2.真夏のスナイパー


片耳だけ付いてるピアスも

トランペットを吹き続けているのも

知らない間に、ラムネバーを買っちゃうのも

ぜんぶ、ぜんぶ、君のせいだ。




「貴方のトランペットの音色、凄く不思議ね。

明るいのになんだか......悲しそう」




やめろよ、そんな切ない顔で俺を見るなよ。

俺は君を友達として......好きで......




......いけねぇいけねぇ。

今はそんな感傷に浸っている暇なんてなかった。

俺は今、こっちに精神を研ぎ澄まさなければ。







「キャー!!!川ちゃん!!冷たい!!!」



......このガキの水遊びに。



「水なんて浴びて楽しいかよ。

ビショビショに濡れて、寒いだけだぞ」



ちなみにこれは俺の本音だ。

夏だろうが冬だろうが、外にすらそんなに出ないし

出たとしてもコンビニにカップ麺買いに行くくらいだ。



それに今の俺の格好ときたら、

ビーチサンダルに、ラフな白Tにジーンズ。

頭には麦わら帽子なんて乗っけてる。



真空が来て今日で5日目。

相変わらず無邪気で、純粋で、子供だ。



「寒くないもん!楽しいよ!

あ! 川ちゃん川ちゃん!! 川ちゃんから虹が出てる!!」



ほんとだ。

ホースを持っている俺の手元から、虹がかかっている。

正確に言えば、ホースの水から虹が出てるんだけど。




「あんまり遠い所いくなよ。危ないから。

.......あ、またいなくなった」





「川ちゃーん!!こっちだよ!!」



「おい、そんな所にいたのかよ。

.....ッつめてぇ!!」



いきなり、顔に冷たい衝撃。

そして、そのまま硬直。

顔に水をかけられたこと自体が、小学生か中学生以来だったので対処に困る。



それに真空、信じられないくらい笑ってやがる......



手には身に覚えのない片手で持てるタイプの

無駄にカラフルな水鉄砲。





「いきなりかけんなよ、びっくりするだろ!

それどっから持って来たんだ」




「んー?さっき会った、髪の長いお姉さんと、眼鏡のお兄さんにもらったよー」



......お姉さん?.......眼鏡?


.......まさか



「やあ、奇遇だね川野くん」


「久しぶり!川野くん!

最近見ないと思ってたら、だあれこの子!」




待て待て待て、よりによって一番この姿見られたくない人達に会ってしまった。

修司さんと、美紗子さん。

俺の部屋の隣に住んでる同居バカップルだ。




「色々あって一緒に住んでるんです。

ていうか、なんで水鉄砲持ってるですか」



「私達はもうそろそろ夏だから水遊びしようかと思って、買った帰り道だったのよ。

ねぇ、修司君」



やばい人達だ。


本気でこの歳で水遊びしようとしてたのか。

しかし、この二人ならやりかねない。



「ほら、川野くん。

川野くんの分の水鉄砲」



「いや、なんで俺にくれるんですか」



「したそうな顔してたから」



いや、少なくともしたそうな顔はしてなかったです。


修司さんはそんな所結構鈍感だ。


俺はしぶしぶ、小さめの水鉄砲を取った。



「わあー!川ちゃん、戦士や!

かっこええ!!」



この姿のどこが戦士だよ。


修司さんの後ろで美紗子さんが必死に

笑いを堪えてるのが見える。



......これは恥ずかしい。






「じゃ、じゃあ......あとは......ッフ、二人で......楽しんで.....ッフ」



もう笑っちゃってますよ、堪えれてないですよ。

自分が一番、この姿を哀れんでますよ。


「じゃあ川ちゃん二人で、サバイバルゲームしようよ!」



「二人なんかサバイバルもクソもないぞ」



「えい!」



スタートの合図もない。

これが子供のルールだ。

白Tの横腹の辺りがじんわり濡れる。


くそ、やられた。



「次は俺の番だぞ。くらえっ真空!」


俺の水鉄砲から放たれた、強力な水の弾丸を真空は華奢な体ですり抜ける。



「川ちゃん!下手くそ!」


「うるせぇ!たまたまだ!」




こんな、子供ごときに負けてたまるかよ。


俺は、銃の名手......



「はい、また川ちゃん当たった」




この時ばかりは、子供の笑顔が恐ろしく感じた。







「真空、そろそろ帰るぞ」




しっかり、遊んでしまった。


気付いたらもう空が茜色に染まっていて、

真っ黒なカラス達が、山に帰り始める。



「うん!今行く!」




先を少し歩く俺に、必死に追いつこうと走ってくる真空。



そのまま俺と手を繋いできた。

太陽みたいな笑顔もセットで。



人形みたいに小さくて、大福みたいに柔らかい手。

しっかり離さないように、力を込めた。




「楽しかったね!また来よう!」



「あぁ。 次は......」




俺と真空と、色雨の三人で。

なんて、永遠に叶わない願いを掌に込める。



名前のない感情が、冷えた体を暖めていった。

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