4.星屑だって


夏の夜ってどうしてこんなにも

切ないのか。


向日葵みたいに前向きな真空が来てから、一ヶ月が経った。


どうも今年の夏は、いつもとひと味もふた味も違う。

真空が来てから世界が、心が変わっていくのが自分でも分かる。


分かるからこそ少し切ないんだろう。






「川ちゃーん、夏らしいことしよう」



「んー」



「それ思ってない時の返事だ。

どうせまた、面倒くさいとか、外は暑くて嫌いだとか言うんでしょ」



「正解。もう日が暮れてるしやる事といったら花火くらいだろう。

店もたぶん閉まってるしさ」



「ご心配なく。今日の昼に買ってきました!」



「そういう所だけ、準備満タンだな」






ほら、また予定を狂わしてくる。


俺は真空に引っ張られる形でアパートを出た。


流石田舎だ。

物音といえば、虫の鳴き声か草の揺れる音。


空には沢山の星が瞬いている。




「はい、川ちゃんこれ持って」



真空は嬉しそうに、一本の花火を渡して来た。


「これは?」



「三色に変わるんだよ。始めが赤で黄色、青色で終わるんだ」



ふーん、と適当な返事を返してから、

ロウソクの火にゆっくりと近付ける。


じんわりと火が花火に、まとわりつき始めて

美しい火花が散る。



「.......綺麗だな」



素直に思う。

花火は綺麗なもの。

花火自体も綺麗だが、そこから生まれる感情やストーリーに興味がある。





「見て!これ、青色になったよ!」



隣ではしゃぐ真空は、本当に楽しそうだ。


真空が楽しいなら俺も楽しい。

最近はそう思うようになって来た。

思えるようになって来た。



知らぬ間に自分がこんなに微笑んでる事も。













花火のクライマックスに欠かせないのは、やっぱり.......



「線香花火だよね!」



そうそう、線香花火。

一番静かだし、時間も短いのに

それに別に最後にしなくちゃいけないっていう

ルールも無いのに、みんな最後に持ってくるあの花火。




一人ずつ、細くて折れそうな

線香花火に火を灯す。




「再来週に神社の方で祭りがあるんだって!

川ちゃん、一緒に行こうね!」



「そうだな。

俺の気持ちとお金に余裕があったら行こうな」



「気持ちに余裕がなかった場合は、力ずくで連れて行きます」



「末恐ろしいわ」




会話しながらも、小さな火の玉を落とさないように神経を研ぎ澄ます。

これが、線香花火の醍醐味。



だけどそろそろ言わないと、と思っていた事がある。


何故、俺と真空が出会ったのか。

それには、色雨の事が。



「.......俺にはさ、好きな人がいた。

高校生の時にな」



真空は黙って聞いていた。



「俺、高校生の時ずっと友達とかいなくて浮いててさ、そんな時に守ってくれたんだ。

孤独っていう言葉から」



そうだよ、守られてた。

情けないけど、ずっと。



「そこから友達として、毎日くだらないことばっかりしてたな。

心の中では、好きだって思ってたけど.......」



真空が俺の方を見つめて来た。



「言えなかったの?」



「あぁ、言いたい時に言えなかった。

今でもずっと後悔してる。

怖かったんだ。何かを失う気がして」



俺ってなんで、言いたい事を言いたい時に言えないんだろう。

ずっと、ずっと考えていた事。

失ってからじゃ遅かった事も。



「それが......姉ちゃんの事なんだよね」



真空はそう呟いた。

視線は線香花火に向けたまま。



「そうだ。だからあの時、引き取ってくれと言われた時に

次は守れるかもって思ったんだ。

俺が孤独から守ってくれた色雨みたいに、真空を孤独から守ってやりたいって」




そう言った後、俺の線香花火は生き絶えた。

手元に残ったのは、ただの紙の屑だ。



......屑......か。



そういえば、そんな事

色雨に言ったことあったな。



「じゃあ、貴方は屑は屑でも星屑の方ね。

小さくたって、精一杯生きてる」



なんて言われたっけな。


俺はおもむろに、空を見上げた。


無数の星屑達が精一杯輝いてた。





「.......川ちゃん」



「ん?どうした」




「真空は姉ちゃんと二人で暮らしてて、

死んじゃった時、本当に悲しかった。

だけど今は川ちゃんに出会えた。

......だから」



真空は残っている花火のうちの一本を取って、

火を灯した。


真紅色の光が夜を照らす。



その花火を持ったまま、真空は手を挙げた。

高く、高くへ。





「真空!危ない!」






俺が手を伸ばした時だった。







「今が幸せ!」








その一言は俺の鼓膜を優しく揺らし続けていた。



........ありがとう、真空。






守られてるのは真空じゃなくて

俺の方だったんだな。





打ち上がらない花火は、

俺の心の中で大きく打ちあがっていた。

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