柔不断の俺は、未だに選択を出来ずにいた。



「だけど、修司さんと美紗子さんには言えないしなぁ」




そうだ、この選択を修司さんと美紗子さんには出来ない。


俺はゆっくりと体を起こした。

キッチンの奥で雑談をしていた二人は、驚いた顔で声をかけてくる。



「ね、ねぇ! 川野くんが自力で起きたわよ!」



「本当だ!ここ数日の中で一番驚いてるよ!」




いや、言い過ぎだろ。

いや、そうでもないか。


この数日は二人のどちらかに起こしてもらわないと、起きれなかったから。



「すみません、いろいろお世話になりました。

一度帰ってみようと思います。

俺も、ちょっと考えたい事があるので」




二人は俺の意見に賛成らしく、

微笑みながら頷いてくれた。












「ただいまー......って誰もいねぇか」



四日ぶりの帰宅。

ずっと窓閉め切ったままだったし、掃除もしていなかったので変な熱気が

開けたドアから抜けていった。



リビングに着くと俺はおもむろに

冷蔵庫を開けた。



ラムネバーだ。真空が来てからいつもストックしていたアイスに、ラムネバーがレギュラーメンバーになっていた。





取り出すと棒についた、夏の空みたいなアイスを眺める。



色雨とも、真空とも食べたな。



そう思いながら一口かじる。

......うん、いつもの味だ。

爽やかで何処か切ない味。





「川ちゃんは、いつもラムネバー食べてる時

幸せそうな顔するよねー!」



真空の元気で純粋な声。



「君ってアイス食べてる時、人生で五番目に

幸せそうな顔するよね」



色雨の優しくて暖かい声。








.......俺は、失ってばっかりだ。





俺の頬に冷たい何かが流れ落ちた。



「! ?」



それは言うまでもなく、涙だった。


おい、俺はそんな泣くような奴じゃ.......


気持ちと反転して、涙が止まらなくなる。





「クッソ.......」





ここでもまた、守られていた事に気がつく。

俺は居ない二人のぬくもりを、感じた気がした。








......真空、待ってろよ。

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